第16話「駅のホームで」
第16話は、ひより視点です。
今回は、駅での出来事。
人が倒れている。
でも、誰も助けない。
そんな冷たい光景に、ひよりは迷わず行動します。
正義感と優しさ。
それが、ひよりの魅力です。
ひよりの優しさを感じていただけたら嬉しいです。
それでは、第16話をお楽しみください。
火曜日の夕方。仕事を終えて、私は駅に向かった。
今日も一日、よく働いた。
明日も頑張ろう。
そんなことを考えながら、駅の階段を上がっていた。
その時、上の方でザワザワと騒がしい声が聞こえた。
「誰か倒れてる!」
「大丈夫ですか!?」
人だかりができている。
私は、急いで階段を駆け上がった。
ホームの端に、初老の男性が倒れていた。
周りには野次馬がたくさんいるけど、誰も近づこうとしない。
スマホで写真を撮っている人までいる。
私は、迷わず駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
男性は、意識があるようだったが、顔色が悪い。
額に汗をかいている。
「救急車! 誰か救急車呼んでください!」
私は、周りに向かって叫んだ。
駅員さんが駆けつけてきた。
「すぐに救急車を呼びます!」
「お願いします!」
私は、男性の側に膝をついた。
「大丈夫ですよ。すぐに救急車が来ますからね」
男性は、弱々しく頷いた。
「すみません……」
「謝らないでください。今は楽にしててください」
数分後、救急車が到着した。
救急隊員が、男性を担架に乗せる。
「ご家族の方ですか?」
「いえ、通りがかりで……」
「そうですか。でも、付き添っていただけますか?ご本人、意識はありますが、念のため」
「はい、わかりました」
私は、救急車に乗り込んだ。
病院に着くと、すぐに男性は処置室に運ばれた。
私は、待合室で待った。
三十分ほどして、看護師さんが出てきた。
「意識は戻りました。大事には至らないと思います」
「よかった……」
私は、胸を撫で下ろした。
「ご家族に連絡を取っています。到着まで、少しお時間がかかるそうです」
「わかりました。それまで、私が付き添います」
「ありがとうございます」
処置室に案内されると、男性はベッドに横たわっていた。
でも、さっきよりずっと顔色がいい。
「あの……大丈夫ですか?」
男性は、私を見て微笑んだ。
「ありがとうございます。助けていただいて」
「いえ、当然のことですから」
「いや、周りの人は誰も……」
男性は、少し寂しそうに笑った。
「でも、あなたは助けてくれた。本当にありがとう」
「元気になってくださいね。栄養のあるもの食べて」
「ああ、そうですね」
「あっ、そうだ! レバーなんて栄養満点でいいですよ! 鉄分たっぷりだし!」
「レバー……」
「あと、納豆も! 納豆は毎日食べた方がいいです! 発酵食品は身体にいいですから!」
私は、熱く語り始めた。
「そういえば、この前、すっごく美味しい焼き鳥屋さんに行ったんですよ。そこのレバー、臭みが全然なくて、ふわふわで!」
「へえ、それは美味しそうだ」
「でしょ! それでね、その後にハツも頼んだんですけど、これがまたコリコリで……」
気づけば、私は自分の好きな食べ物の話をずっとしていた。
男性は、優しく頷きながら聞いてくれている。
「あ、あれ……ごめんなさい、私ばっかり喋っちゃって……」
「いやいや、楽しかったですよ。元気が出ました」
男性は、本当に嬉しそうに笑った。
「あなた、食べることが好きなんですね」
「はい! 大好きです! 食べることと、美味しいお店を探すのが趣味で!」
「いいですね。人生、楽しまなきゃ」
「そうですよね!」
それから、しばらく他愛もない話をした。
男性は、昔は営業の仕事をしていたこと。
今は引退して、のんびり暮らしていること。
でも、時々身体の調子が悪くなること。
私も、自分の仕事のこと、趣味のことを話した。
そうしているうちに、病室のドアが開いた。
「お父さん!」
六十代くらいの女性が、駆け込んできた。奥さんだろう。
「大丈夫? 心配したのよ!」
「ああ、もう大丈夫だ。この方が助けてくれたんだ」
奥さんは、私の方を向いた。
「本当にありがとうございました!」
「いえ、大したことはしてないです」
「いえいえ、病院の方から聞きました。救急車も呼んでくださって、ここまで付き添ってくださって……」
奥さんは、深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました」
「いえ、当然のことですから」
私は、少し照れくさくなった。
男性が、ベッドから声をかけてきた。
「あなたのおかげで、元気が出ました。ありがとう」
「こちらこそ、お話いっぱい聞いていただいて、ありがとうございました!」
私は、笑顔で答えた。
「じゃあ、私はこれで」
「本当に、ありがとうございました」
奥さんが、もう一度頭を下げた。
私は、病室を出た。
病院の外に出ると、もう夜だった。
空には、星が少しだけ見える。
私は、深呼吸をした。
よかった。
あの人、無事で。
でも、なんだか胸が締め付けられるような気持ちもあった。
周りに人がたくさんいたのに、誰も助けようとしなかった。
みんな、他人事だったんだ。
もし、私が通りかからなかったら……。
そんなことを考えると、怖くなった。
でも、助けられてよかった。
私は、再び駅に向かって歩き始めた。
澪さんに、この話をしようかと思った。
でも、やめた。
なんとなく、一人で胸に刻んでおきたい気がした。
この出来事を。
この気持ちを。
誰かに話して、慰めてもらうんじゃなくて。
自分で、ちゃんと受け止めたい。
人を助けること。
見て見ぬふりをしないこと。
それが、どれだけ大切か。
今日、私はそれを学んだ。
だから、これは私だけの宝物にしよう。
そう決めて、私は家路についた。
家に着いて、シャワーを浴びて、簡単に夕飯を食べた。
ベッドに横になると、今日の出来事が頭の中で繰り返される。
あの男性の笑顔。
奥さんの涙。
そして、周りの冷たい視線。
全部、忘れない。
私は、もっと強くなろう。
もっと優しくなろう。
そして、困っている人がいたら、迷わず手を差し伸べられる人になろう。
そんなことを考えながら、私は眠りについた。
明日も、頑張ろう。
今日の自分より、少しだけ成長した自分でいられるように。
第16話、いかがでしたでしょうか。
ひよりの行動力と優しさ、素敵でしたね。
誰も助けない中、迷わず駆け寄る。
それって、簡単なようで難しいことです。
ひよりは、そういうことができる人。
そして、食べ物の話で盛り上がっちゃう、
そんな可愛らしさも、ひよりらしいですね。
次回、第17話は澪の視点。水曜日、珍しく外回りの仕事を任された澪。公園で出会った泣いている子供。
澪は名探偵のような推理で、その問題を解決します。
クールで論理的な澪の魅力が光る、第17話です。
第17話もお楽しみに。
最後まで読んでくださって、
ありがとうございました。




