第三章:ツバサの激昂
秘密を抱えた朝
朝の陽光が木々の葉の隙間から差し込み、アリスを目覚めさせた。奇妙な感覚に、彼女は思わず身震いする。神眼が、彼女の意思とは無関係に発動していたのだ。こんなことは、今まで一度もなかった。
恐ろしいオーラが、あちらから放たれている……台所のほうから?
アリスはゆっくりと身を起こした。心臓が戦太鼓のように打っている。そのオーラはあまりにも巨大で、竜イスタロスをも凌ぐほどだった。まるで別の次元から来た存在のような――上位の悪魔か、あるいは……神。
慎重な足取りで、彼女はオーラの源へと近づいていった。
そこにいたのは、ハンだけだった。焚き火のそばで気楽に座り、小さな鍋を掻き混ぜている。穏やかな顔で、小さく鼻歌まで歌っていた。
「ハ、ハン?」アリスは唾を飲み込んだ。「ここに……何かいた? 何か、大きなものが」
ハンが振り向き、眉を上げる。「大きなもの?」彼は軽く笑った。「大きいのは、今朝の俺の空腹くらいだよ、アリス。どうした? 何かおかしなことでも?」
アリスは戸惑いながら首を振った。「さっき、こっちのほうから、ものすごく恐ろしいオーラを感じたの。でも、今は……」彼女はもう一度神眼を使った。ハンは普通に見える。オーラも、昨夜と同じく弱々しいままだった。
「悪い夢でも見たんじゃないか」ハンは肩をすくめた。「それとも、その目の力を使いすぎた副作用かもな」
アリスはまだ納得できなかったが、それ以上は訊かないことにした。「何を作ってるの?」
「簡単な朝食さ。六人分、足りるといいんだが」ハンは温かく微笑んだ。「さあ、みんなを起こしに行こう!」
*
しばらくして、六人の冒険者は焚き火を囲んで座り、キノコと、ハンがどこからか手に入れてきたウサギ肉のスープを味わっていた。
リナが口を動かしながら頬を膨らませた。「お兄ちゃん、どうして私を起こして料理を手伝わせてくれなかったの? むぅ! 私だって料理できるんだからね!」
「お前は眠りが深すぎたんだよ」ハンは妹の髪を撫でた。「起こすのがもったいなくてさ」
エンセイは感心した様子で料理を見つめた。「本当にすごいな、ハン。森の真ん中で、どうやってこんなにいい食材を集めたんだ?」
「経験、かな」ハンは短く答えた。
ルデスは食べ物を口に運びながら頷いた。「うまい! ありがとな、ハン」
ツバサはいつものように、黙々と食べていた。その目は周囲を見張ることをやめない。まるで、どこから危険が来てもおかしくないと思っているかのように。
アリスはまだ、ちらちらとハンを盗み見ていた。かすかに微笑みながら、頭の中は疑問でいっぱいだった。けれど、それ以上考えを巡らせる間もなく――
「出てこい、裏切り者ども!」
古い建物の外から、怒号が轟いた。近づいてくる足音。周囲の木々に炎が舐めるように広がり始める。誰かが、彼らを外におびき出すために木に火を放ったのだ。
黒い鎧の兵士の一団が、煙の中から現れた。先頭を歩くのは、胸に将軍の紋章をつけた大柄な男。その左右を、五人の精鋭兵が固めている。
「もう逃げ場はないぞ!」将軍が怒鳴った。「降伏して我々と来い。さもなくば、ここで死ね!」
ツバサがゆっくりと立ち上がった。全身が震えている。恐怖ではなく、燃え上がるような怒りで。
「ここは私にお任せください、ハン様」その声は、地獄の氷のように冷たかった。「王国の連中……私は、あいつらがみな憎い」
ハンはただ頷いた。「お前はいつも、あいつらを見るとそうなるな。行ってこい、ツバサ」
ハン、リナ、アリスが後ろへ下がり、ルデスとエンセイが前へ出る。「俺たちも行く!」と二人は叫んだ。
将軍はルデスを見て、にやりと笑った。「ルデス、村の小僧か。王国はずっと前からお前に目をつけていたぞ。上のお歴々は、お前を仲間に迎えたいとまで言っている」その口調が嘲りに変わる。「それなのに、お前は馬鹿みたいに竜の遺跡へ行きおって。王国には、死にかけのお前の母親を治す薬があるというのにな」
ルデスの顎がきつく締まり、胸の内で怒りが爆発した。「このクズども! 村の年寄りたちを殺したのは、お前たちだ! あのくそったれのランガを使って、母さんに毒を盛ったのも!」彼は剣の切っ先を将軍に突きつけた。「全部、俺を無理やり仲間にするための策略だったんだろう! 冗談じゃない!」
ツバサの目が赤く燃え上がり、その顔は抑え込まれた怒りに満ちていた。手にした影の剣が、濃密な闇のオーラをまとってきらめき始める。
「王国の人間は」彼は絞り出すように言った。憎しみに声が震える。「すべて、呪われたクズだ」
次の瞬間、彼の姿が消えた。
シャアァッ!
