第32話「師走の事務所」
水曜日の朝。
師走の事務所は、今日も忙しい。
電話対応、データ入力、問い合わせ、トラブル対応。
次から次へと押し寄せる仕事の波。
澪の、静かな戦いが続きます。
それでは、第32話、どうぞ。
水曜日の朝。
オフィスに着くと、もう何人かの同僚が出勤していた。
みんな、疲れた顔をしている。
「おはようございます」
私は、いつも通りに挨拶をした。
「あ、澪、おはよう……」
隣の席の木内さんが、力なく返事をした。
「もう無理……昨日も残業したのに、全然終わらない」
「年末は、仕方ないわよ」
「そうなんだけど……」
木内さんは、デスクの上の書類の山を見て、ため息をついた。
私も、自分のデスクに座った。
パソコンを起動して、メールをチェックする。
新着メール、五十三件。
多いけど、まあ、いつも通りだ。
一つずつ、処理していく。
返信が必要なもの、転送するもの、保存しておくもの。
振り分けながら、黙々と作業を進める。
九時になった。
朝礼が始まった。
「はい、みんな。今日も一日、頑張りましょう」
課長の声が、フロアに響いた。
「年末まで、あと三週間ちょっと。やることは山積みだけど、一つずつ確実にこなしていこう」
「はーい」
みんなの声が、揃わない。
疲れてるんだろう。
朝礼が終わって、それぞれの仕事に戻った。
私は、まず請求書の処理から始めた。
十二月分の請求書。
取引先ごとに、金額を確認して、データを入力していく。
タイピングの音が、リズミカルに響く。
私は、ブラインドタッチができる。
画面を見ながら、キーボードを見ずに入力できる。
入社してすぐに練習した。
最初は難しかったけど、今ではもう自然にできる。
これができると、仕事が早い。
請求書の処理、三十分で終わった。
次は、発注書の確認。
在庫管理のデータと照らし合わせて、必要な発注を出す。
これも、黙々と進める。
隣の木内さんが、うめき声を上げた。
「ああ、もうダメ……エクセルが動かない……」
「どうしたの?」
「ファイルが重すぎて、フリーズしちゃって……」
「ちょっと見せて」
私は、木内さんのパソコンを覗き込んだ。
確かに、フリーズしている。
「一度、強制終了して、もう一度開いてみて。それで、不要なシートは削除するといいわ」
「あ、そうか……ありがとう、澪」
木内さんは、パソコンを再起動した。
私は、自分の席に戻った。
電話が鳴った。
「はい、ナチュラルキッチン、霧島です」
「あ、霧島さん。山田商店の山田です」
「山田さん、いつもお世話になっております」
「先日の注文の件なんですけど、納品日を変更できますか?」
「はい、確認いたします。少々お待ちください」
私は、パソコンで発注データを開いた。
山田商店の注文。
納品日は、十五日。
「何日に変更されますか?」
「できれば、十二日にしてほしいんです」
「少々お待ちください」
私は、在庫を確認した。
十二日なら、大丈夫そうだ。
「はい、十二日で承りました」
「助かります! ありがとうございます!」
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
電話を切った。
倉庫と営業部にも納期変更なメールを送った。
すぐに、また別の電話が鳴った。
「はい、ナチュラルキッチン、霧島です」
「あの、先日の請求書なんですけど……」
今度は、請求書の問い合わせ。
金額に誤りがあるかもしれない、とのこと。
私は、すぐにデータを確認した。
「申し訳ございません。確かに、こちらのミスです。訂正した請求書を、本日中にお送りいたします」
「分かりました。よろしくお願いします」
電話を切って、すぐに訂正作業に取りかかった。
請求書を修正して、メールで送信。
それから、記録を残しておく。
また電話が鳴った。
「はい、ナチュラルキッチン、霧島です」
午前中、電話がひっきりなしに鳴った。
問い合わせ、変更依頼、クレーム対応。
