第18話「騙された心」
第18話は、ひより視点です。
今回は、かなり辛い内容です。
ひよりが騙され、傷つく物語。
読んでいて辛いかもしれません。
でも、これも現実にあることです。
そして、ひよりが成長するために、
必要な試練だと思っています。
辛い展開ですが、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
ひよりを、見守ってあげてください。
それでは、第18話をお楽しみください。
木曜日の朝。営業部の会議で、課長が言った。
「朝比奈、例の大口案件、進んでるか?」
「はい。先方の担当者とアポを取りました」
「よし。あの案件、取れたら大きいぞ」
課長は、ニヤリと笑った。
「朝比奈、お前は若いし、可愛いからな。その武器を使え」
私は、少し戸惑った。
「武器……ですか?」
「ああ。先方の担当者、独身の男だろ? お前が近づけば、イチコロだ」
周りの先輩たちも、笑っている。
「頑張れよ、朝比奈」
「は、はい……」
私は、複雑な気持ちで会議室を出た。
可愛いから、近づけ。
それって、仕事なのかな。
でも、会社はそういうものなのかもしれない。
私は、気持ちを切り替えて、アポの準備をした。
先方の担当者は、桜井拓也さん。三十代前半。
新しいレストランチェーンの仕入れ責任者。
この案件が取れれば、大きな取引になる。
午後、桜井さんとカフェで会った。
「初めまして、朝比奈です」
「桜井です。よろしく」
桜井さんは、爽やかな笑顔で握手をしてくれた。
背が高くて、清潔感がある。
話していると、とても優しい人だった。
「朝比奈さん、営業何年目?」
「三年目です」
「若いのに、しっかりしてるね」
「ありがとうございます」
私は、準備してきた提案を説明した。
桜井さんは、興味深そうに聞いてくれた。
「なるほど。いい提案だね」
「本当ですか!」
「ああ。でも、すぐには決められない。もう少し詳しく聞きたいな」
「はい、もちろんです!」
「じゃあ、また来週会える?」
「はい!」
その日から、私は桜井さんと何度も会った。
最初は仕事の話だったけど、だんだんプライベートな話も増えていった。
「朝比奈さん、グルメ好きなんだね」
「はい! 美味しいお店探すの、趣味なんです!」
「俺もだよ。今度、いいお店教えてよ」
「いいですよ!」
桜井さんは、いつも優しかった。
私の話を真剣に聞いてくれて、笑ってくれて。
仕事の相談にも、親身に乗ってくれた。
「朝比奈さん、頑張ってるね」
「ありがとうございます」
「俺、朝比奈さんみたいな人、応援したくなるんだよね」
その言葉が、嬉しかった。
会社は「可愛いから近づけ」って言うけど、私は純粋に桜井さんと話すのが楽しかった。
そして、気づいたら、私は桜井さんのことを考えている時間が増えていた。
仕事中も、帰り道も、家にいる時も。
これって……好きになってるのかな。
でも、これは仕事。
契約を取るために、近づいてるだけ。
そう言い聞かせても、心はドキドキしていた。
ある日、課長が私を呼んだ。
「朝比奈、あの案件どうなった?」
「順調です。来週、最終的な返事をもらえる予定です」
「よし。分かってるよな? 契約を取るためだぞ」
「はい……」
「お前が可愛いから、向こうも期待してるんだ。頑張れよ」
私は、モヤモヤした気持ちで会社を出た。
契約を取るため。
それだけなのに、私は桜井さんを好きになってしまった。
これって、ダメだよね。
仕事なのに。
木曜日の夜、桜井さんから連絡が来た。
『明日、最終的な話をしよう。夜、会えるかな?』
私は、ドキドキしながら返事をした。
『はい、大丈夫です!』
明日。
契約が取れるかもしれない。
そして……桜井さんと、もっと近づけるかもしれない。
そんな期待を胸に、私は眠りについた。
翌日、金曜日。
私は、指定された場所に向かった。
駅前の高級レストラン。
桜井さんは、すでに席に座っていた。
「遅れてごめんなさい」
「大丈夫。座って」
桜井さんは、笑顔で迎えてくれた。
「朝比奈さん、今日はゆっくり話せるね」
「はい」
ワインが運ばれてきた。
私は、緊張しながらグラスを傾けた。
「それで……契約の件ですけど……」
