ウサギ男が出た
「カオルさん、上機嫌だったね。……謎ね」
マユは、話を聞くのが楽しみだと言った。
「明日にでも、来そうな感じだったね」
しかし
3週間過ぎ、4月になっても薰は来ない。
ラインも無い。
怪談師殺人事件は解決していない。
犯人はベランダから侵入、クローゼットに潜んでいた痕跡。
捜査の続報はそこで止まっている
事件現場は7階建てマンションの3階だった。
地上からベランダを伝って上ったらしいが、目撃情報はない。
捜査に進展が無いのに、テレビのワイドショーでは
<ウサギ男>が連日取り上げられている。
……恐ろしい展開になっていたから。
栃木で一人
大阪で一人
<ウサギ男>に、殺された。
水色のウサギの着ぐるみを着た何者かに、
刺し殺された。
栃木県O市の事件
被害者A: 29才男性(会社員)
3月20日午前1時。
自宅(社員寮)前の路上。
同僚2人と、近くの居酒屋から歩いて帰ってきた。
犯人はAの背後から覆い被さり、腹部をめった差し。
死因は出血多量によるショック死。
同僚の1人は、Aから<ウサギ男>の話を聞いたと証言。
大阪府Y市の事件
被害者B:40才女性(無職)
3月27日午後9時、自宅前で倒れているのを家族が発見。
腹部に複数の刺し傷。救急搬送中に心肺停止。
「ウサギ男が来た」と言うのを家族が聞いた。
「セイ、まさかこんなコトになるなんて……」
マユは顔を曇らせた。
警察に保護を求める者まで出てきている。
自分は怪談師阿尼の生配信を見た。
<ウサギ男>の話を聞いてしまった。
……喋ってしまった。
怖い。
<ウサギ男>に殺されるのか?
「なんで、あっちにもこっちにもウサギ男が現れるんだ?」
ことの発端はホラーマニアの体験話。
聞いた相手が実話怪談のネタを捜している怪談師だった。
早々に配信動画に載せた。
何事も無ければ話題にもならなかった。
視聴者は多くは無いのだから。
「セイ、SNSには『水色の悪魔』と名付ける人も。そもそもウサギじゃ無かった。長い角が、耳に見えたんだと」
「悪魔に水色は似合わないのに……ブルー系は聖なる色だろ。マリア(聖母)ンブルーって言うくらいだから」
<ウサギ男>が、また目に浮かぶ。
真っ赤な鼻。
気味が悪い。
まさか、取り憑かれてるとか?
エスターの話を聞いてしまったから?
そんな、アホな。
「『ウサギ男』は1人の人間では無いわね」
マユがきっぱり言う。
「人間で無い? まさか、本物の化け物?」
と、聞いてみる。
そんな筈無いと確信しながら。
「3つの事件、同一犯とは考えられないという意味よ。着ぐるみがあれば誰でも『ウサギ男』になれるんだから……ほら、ここ見て」
ディスプレイの、更新された記事を指差す。
(ウサギの着ぐるみに注文殺到)とある。
「……なんで?」
「中古品も、品切れですって。数少ない水色、青が先に売り切れ、白もピンクも売り切れ」
「コスプレしてSNSにあげたいのかな。相当数、巷に出回ってるのか。まてよ……ヤバい奴が持ってる可能性があるんだ」
誰かを殺したい、でも捕まりたくない。
そういう奴が、手に入れたとしたら。
殺人実行のハードルが下がるんじゃないか?
着ぐるみがあれば、『ウサギ男』の犯行に、偽装できる。
被害者は『ウサギ男』を知らなくても。
死人に口なし。
喋ったから殺された、ことに出来る。
「そっか。栃木、大阪の事件は怪談師殺しの犯人とは別なんだ。……模倣犯だな」
「『ウサギ男』の呪いに、見せかけたのよ」
「捜査攪乱か。けど警察は欺けないさ」
「連続殺人では無いと、分かってるでしょうね……怪談師殺しの犯人が捕まればいいのにね。これ以上模倣犯が湧いて来る前に」
翌日、今度は沖縄に<ウサギ男>が現れた。
被害者C:50才男性。
腹部を刺され倒れているのを観光客が発見。
心配停止状態。
家族の証言では「ウサギ男に追いかけられた」と、数日前に言っていた。
「また……出たんだ」
嫌なニュースに気分が沈む。
解体中のパピヨンが
ウサギっぽく見えてくる。
また頭の中に<ウサギ男>が現れる。
想像で描いた姿であろうに
だんだんリアルになってるようで気味が悪い。
頭の中から<ウサギ男>を追い出したい。
いつもより早い時間に、山田動物霊園に向かった。
閉業時間(午後6時)丁度に着くように。
シロに早く会いたいと。
森の中の小径を走っていった。
山桜がちらほら咲いている。
シロとトラの吠え声……。
続いて木立の間から
木製の柵が目に入る。
柵で囲まれた広いスペースで
シロとトラが同じ方向に向かって吠えていた。
「何に、吠えてるの?」
森を抜けきる。
視界が開ける……と、あらぬモノが目に入る。
……<ウサギ男>が。
やばい、やばい、俺、やばい、
聖は目を閉じた。
空想の<ウサギ男>の幻覚を見たのだと。
俺、どうかしている。
頭を一振りして、カッと目を開ける。
え?
<ウサギ男>は消えてくれない、どころか、こっちを見てる。
水色の所々が色あせて灰色。
白目は黄色すぎて
鼻のピンクも赤に近い
頭の中に居着いたまんまの姿。
頭の中から抜け出た?
俺の想像が実体に?
……そんな馬鹿な。
金縛りに会ったように足が動かない
アレ、の側に行きたくない。
……怖い。
立ってられない。
しゃがんでしまう。
「セイさん、どうしました?」
悠斗の声。
シロとトラが短く吠える。
ギイギイと柵の入り口を開ける音。
直ぐさま犬2匹駆けてくる。
心配げにクンクン、くわんくわん。
優しく頬を舐められた。
……<ウサギ男>が目の前に。
手を伸ばせば触れる距離。
え?
「ええーっつ」
聖は大きな声が出てしまう。
幻覚じゃ無かった。
明らかに実体。
で、その中身は……。
ウサギと言うより、猛獣の気配。
分厚い着ぐるみを通してでも、感じた。
良く知っているオーラ。
………ほのかにムスクの香り
「兄ちゃん、貧血か?」
<ウサギ男>は
鈴子の声で喋った。