二人の兵士が、何が起きたかも理解しないうちに、血溜まりの中へ崩れ落ちた。
将軍は笑った。まったく驚いた様子はない。「見事な力だ! 英雄ランガのような闇の力か?」彼は嘲るように言った。「だが、まだまだだな!」
怯えたリナは、アリスに付き添われて古い建物の中へ戻った。
そして一瞬のうちに、戦いが始まった。
ルデスは炎をまとった剣を抜き、高速で動いた。エンセイは影のように動き、矢を次々と放つ。ツバサは抑えた怒りとともに戦い、剣の一振りごとに死の気配をまとわせた。
だが、将軍は強かった。非常に強かった。
三人を同時に相手にしながら、まるで押されている様子がない。炎の剣は、彼らの武器と打ち合うたびに小さな爆発を起こした。
「ハハハ! 大したものだが、ここまでだ!」彼は叫び、凄まじい炎の波を解き放った。三人は後退を余儀なくされる。
ツバサは手を上げ、再び攻めかかろうとするルデスとエンセイを制した。
「下がれ」その声は、いつもより冷たかった。「こいつは、私一人で片をつける」
ルデスはためらった。「大丈夫なのか――」
「下がれ」
ツバサの声には何かがあり、ルデスとエンセイは即座に後ろへ退いた。
ツバサはゆっくりと前へ歩み出た。闇のオーラはさらに濃くなり、彼の隣に偽りの影を作り出す。将軍はにやりと笑い、炎の剣を掲げた。
「勇ましい小僧だ! だが、勇気だけでは足りんぞ!」
最後の戦いが始まった。
炎と闇がぶつかり合う。爆発が次々と森を揺るがした。木々が倒れ、大地が裂け、空気は煙と埃で満たされる。
突然、将軍の剣がツバサの心臓を正確に貫いた。
「ハハ! 結局、経験には勝てんのだ!」将軍が嘲る。
だがツバサは、ただ冷ややかに見つめ返した。その目は空虚に将軍を見据えている。
「経験?」その声は、笑いと怒りの間で震えていた。「お前は、自分が誰を相手にしているのかも知らないんだな」
貫かれた体が、ゆっくりと薄れていく。ただの影だった。
背後から、本物のツバサが悪夢のように現れた。闇の剣は、すでに将軍の背中を貫いている。
「ど……どうやって……?」将軍が喘ぎ、口から血が噴き出した。
彼は崩れ落ち、息絶えようとしていた。「お前たちは……後悔するぞ……王国は……お前たちを狩り続ける……世界の果てまでも……」
ツバサは彼の傍らにしゃがみ込んだ。その目は、制御できない憎悪に燃えている。
「来させればいい」彼は囁いた。「ずっと、この時を待っていた」彼は剣を高く掲げる。「お前たちを皆殺しにしてやる、王国のクズども。この世から……地獄まで」
シャアァッ!
将軍は、ツバサの剣のもとで息絶えた。
ツバサは立ち上がり、曇り始めた空を見上げた。その顔には、怒りと、あまりにも深い痛みが滲んでいる。目はまだ、怒りの名残で赤く燃えていた。
ハン、ルデス、エンセイは、ただ黙っていることしかできなかった。何かを言う勇気などなかった。
彼らは今、ツバサの別の一面を目の当たりにしたのだ。
そしてそれは……恐ろしかった。
――つづく。




