エスターの父
聖は、森の中を歩いている。
(セイは、着ぐるみに触ってないんやったら、おらんといて。シロはおいといてや)
結月薫からラインで指示があり、
1人、工房に戻る事になった。
鈴子から聞いた<うさぶろう>のエピソードは強烈すぎた。
いわくつきの着ぐるみが
一家心中と関連し
長い時を経て
怪談師殺しに使われたということか?
着ぐるみが同一なら、
犯人も同じ奴?
誰が、どういう理由で着ぐるみを山田動物霊園に、持って来たのか?
そこは……分からない。
犯人かも知れないし、違うかも知れない。
どっちにしても、
なんで<墓>なのか、理由を想像できない。
マユなら推理できるのだろうか?
早く顔が見たい。
これが<水色うさぎ>だと、着ぐるみの写真を見せたい。
森を抜けた頃には、辺りは薄暗くなっていた。
「セイさん」
吊り橋の方から、聞き覚えのある声。
みれば、大きな人影。
鈴森、だった。
隣に誰かの影。
ビジネススーツにビジネスバッグ。
小柄な男は、深々と頭を下げた。
何?
訪問営業の人?
「鈴森さん、中で待っていてくれたら、良かったのに」
ドアを開け……2人を中に。
「山田社長と、会う予定やったんです。取り込んでるから、セイさんとこで待機しといてと連絡があって。ほんで来たら、この方が、吊り橋に……」
と、一緒に入って来た男の腕に、手を添えた。
男は
「突然、お伺いして申し訳ありません」
名刺を差し出す。
東北出身っぽいイントネーション。
R不動産
萱野 隆信
宅地建物取引主任者
「不動産屋さんですか」
山を買い取りたいとか?
もしや海外資本?
……面倒くさい。
さっさと帰って貰うには、何て言おうか?
考えながら名刺を触っていて……この名前は知っている、と気付く。
さっき、悠斗が見せてくれた申込書、か?
撮った写真を確認。
同じ名前、だった。
なんで?
わけ分かんない。
「セイさん、この方は一度セイさんを訪ねて来て、留守やったんで、先に動物霊園の用事を済ませた、らしいです」
鈴森が、説明する。
「へ?……私を訪ねていらしたんですか?」
な、なんで?
「はい。ツムギくんから、霊能者で優しい方だと……聞いたもんですから」
「ツ、ムギ……?」
「仙人温泉のペンションでお会いしたと聞きました」
「あ、えっ? あの、ペンションの?」
「はい」
あの子の知り合い、なんだ。
あの子の知り合いが、着ぐるみを霊園事務所に持って来たのか?
どういう繋がり?
いや、なんで繋がるの?
「私は、マオの父親です」
と、萱野は言った。
聖は
マオとは、エスターのことだと理解するのに数秒かかった。
「え……」
ちゃんと見れば、
色白の顔は娘に似ていた。
エスターの父親が、なんで?
ますます、分けが分からない。
「まあ、座って、この方の話を聞いたらよろしいやん。セイさんに、どうしても聞いて欲しい話があるそうです。……私は外に出てるんで」
鈴森は出て行こうとする。
「いえ、どうか、ご友人も同席下さい」
萱野は鈴森に頭を下げた。
鈴森は、迷ったように視線を泳がせ
パソコンデスクの上、白いヨウムの剝製(マユが宿っている)
に、しばし目を留め
「分かりました。黙って聞きましょ」
ソファに腰を下ろした。
菅野の話は、衝撃的な言葉で始まった。
「ご安心下さい。私は話し終えたら自首、致します」
と、言ったのだ。
「じ、自首、って言いました?」
聖の声は裏返る。
「香田スミレのマンションに侵入したのは私です、」
……まさか。
アンタ犯人?
なんでアニーを殺したの?
「私の娘を、見殺しにしたからです。義兄さんに聞いた話と、ドクターの診断を付き合わせて確信しました。……あの女は、マオが、胸の痛みで、口がきけないほど苦しくて、テーブルに突っ伏しているのに、放置したんです」
……どうして、そういう話になる?
