タレコミ
怪談師 阿尼殺人事件はSNSを賑わせていた。
(怖すぎ。マジ、呪いらしいよ)
(喋ったら死ぬ話、って本当?)
(どんな話? 見た人教えてよ)
(口が裂けても言わない)
(飲み会行くなよ。酔って喋ったらゲームオーバー)
(致死率100パーセントの感染症ですね)
(怖い、怖い、こわいよお)
(ご愁傷様)
(喋ったらお星サマになります)
(恐怖を煽っちゃいけません)
(人生積んでる奴が拡散したらどうする?)
アニーは生配信で
<人に喋ったら死ぬ話>を語り、
直後に殺されたのか……。
ツムギが知れば、もっと怖がるに違いない。
はやく犯人が捕まればいい。
アニーに恨みを持つ人物が
生配信中の無防備な時を狙って、殺したんじゃないの?
「これって……タイミング悪すぎ、だよね」
マユに、話さずにはいられない。
「人に喋ったら死ぬ話? ペンションで?……女子グループの会話?……そっか。聞いちゃったのね」
マユは小さな溜息をつく。
マユが聖を訪ねてきたのも、きっかけは偶然耳にした会話だった。
病院のレストランで、双子の老婆が大きな声で喋っているのが聞こえた。
後に老婆2人は殺人事件の犠牲者となった。
マユは2人の会話から犯人を推理し、
<人殺しは見れば分かる>剥製屋を尋ねて来たのだ。
「カオルさんは聞き流せない、でしょうね」
偶然耳にした会話が、
事件性を臭わすものであればスルー出来ない……。
「いや、カオルは創作だと思ってるんだ」
聖は状況を説明する。
(あの時、喋ったんですよ。『ウサギ男』を見たと。でもこの通り生きてます。24まで無事に生きてます)
エスターが呟くのを、自分だけが聞いたと。
「ウサギ男? なにそれ。面白そう。聞かせてよ」
マユの(半透明の)瞳が煌めいた。
好奇心を刺激したらしい。
「あ、……でも」
聖は躊躇った。
……人に話せば死ぬ。
信じてはいないのに、口にブレーキがかかる。
(誰かに喋ったりしないことです。それだけ守れば何も心配ない)
ツムギを安心させる為の言葉に……自分が囚われている。
「大丈夫よ」
マユは冗談を聞いたように笑う。
「人に喋ったら死ぬ、でしょ。人じゃ無いから平気でしょ」
あ、そうだった。
すっかり忘れていた。
……言葉にはしないけど。
聖は<ウサギ男>の話を……喋った。
エスターは小学一年生だった。
母と、不登校だったキミ子の様子を見に、キミ子が住む団地へ行った。
エスターはキミ子と話した事も無かった。
キミ子はエスターを、窓から駅が見えると言って、
階段の踊り場に、連れて行った。
そこで<ウサギ男>と出会った。
着ぐるみの男が、階段を降りてきた。
着ぐるみは水色のウサギだった。
キミ子は『怪我してるん』と、言葉をかけた。
すると
<ウサギ男>はこう言った。
『お母ちゃんに喋ったらお前は死ぬんやで。お母ちゃんが誰かに喋ったら、お母ちゃんも死ぬんやで』
キミ子は、その日から、そう遠くない頃に、団地の窓から落ちて死んだ。
エスターはこの話を、以前にも誰かに喋っている。
「それが全て?」
「うん。……あ、エスターの母親は、PTAの役員だったと、言ってたかな」
「ウサギの着ぐるみが、謎ね。何かのイベントかしら」
「繁華街や遊園地ならともかく、なんで団地にいたんだろ」
「話を聞いたとき、セイは本当にあったコトだと思ったの?」
「うん。実際の出来事に聞こえたよ」
「事実としたら、気味の悪い話ね。子供にそんな恐ろしい言葉を投げかけるなんて」
「ホラーだよね」
また、<ウサギ男>が目に浮かぶ。
ゆらりゆらり
横揺れしながら階段を降りてくる。
着ぐるみは綺麗なモノではない。
水色の所々が色あせて灰色。
白目は黄色すぎて
鼻のピンクも赤に近い
「ホラーじゃないでしょ」
マユは立ち上がり、顎に指を添え
ゆっくり工房の中を歩き始めた。
推理がはじまった?
「セイ、事件かもしれないわよ。キミ子って子は殺されたんじゃない?」
「えっ?」
考えもしなかった。
「ウサギ男が殺したかも知れないわ」
「え? それってウサギ男を見たと、誰かに喋ったから?」
でも……どうして喋ったと知り得るのだ?
