暗殺者との対峙※ルードルフ視点
クラウディアを誘拐した犯人が指定した廃墟になった倉庫に向かう。中は薄暗く警戒しながら進む。
一番奥に見えたのは椅子に縛られた最愛の人だった。
「ディア!」
近づこうと駆け出した瞬間だった。
ひんやりとした硬い物が喉元を掠める。視界に映り込むのは喉にくっついたナイフだった。
そして後ろには人の気配がする。
「王子様っていうのは凄いですね。叫び声ひとつ上げないのですから」
耳元でくすりと笑う男。
いつの間に近づかれたんだ。足音も気配すら感じられなかった。
これまで多くの暗殺者に狙われてきたがその中でも群を抜いた才を持つ人間だ。喉元のナイフをどうにかしようと男の腕を掴み、捻り上げるがすぐに距離を取られてしまう。
振り向くと灰色の髪を靡かせ、アメジストの瞳を楽しそうに緩める男の姿だった。
「お前が私のディアを攫ったのか?」
怒りを隠さず尋ねると男は「そうですよ」と短く返事をする。狙いが私であるなら私を直接狙えば良いものを。
こいつはクラウディアを巻き込み危険に晒した。
この男を許せない。今すぐ殺してやりたい。
「どうしてディアを攫った」
「彼女を殺すように依頼を受けたからだ」
「ふざけるな!」
奴の狙いはクラウディアの命だった。
怒りに身を動かされた私は男の胸ぐらを掴み、首を絞める。苦しいはずなのに余裕たっぷりに笑う男を殴りつけると軽く吹き飛んだ。
カランと音を立てて落ちたナイフを拾い上げるとゆっくり男に近づく。
クラウディアが殺される前にこの男を殺してやる。
「そんな目で見ないでください。彼女を殺す気はもうありませんから」
「信じられると思うか?」
「殺す気でしたらもうとっくに殺していますよ」
両手を挙げて降参する男に足の動きが止まる。
確かに殺す気だったらもう殺していたはず。
じゃあ、この男の目的は何だ。
「殺す気がないなら彼女を攫った理由は何だ。どうして私を呼び出した」
「貴方を試す為に呼び出しました」
「は?」
どういう事だ?
この男は何が言いたい。動揺する私に男は衝撃的な言葉を続けた。
「どうやら僕はクラウディア様の事を好きになってしまったみたいなんです。だから彼女を殺す気はありません」
「何を言って…」
「クラウディア様は僕の事を初めて分かってくれた人なんです。ずっと気づいて欲しかった、言ってもらいたかった言葉をくれた。僕の彼女を想う気持ちは本物です。だからもし貴方がここに来なければ、他の者を寄越していたらクラウディア様を攫って二人で暮らすつもりでした」
男の目から感じられるのは本気だった。
本気でクラウディアを攫う気だったのだ。
「でも貴方は一人で来ました。王子のくせに、何でも手に入れられる立場のくせに…。どうして自分の身を危険に晒すと分かっていて来たのですか?」
どうしてここに来たのか。
そんなの分かりきった質問だ。
「ディアを愛しているからだ」
私の言葉に男は動揺の色を瞳に浮かべた。そして力なく「愛、ですか…」と呟く。
「私はディアの為なら立場も命も捨てられる。彼女が誰よりも特別な人だからだ」
クラウディアを苦しめるだけなら王子という立場は要らない。無責任だと責められ罵られても良い。
彼女が私の死を望むなら自殺しても構わない。
それくらい私の気持ちは重くて面倒なものなのだ。
「立場も命も要らないって…」
「私は本気だ」
「目を見れば分かりますよ」
私の気持ちの重さを理解した男はくすりと笑った。
「本当の事を言うと貴方の気持ちが軽いものだったら貴方を殺してクラウディア様を攫うつもりでした」
「そうか」
「でも、もう諦めます。クラウディア様を傷つけないでくださいよ」
「貴様に言われるまでもない」
一度は泣かせてしまったが次はない。
二度と傷付ける事はしない。
男の側を離れるとクラウディアの方に向かって歩き出す。見たところ怪我はなく薬で眠らされているだけのようだ。
あぁ、良かった。本当に良かった。
冷え切っていた胸の奥に温かさが戻ってくる。
私は君がいないと生きてる意味がないんだ。
君がいるからこそ生きていけるのだから。
「遅くなってしまってすまない」
頬を撫でると彼女の表情が和らいだ様に感じられた。
彼女を横抱きにして立ち上がると座りっぱなしの男の前で立ち止まる。
「取引をしよう」
「取引?」
「依頼主について話せ。そうすればお前を悪いようにはしない」
「信じられると思いますか?」
じっと見下ろすと男は溜め息を吐いて「良いでしょう」と答える。
立ち上がり膝についた埃を払った男は楽しそうに笑う。
「嘘をついたらクラウディア様を攫って消えますからね」
クラウディアの寝顔を見ながら笑顔で言ってくる男に頬を引き攣らせる。
暗殺者を惚れさせるとは今度は何をやらかしたのやら。
我が最愛の婚約者には困ったものだ。
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