一つ一つ、丁寧に対応していく。
同時に、自分の仕事も進める。
パソコンに向かって、データを入力。
電話が鳴ったら、すぐに出る。
また入力。
また電話。
繰り返し。
気がつくと、もうお昼になっていた。
「澪、お昼、行かないの?」
木内さんが、声をかけてきた。
「ああ、もうこんな時間」
「一緒に行こうよ」
「ごめん、もう少し片付けてから行くわ」
「そう? じゃあ、先に行くね」
「うん、行ってらっしゃい」
木内さんは、席を立った。
私は、もう少し作業を続けた。
キリのいいところまで終わらせて、お昼休みに入った。
社員食堂で、簡単に昼食を済ませた。
今日は、親子丼。
美味しいけど、ちょっと味が濃いかな。
食堂を出ると、また電話が鳴っているのが聞こえた。
急いで、デスクに戻った。
「はい、ナチュラルキッチン、霧島です」
午後も、同じように続いた。
電話対応と、データ入力。
それから、書類の整理。
三時頃、後輩の佐藤くんが、困った顔で近づいてきた。
「霧島さん、ちょっといいですか?」
「どうしたの?」
「この在庫管理のデータ、どうしても合わなくて……」
「見せて」
佐藤くんのパソコンを見た。
確かに、数字が合っていない。
「ここ、入力ミスがあるわね。この数字、間違ってる」
「あ、本当だ!」
「それから、この計算式も間違ってる。ここは、こうしないと」
私は、さっと修正した。
「わあ、ありがとうございます! 助かりました!」
「いいのよ。分からないことがあったら、いつでも聞いて」
「はい!」
佐藤くんは、嬉しそうに自分の席に戻った。
私も、自分の仕事に戻った。
でも、すぐにまた別の同僚が声をかけてきた。
「霧島さん、これ、手伝ってもらえませんか?」
「いいわよ」
私は、その書類を受け取った。
納品書の処理。
これも、黙々と進める。
気がつくと、もう五時になっていた。
定時だ。
でも、まだ仕事が残っている人が多い。
「澪、残業?」
木内さんが、聞いてきた。
「いえ、今日は帰るわ」
「え、本当?もう終わったの?」
「ええ、なんとか」
「すごい……私なんて、まだ半分も終わってない……」
「手伝おうか?」
「え、いいの!?」
「ええ、少しなら」
「ありがとう、助かるぅ~」
私は、木内さんの仕事を手伝った。
データ入力を、代わりにやってあげる。
三十分ほどで、片付いた。
「助かった! 本当にありがとう!」
「どういたしまして」
私は、デスクを片付けて、会社を出た。
外は、もう暗くなっていた。
冬の夕方は、早い。
駅に向かって、歩く。
疲れた。
今日は、特に忙しかった。
電車に乗って、座席に座った。
目を閉じる。
ああ、疲れた。
家に着いて、ドアを開けた。
静かな部屋。
一人の空間。
私は、靴を脱いで、そのままベッドに倒れ込んだ。
スーツのまま。
動けない。
疲れた。
本当に、疲れた。
目を閉じると、今日一日のことが頭の中を巡った。
電話の音。
キーボードを叩く音。
同僚の声。
全部、ぐるぐると。
でも、仕事は終わった。
今日も、なんとか乗り切った。
明日も、また頑張らないと。
私は、そう思いながら、ベッドの中で動けなくなっていた。
疲れた。
本当に、疲れた。
でも、これが師走。
みんな、同じように頑張ってる。
私も、頑張らないと。
そう思いながら、私は目を閉じた。
このまま、寝てしまいそうだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
澪の仕事ぶり、見えましたか?
淡々と、黙々と、でも確実に仕事をこなしていく。
同僚を助けて、後輩を助けて。
ひよりの華やかな営業とは対照的な、地味だけど大切な事務の仕事。
でも、この仕事があるから、会社は回っている。
師走の忙しさに、澪も疲れています。
スーツのままベッドに倒れ込む澪。
頑張りすぎないでほしいですね。
次回は木曜日。
また新しい一日が始まります。
それでは、また次回お会いしましょう。