盗聴器でも付けない限り無理。
ウサギ男は……人間じゃない、ってことか。
やっぱりホラーじゃないの?
「エスターは、誰かに喋ったけど何事もなかったと、言ってたんでしょ?」
「うん……」
「キミ子ちゃんが誰かに喋ったかどうかは不明……でもウサギ男はキミ子ちゃんを殺した」
「……どうして?」
「ウサギ男が団地の住人だったとか。着ぐるみは正体を隠す為、つまり何か悪いコトをしたの」
目撃されてもいいように
防犯カメラに写っても正体が分からぬように。
「けどさ、それだったらウサギ男の扮装で、自宅を出たりはしないんじゃないか?」
「……それもそうね」
マユは溜息を付きながら聖の隣に座った。
推理を諦めたのか?
……いや、違った。
「セイ、キミ子ちゃんは実在して、本当に団地の窓から落ちて死んだのか、知りたいわ」
パソコンのディスプレーを指差した。
やはり<キミ子の死>に、こだわっている。
どうして?
「アニーが殺された事件より、こっちのが、気になるの?」
聞いてみた。
「怪談師殺人事件はね、警察が捜査するじゃない。でも、こっちは違うかも」
殺人事件と警察は疑わなかったのではないか。
キミ子が転落死の前に、
<ウサギ男>なる奇怪な人物と接触したと 知らないから。
「高層住宅、転落、小学一年女児死亡で検索してみて」
「うん……17年前か、その前だな」
エスターは(24まで無事に生きてる)と呟いていたから。
「高層住宅 転落死亡事故事例、というのが出てきた……あ、これかも」
2008年6月
大阪府K市 府営住宅
小学1年女児
11階と屋上の間の階段踊り場の窓より転落。
「その団地から駅が見える?」
「確認するよ」
団地の住所で検索してみる。
「北側の棟からは、K駅がよく見えそう……あれ?」
マップの他に気になる記事が……。
2008年6月1日
大阪府K市 府営住宅
子供、幼児を含む4人の遺体を発見。
この家に住む森山さん一家とみられる
事件と無理心中の……。
「同じ頃に、同じ団地で殺人事件があったのね。ウサギ男と関係あるかも」
「無理心中かも知れないんだよ」
「無理心中でも殺人でしょ」
「そっか。……どっちだったのかな?……詳しい記事は出てこないな」
「ねえ、気になるわ。カオルさんに知らせた方がいいと思うわ」
「へ?……何を?」
キミ子はウサギ男に殺されたかも、知れない。
同時期に同じ団地で起こった事件と関係があるかも、知れない。
どっちも何の根拠も無いのに?
「『ウサギ男』は作り話では無い、それだけは知らせた方がいいわ。セイが聞いたエスターの呟きを」
あとは薰の判断に委ねればいい。
事件性が有るのか無いのか。
「そうだね。俺がネットで調べるより薰が調べた方が、確かだしね」
早々に
手短に
アニーが殺されたと、ツムギから電話があった件と
エスターの呟きを、そのまま
ラインで伝えた。
直ぐに既読になり
1時間後に電話が掛かってきた。
「はーしんど。……今やっと家に帰ってきてん」
と、珍しく疲れ切った声。
「どうした? 何かあった?」
「怪談師殺し、現場はな、奈良市役所の南やねん」
広い奈良市の中心部。
薰のマンションからそう遠くない。
間違い無く管轄内。
「そりゃあ、大忙しだね」
「その上に、ややこしいコトになってるねん。セイに電話するのは明日にしようと思ってたんやけどな」
「……そうなんだ」
「ちょっと待ってや。ビール飲ませてや」
「……うん」
聖は
様子が変だ、と感じた。
アニーが殺された事件について、俺に話そうとしてた?
なんで?
明日でいいなら、家に帰りつくなり電話掛けてこなくても……。
ビール飲んで、ゆっくりしてからでも。
もしや、<ややこしいこと>は俺に関係あるの?
「京都府警から電話があってん。怪談師を殺した犯人を知っていると、タレコミがあったんやて」
「?」
「2月28日に、仙人温泉の『ペンション・ツムギ』に宿泊していた2人連れの男が、怪談師を殺したんやて」
「へっ?……」
いやな予感がしてきた。
「男の一人は、目つき顔つきからして暴力団員、もう一人はアニメに出てくる殺し屋風。そいつは片手に手袋はめてた、らしいで」




