第14話「公園のベンチで」
第14話は、ひより単独回です。
前日の疲れから部屋でのんびり過ごす休日
夕方になり少し体を動かそうと出かけた公園で偶然の出会い。
初老の男性が語る、過去の話。
仕事のこと、後悔のこと、
そして今を生きること。
ひよりは、その話を聞きながら、
何かを感じ取ります。
でも、まだ気づいていない。
この出会いの意味を。
読者の皆さんは、もしかしたら
気づくかもしれませんね。
それでは、第14話をお楽しみください。
日曜日。私は、一日中家でゴロゴロしていた。
金曜日の夜の出来事が、まだ心に残っている。
澪さんの後ろにいた、あの白いワンピースの女性。
お寺に行って、お祓いをしてもらったけど、本当に大丈夫だったのだろうか。
澪さん、一人で大丈夫かな。
何度も携帯を手に取ったが、メッセージを送るのをやめた。
きっと、澪さんは大丈夫。
そう信じることにした。
夕方になって、少し身体を動かしたくなった。
ずっと家にいると、逆に疲れる。
私は、軽く散歩に出ることにした。
近くの公園まで歩く。
秋の夕暮れ。空が、オレンジ色に染まっている。
公園には、家族連れや犬の散歩をしている人がいた。
平和な光景。
私は、ベンチに座って、深呼吸をした。
風が、心地いい。
しばらくぼんやりしていると、隣に誰かが座った。
見ると、初老の男性だった。
六十代くらい。穏やかな顔立ち。
「こんにちは」
男性が、挨拶してきた。
「あ、こんにちは」
私も、挨拶を返した。
男性は、公園の景色を眺めながら、小さく笑った。
「いい天気ですね」
「そうですね」
「休日、ゆっくりできましたか?」
「え? ああ、はい……まあ、色々ありましたけど」
男性は、何か察したような表情をした。
「色々、ね。人生、そういうものです」
私は、少し気になった。
この人、誰だろう。
でも、話しやすい雰囲気がある。
「あの……失礼ですが、お仕事は?」
「今はね、スーパーで清掃員をしてます」
「スーパー……」
「ええ。マルヤマスーパーって、ご存知ですか?」
私は、驚いた。
「マルヤマスーパー! よく知ってます! 私、そこに営業で行ってるんです!」
「そうですか! じゃあ、もしかしたら見かけたことあるかもしれませんね」
男性は、嬉しそうに笑った。
「私は毎朝、開店前に掃除してるんです」
「そうなんですね」
「いい店ですよ。店長も優しいし、お客さんも温かい」
男性は、遠くを見つめた。
「実はね、昔、私もあなたと同じような仕事をしてたんです」
「え?」
「食品メーカーの営業。マルヤマスーパーも、私が担当してました」
私は、さらに驚いた。
「じゃあ……もしかして、同じ会社……?」
「かもしれませんね。でも、もう三十年以上前の話です」
「三十年……」
男性は、少し寂しそうに笑った。
「ある事件があってね。それをきっかけに、会社を辞めたんです」
「事件……?」
「ええ。大切な……後輩が、亡くなったんです」
私の胸が、ギュッと締め付けられた。
「地下の資料室で、棚が倒れてきて。誰も気づかなかった。私が、もっと早く気づいていれば……」
男性の声が、震えた。
「彼女は、まだ若かった。仕事が楽しくなってきたって言っていたのに。なのに……」
私は、何も言えなかった。
「それから、私は仕事が手につかなくなって。責任を感じて、会社を辞めました」
「そんな……」
「でもね、不思議なことに、マルヤマスーパーの店長が、私を雇ってくれたんです。『田中さん、うちで働きませんか』って」
「田中……さん」
「ええ。田中です」
男性は田中と名乗った。
「店長はね、言ってくれたんです。『過去は変えられない。でも、これからは変えられる』って」
田中さんは、優しく笑った。
「だから、私は今、この場所で働いてる。毎朝、丁寧に掃除をする。お客さんに気持ちよく買い物をしてもらうために」
「素敵ですね」
「ありがとう。でもね、まだ心の中に、後悔が残ってる」
田中さんは、空を見上げた。
「彼女に、ちゃんと謝りたかった。ごめんなさいって。そして、ありがとうって」
「ありがとう……?」
「ええ。彼女がいたから、私は仕事の楽しさを知った。彼女がいたから、私は成長できた」
田中さんの目に、涙が浮かんでいた。
「でも、もう会えない。だから、せめて……彼女の分まで、丁寧に生きようと思ってる」
私は、胸が熱くなった。
とても悲しい話だ。
「田中さん、きっと……その方も、喜んでると思います」
「そうだといいんですけどね」
田中さんは、立ち上がった。
「さて、そろそろ帰ります。話を聞いてくれて、ありがとう」
「いえ、こちらこそ」
「あなたも、営業の仕事、頑張ってください」
「はい!」
田中さんは、手を振って、去っていった。
私は、ベンチに座ったまま、夕焼けを見つめた。
三十年前の事件。
地下の資料室。
後輩の死。
自分の会社で昔、そんなことがあったなんて。
私は、立ち上がって、家に向かった。
家に帰って、ベッドに横になった。
田中さんの言葉が、頭の中で繰り返される。
「過去は変えられない。でも、これからは変えられる」
そうだ。
私も、これから。
丁寧に生きよう。
仕事も、人間関係も、全部。
そんな日曜日だった。
第14話、いかがでしたでしょうか。
公園での出会い、心に響きましたか?
田中さんの話、何か引っかかりませんでしたか?
実は、この物語には秘密があります。
前回の澪の物語と、どこかで繋がっているんです。
でも、二人は気づいていない。
読者の皆さんだけが知っている、不思議な繋がり。
そんな物語を描きたかったんです。
いつか、二人がこの繋がりに気づく日が来るかもしれません。
次回、第15話は澪の単独回。月曜日、澪の静かな夜の物語です。一人の時間を過ごす澪さんの、また違った一面が見られるかもしれません。
第15話もお楽しみに。
最後まで読んでくださって、
ありがとうございました。




