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剝製屋事件簿<水色うさぎ>  作者: ルリコ


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8/8

エスターの父

 聖は、森の中を歩いている。


(セイは、着ぐるみに触ってないんやったら、おらんといて。シロはおいといてや)


 結月薫からラインで指示があり、

 1人、工房に戻る事になった。


 鈴子から聞いた<うさぶろう>のエピソードは強烈すぎた。

 いわくつきの着ぐるみが

 一家心中と関連し

 長い時を経て

 怪談師殺しに使われたということか?


 着ぐるみが同一なら、

 犯人も同じ奴?


 誰が、どういう理由で着ぐるみを山田動物霊園に、持って来たのか?

 そこは……分からない。

 犯人かも知れないし、違うかも知れない。

 どっちにしても、

 なんで<墓>なのか、理由を想像できない。


 マユなら推理できるのだろうか?

 早く顔が見たい。

 これが<水色うさぎ>だと、着ぐるみの写真を見せたい。


 森を抜けた頃には、辺りは薄暗くなっていた。


「セイさん」

 吊り橋の方から、聞き覚えのある声。

 みれば、大きな人影。


 鈴森、だった。

 隣に誰かの影。

 ビジネススーツにビジネスバッグ。

 小柄な男は、深々と頭を下げた。


 何?

 訪問営業の人?


「鈴森さん、中で待っていてくれたら、良かったのに」

 ドアを開け……2人を中に。


「山田社長と、会う予定やったんです。取り込んでるから、セイさんとこで待機しといてと連絡があって。ほんで来たら、この方が、吊り橋に……」

 と、一緒に入って来た男の腕に、手を添えた。


 男は

「突然、お伺いして申し訳ありません」

 名刺を差し出す。

 東北出身っぽいイントネーション。


 R不動産

 萱野 隆信

 宅地建物取引主任者


「不動産屋さんですか」

 山を買い取りたいとか?

 もしや海外資本?

 

 ……面倒くさい。

 さっさと帰って貰うには、何て言おうか?

 考えながら名刺を触っていて……この名前は知っている、と気付く。


 さっき、悠斗が見せてくれた申込書、か?

 撮った写真を確認。

 

 同じ名前、だった。

 なんで?

 わけ分かんない。


「セイさん、この方は一度セイさんを訪ねて来て、留守やったんで、先に動物霊園の用事を済ませた、らしいです」

 鈴森が、説明する。


「へ?……私を訪ねていらしたんですか?」

 な、なんで?


「はい。ツムギくんから、霊能者で優しい方だと……聞いたもんですから」

「ツ、ムギ……?」


「仙人温泉のペンションでお会いしたと聞きました」

「あ、えっ? あの、ペンションの?」 

「はい」

 

 あの子の知り合い、なんだ。

 あの子の知り合いが、着ぐるみを霊園事務所に持って来たのか?

 どういう繋がり?

 いや、なんで繋がるの?

 

「私は、マオの父親です」

 と、萱野は言った。

 

 聖は

 マオとは、エスターのことだと理解するのに数秒かかった。

 

「え……」

 ちゃんと見れば、

 色白の顔は娘に似ていた。

 

 エスターの父親が、なんで?

 ますます、分けが分からない。


「まあ、座って、この方の話を聞いたらよろしいやん。セイさんに、どうしても聞いて欲しい話があるそうです。……私は外に出てるんで」

 鈴森は出て行こうとする。


「いえ、どうか、ご友人も同席下さい」

 萱野は鈴森に頭を下げた。


 鈴森は、迷ったように視線を泳がせ

 パソコンデスクの上、白いヨウムの剝製(マユが宿っている)

 に、しばし目を留め


「分かりました。黙って聞きましょ」

 ソファに腰を下ろした。


 菅野の話は、衝撃的な言葉で始まった。


「ご安心下さい。私は話し終えたら自首、致します」

 と、言ったのだ。


「じ、自首、って言いました?」

 聖の声は裏返る。


「香田スミレのマンションに侵入したのは私です、」 

 ……まさか。

 アンタ犯人?

 なんでアニーを殺したの?


「私の娘を、見殺しにしたからです。義兄さんに聞いた話と、ドクターの診断を付き合わせて確信しました。……あの女は、マオが、胸の痛みで、口がきけないほど苦しくて、テーブルに突っ伏しているのに、放置したんです」


 ……どうして、そういう話になる?