……あの時、アニーは救助隊員に何と言っていたっけ。
(一度様子を見にきました。11時頃です。『まだ動きたくないですか』って聞いたら、頷いたんです。え?……何も言わなかった。眼ですか? 多分……閉じていたと思います)
何も感じなかった。
11時の時点で救急車呼べば助かっていたとか、
考えもしなかった。
「去年、妻が癌で亡くなりまして、マオだけが、娘だけが心の支えでした。あの女を絶対に許せませんでした……」
ペンションTUGEの宿泊名簿を盗み見た。
何者なのか探った。
SNSで、<怪談師>だと、分かった。
<人に喋ったら死ぬ話>を予告していると、知った。
「葬儀の時に、ツムギ君から聞いたんです。マオが急死した次の朝、連れの2人が妙な話をしていたと。マオは、『人に話したら死ぬ話』を語ったせいで死んだとか、『ウサギ男』がどうとか、言っていたと」
ツムギは祟りを恐れず、
マオの父親に<ウサギ男>の話をしたらしい。
「ほおーっ、なるほどねえ。『人に話したら死ぬ話』を語った夜に、娘さんは亡くなったんですか。感じ悪い偶然ですなあ。怖い話になってしまう。怪談師にしたら、ネタになるかも知れませんなあ……『もし死んでくれたら凄いネタになる』悪魔のような計算が働いて、危険な状態の娘さんを放置した……そう思いこんだんやね」
鈴森が静かに言う。
怪談師阿尼の<実話怪談語り>は、
実際の事故や事件を扱い、被害者や遺族を貶める内容もあった。
聖は、萱野の思い込みが、当たってるような気がしてきた。
「配信中に脅してやろうと、私は、ウサギの着ぐるみを身につけました」
脅す、つもりだった?
……でも殺されている。
「はい。私が刺したんです」
「本当に? 本当に貴方が殺したんですか?」
聖は、
そんな筈は無いと、思う。
「……状況から考えて私が刺し殺したのでしょう、全く記憶にありませんけど」
「記憶に無い?」
「……はい」
萱野は、ここからが聖に聞いて欲しい話だと、言った。
「あの着ぐるみを身につけたら、自分は知らない間にあの女を殺せると、期待はしていました。なぜかって、あのウサギを初めて手にしたときに、知らない間に私は、4人、殺したからです」
「4人!」
……それって、団地の一家4人無理心中事件か?
問うまでもなく、
萱野は長い1人語りを始めた……。
「コトの始まりは、あの日、2008年の5月29日です。土曜日でした。私は妻と娘をK市の団地まで車で送っていきました」
妻は、クラスメイトが、親から虐待されていると、噂を聞き、心配して様子を見に行った。
長くても1時間で終わると言うから、
団地の駐車場で待つことにした。
「暑い日でね。クーラー付けっぱなしは長すぎるし、タバコも吸いたい。すぐに車から出たんです」
屋上でタバコを吸おうと思った。
屋上の入り口は施錠され立ち入れない、と、知らなかった。
「屋上の入り口のドアをガチャガチャやっていたら、男が階段を駆け上がって来ました。何か、叫びながら」
身体の大きい男で、酒臭かった。
「私の挙動は、完全に不審者ですからね。怒鳴られるのも仕方ない。謝りました。何度も頭を下げて」
だが、男はヒートアップ
殴られ、11階の1つの部屋に連れ込まれた。
「女の人が居ました。子供がいました。随分散らかっていました。子供のオモチャやビール缶が床に散らばっていました。……とても大きな、水色のぬいぐるみが、廊下の隅にあるのを見ました」
「水色の大きなぬいぐるみ、ですか?」
それは、あの着ぐるみだったのか?
萱野は頷いた。
「……そこで記憶が途切れました」
気が付いたら、着ぐるみを身につけていた。
暑くて息苦しかった。
辺りは、静かだった。
足下に、さっきの男が、腹から血を流して息絶えていた。
側に血の付いた包丁。
そしてリビングに、女と子供2人が倒れていた。
3人とも、
割れた喉から、おびただしい血が流れていた。
「夢を見ているのか、夢から覚めたのか、分からなくて暫くボンヤリしていました」
「本当に、記憶が無いんですか?」
聖は聞かずにおれない。
「包丁を手に入れたのも憶えてないんですか?……男は抵抗しただろうし、妻子は泣いて逃げようとしたでしょう。重い着ぐるみ着て、4人刺殺……容易くは無い。ぼんやりした頭でできるコトじゃない、でしょ?」
「神流さん、信じて下さい。本当に憶えていないんです。誰も信じないと思います。警察も信じないでしょう。承知しています。……神流さんにだけは、本当のコトだと知っていて欲しいんです」
萱野は口元に笑みを浮かべて言う。
目は、今にも涙がこぼれそうに潤んでいるのに。
眉毛が太く、彫りが深いのに、一見女顔に見える。
陶器のような白い肌のせいだろうか。
エスターに良く似ているから、なのか。
「この方は、本当に……何も覚えてないんですよ」
鈴森が呟いた。
「そう……なんだ」
「セイさん、脳がバグって、記憶が飛んだかも知れませんやん。……まあ、続きを聞かせて貰いましょう」
萱野が嘘を付いていないと、鈴森は知っているのだ。
今、萱野の思考が視えているに違いない。