「ああ、それね。前向きに考えてるよ」
「本当ですか!」
「うん。でも、もうちょっとゆっくり話したいな」
桜井さんは、私の目を見つめた。
「実は、この近くにいいホテル予約してあるんだ」
私の心臓が、ドキッとした。
「ホテル……ですか?」
「うん。静かに話せるから。朝比奈さん、来てくれるよね?」
私は、迷った。
ホテルって……それって……。
でも、契約の話をするなら……。
それに、桜井さんのこと、好きになりかけてるし……。
「あの……」
「大丈夫。変なことしないから。ただ、ゆっくり話したいだけ」
桜井さんは、優しく笑った。
私は、頷いた。
「……分かりました」
レストランを出て、近くのホテルに向かった。
エレベーターに乗る時、ドキドキが止まらなかった。
部屋に入ると、夜景が綺麗に見える広い部屋だった。
「綺麗な部屋ですね」
「だろ? 座ってよ」
私は、ソファに座った。
桜井さんも、隣に座った。
近い。
「それで……契約の話……」
「ああ、その前に」
桜井さんは、私の肩に手を回した。
「ちょ、ちょっと……」
「いいじゃん。朝比奈さん、分かってたでしょ?」
桜井さんの目が、さっきと全然違う。
「え……?」
「やっと二人きりになれたね」
桜井さんの手が、私の腰に回る。
「や、やめてください!」
私は、立ち上がった。
「何怒ってるの? 朝比奈さんだって、そのつもりでついてきたんでしょ?」
「違います! 契約の話を……」
「契約?」
桜井さんは、笑った。
「ああ、あれね。実はもう他のところと決まってるんだ」
私の血の気が引いた。
「え……?」
「最初から、契約する気なんてなかったよ。でも、朝比奈さんが可愛かったから、つい遊んじゃった」
「そんな……」
桜井さんは、ニヤニヤしている。
「せっかくホテルまで来たんだし」
「やめてください!」
私は、ドアに向かって走った。
「おい、待てよ!」
桜井さんが、腕を掴んできた。
「離して!!!」
私は、振りほどいて、ドアを開けた。
廊下に飛び出して、エレベーターに乗った。
桜井さんは、追ってこなかった。
エレベーターの中で、私は震えていた。
怖かった。
危なかった。
もう少しで……。
ホテルを出て、私は走った。
駅まで走って、電車に乗った。
外は、もう暗かった。
涙が、溢れてきた。
騙された。
利用された。
遊ばれた。
そして、危ない目に遭いそうになった。
私、馬鹿だ。
好きになりかけてたのに。
本気で、いい人だと思ってたのに。
全部、嘘だった。
しかも、ホテルまでついて行ってしまった。
もし、あのまま……。
考えるだけで、怖くなった。
私は、駅のホームで、一人で泣いた。
電車に乗っても、涙が止まらなかった。
身体が、まだ震えている。
家に帰って、ベッドに倒れ込んだ。
澪さんに、電話しようと思った。
でも、できなかった。
こんな恥ずかしいこと、言えない。
騙された自分が、情けない。
ホテルまで行ってしまった自分が、馬鹿だった。
私は、枕に顔を埋めて、泣き続けた。
明日、会社に行ったら、何て報告すればいいんだろう。
課長に、何て言われるんだろう。
全部、私が馬鹿だったから。
可愛いから近づけって言われて、その通りにして。
でも、本気になって。
そして、ホテルまでついて行って。
全部、私が悪い。
私が、甘かった。
そんなことを考えながら、私は長い夜を過ごした。
怖くて、悔しくて、悲しくて。
でも、誰にも言えない。
一人で、抱え込むしかない。
これが、大人になるってことなのかな。
そんなことを思いながら、私はようやく眠りについた。
第18話、いかがでしたでしょうか。
辛かったですね...。
ひよりが傷つく姿、見ていて苦しかったと思います。
でも、これは大切な物語です。
騙されること。
信じた相手に裏切られること。
それは、とても辛いことです。
ひよりは、まだ若くて、純粋です。
だからこそ、傷つきやすい。
でも、大丈夫。
次回、第19話では、ひよりを支える人たちが現れます。金曜日、会社での出来事。そして、仕事中に現れる澪さん。ひよりは一人じゃない。そのことを、感じていただける第19話です。
第19話もお楽しみに。
最後まで読んでくださって、
ありがとうございました。