 ……あの時、アニーは救助隊員に何と言っていたっけ。


(一度様子を見にきました。11時頃です。『まだ動きたくないですか』って聞いたら、頷いたんです。え?……何も言わなかった。眼ですか? 多分……閉じていたと思います)


 何も感じなかった。

 11時の時点で救急車呼べば助かっていたとか、

 考えもしなかった。


「去年、妻が癌で亡くなりまして、マオだけが、娘だけが心の支えでした。あの女を絶対に許せませんでした……」

 ペンションTUGEの宿泊名簿を盗み見た。

 何者なのか探った。

 SNSで、<怪談師>だと、分かった。

 <人に喋ったら死ぬ話>を予告していると、知った。


「葬儀の時に、ツムギ君から聞いたんです。マオが急死した次の朝、連れの2人が妙な話をしていたと。マオは、『人に話したら死ぬ話』を語ったせいで死んだとか、『ウサギ男』がどうとか、言っていたと」

 ツムギは祟りを恐れず、

 マオの父親に<ウサギ男>の話をしたらしい。


「ほおーっ、なるほどねえ。『人に話したら死ぬ話』を語った夜に、娘さんは亡くなったんですか。感じ悪い偶然ですなあ。怖い話になってしまう。怪談師にしたら、ネタになるかも知れませんなあ……『もし死んでくれたら凄いネタになる』悪魔のような計算が働いて、危険な状態の娘さんを放置した……そう思いこんだんやね」

 鈴森が静かに言う。


 怪談師阿尼の<実話怪談語り>は、

 実際の事故や事件を扱い、被害者や遺族を貶める内容もあった。


 聖は、萱野の思い込みが、当たってるような気がしてきた。

 

「配信中に脅してやろうと、私は、ウサギの着ぐるみを身につけました」

 脅す、つもりだった?

 ……でも殺されている。


「はい。私が刺したんです」

「本当に? 本当に貴方が殺したんですか?」

 聖は、

 そんな筈は無いと、思う。


「……状況から考えて私が刺し殺したのでしょう、全く記憶にありませんけど」

「記憶に無い?」


「……はい」

 

 萱野は、ここからが聖に聞いて欲しい話だと、言った。


「あの着ぐるみを身につけたら、自分は知らない間にあの女を殺せると、期待はしていました。なぜかって、あのウサギを初めて手にしたときに、知らない間に私は、4人、殺したからです」


「4人!」

 ……それって、団地の一家4人無理心中事件か?

 問うまでもなく、

 萱野は長い1人語りを始めた……。


「コトの始まりは、あの日、2008年の5月29日です。土曜日でした。私は妻と娘をK市の団地まで車で送っていきました」

 妻は、クラスメイトが、親から虐待されていると、噂を聞き、心配して様子を見に行った。

 長くても1時間で終わると言うから、

 団地の駐車場で待つことにした。


「暑い日でね。クーラー付けっぱなしは長すぎるし、タバコも吸いたい。すぐに車から出たんです」

 屋上でタバコを吸おうと思った。

 屋上の入り口は施錠され立ち入れない、と、知らなかった。


「屋上の入り口のドアをガチャガチャやっていたら、男が階段を駆け上がって来ました。何か、叫びながら」

 身体の大きい男で、酒臭かった。


「私の挙動は、完全に不審者ですからね。怒鳴られるのも仕方ない。謝りました。何度も頭を下げて」

 だが、男はヒートアップ

 殴られ、11階の1つの部屋に連れ込まれた。


「女の人が居ました。子供がいました。随分散らかっていました。子供のオモチャやビール缶が床に散らばっていました。……とても大きな、水色のぬいぐるみが、廊下の隅にあるのを見ました」


「水色の大きなぬいぐるみ、ですか?」 

 それは、あの着ぐるみだったのか?

 萱野は頷いた。


「……そこで記憶が途切れました」

 気が付いたら、着ぐるみを身につけていた。

 暑くて息苦しかった。

 辺りは、静かだった。


 足下に、さっきの男が、腹から血を流して息絶えていた。

 側に血の付いた包丁。


 そしてリビングに、女と子供2人が倒れていた。

 3人とも、

 割れた喉から、おびただしい血が流れていた。


「夢を見ているのか、夢から覚めたのか、分からなくて暫くボンヤリしていました」


「本当に、記憶が無いんですか?」

 聖は聞かずにおれない。

「包丁を手に入れたのも憶えてないんですか?……男は抵抗しただろうし、妻子は泣いて逃げようとしたでしょう。重い着ぐるみ着て、4人刺殺……容易くは無い。ぼんやりした頭でできるコトじゃない、でしょ?」


「神流さん、信じて下さい。本当に憶えていないんです。誰も信じないと思います。警察も信じないでしょう。承知しています。……神流さんにだけは、本当のコトだと知っていて欲しいんです」

 萱野は口元に笑みを浮かべて言う。

 目は、今にも涙がこぼれそうに潤んでいるのに。

  

 眉毛が太く、彫りが深いのに、一見女顔に見える。

 陶器のような白い肌のせいだろうか。

 エスターに良く似ているから、なのか。

 

「この方は、本当に……何も覚えてないんですよ」

 鈴森が呟いた。

「そう……なんだ」


「セイさん、脳がバグって、記憶が飛んだかも知れませんやん。……まあ、続きを聞かせて貰いましょう」

 

 萱野が嘘を付いていないと、鈴森は知っているのだ。

 今、萱野の思考が視えているに違いない。









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