EX5 日本の隣の大陸編⑧
第六淫――もとい天魔王の呼び名に、No-Bと呼ばれた推定ダークエルフの美女はやや不愉快そうに反応した。
『No-Bである』
潮風にマントが揺れる。
マントじゃない部分も揺れる。足元に転がるHDY-Cがどこからか携帯端末を取り出し汚い悲鳴を上げながら撮影を始めたのでエゾオオツノシカ君がコレダーを喰らわせ、No-Bが真下に火縄銃をもう一発撃ち込んだ。
ツッコミは誰もしない。追撃も自重した。
『No-Bは宣言する。No-Bは皇帝を僭称し大陸にて不逞を働いていた百八の賊を討ち、配下に置いた。No-Bは核ドラゴンなき後の三つの迷宮を支配下に置いた。No-Bは大陸に武を布く』
その百八の中に蚩尤卿も含まれるんですねと、林甫真人がぞっとした顔で反応する。対立派閥の長だからこそ相手の実力を、ある意味では本人以上に理解しているからこそ、No-Bの底知れなさに恐怖した。
『No-Bは腐れ坊主を許さない。No-Bは狙った男を他の男色家に奪われるのは我慢ならん。No-Bはなんでも女体化して興奮する輩への理解と共感を拒む』
……
……
あ、なんか目からハイライトが消えてる。
鼻血出して興奮してるHDY-Cの顔をヒールで踏んづけてるし。げしげしと。
『聞け崑崙の者よ。No-Bは貴様のような変態を嫌悪する』
『だ、だだだだだだ誰が女装癖で男色趣味の色情狂ですかっ』
思わず過剰反応する林甫真人を弟子二人が両側から抑えた。
『師父。貴方の業績は素晴らしいが趣味嗜好には共感できません』
『事情を知らない青少年を師父が誘う度に寄せられる苦情の件数は常々お伝えしている筈です』
『味方が、味方がいないッ』
叫ぶ林甫真人。
自業自得である。日本側からも擁護の声は上がらないのは、性別詐称による被害者が洒落にならない数確認されているからだ。
『いいですよ、いいですよ。妾には心の友がいますから』
不貞腐れた林甫真人は弟子の手を振り払い、なぜか自分の背後に廻って後ろから押してくる。圧が強い。
『第六天魔王だか有明の女王だかNo-Bだか知りませんがね、妾と肉屋さんの真なる友情パワーには容易に勝てるとは思わない事ですう』
『――ほほう』
あ、何故か視線がこっちに向いた。
と。
ノーモーションで発射された弾丸を「分解」する。ほぼ同時に幕末ゴブリン族が船員オークから受け取っていたマスケット銃を構え、洒落にならない極太ビームがNo-Bを襲う。さすがにビームまでは想定していなかったのだろう、マントの半分以上を消滅させながら割と必死の形相でビームの斉射から逃れたNo-Bは両手を上げて降参の意を示した。なおビームの何割かがHDY-Cに直撃しているけれど、誰も気にしていない。すぐ復活したし。
『うむ、完敗である』
負けを認めていながらもちっとも悔しそうな顔をしないNo-B。
『だがNo-Bは終焉魔王軍でも一番の大物。No-Bの身柄を取り戻すために部下共は全軍を挙げて貴様たちに挑むであろうな!』
まるでそれが既定路線であるかのように、大型のキャリーケースを複数取り出したNo-Bは転がってるHDY-Cを椅子代わりに腰を下ろした。甘い声で悲鳴を上げるHDY-C。
あの、あっさり降参って正気ですか?
『是非もなし』
さっきまで天下布武を唱えてましたよね?
『此処が今世の本能寺である』
涼しい顔で言ってのけるNo-B。
いやそうじゃねえ。納得するなヒコ様。困惑してるなカラスくん。
『では捕虜として厄介になる故、よしなに頼む』
そこだけ切り取れば絶世の美女の爽やかな微笑みである。
ちょっと反応できない。
『なに、無理難題を押し付ける意図はない。甘味と美食と娯楽を融通してくれればいい。あ、たまに腐れ坊主か寺を焼きたいな。隠れ切支丹でもいいぞ』
何言ってるんですかねこのダークエルフは。
◇◇◇
かくして自分達は香港を発った。
ダンジョンシップ咸臨丸は怒涛の勢いで上海に到達した。かつて核ドラゴンが大暴れした際、長江を堰き止めていた巨大な三峡ダムもまた破壊を免れなかった。河川を塞ぐような巨大なコンクリート塊などが大型船舶の航行を妨げていたらしく、咸臨丸以外は旧時代の小舟が海運の主流となっているようだ。
それらの船も今は遥か彼方に退避している。
『野郎共、上様を取り戻せええ!』
『『『おおーっ』』』
立ち塞がるは終焉魔王軍(仮称)の水軍。長江の両岸まで埋め尽くすほどの船。丸太を強引に結び付けた即席筏も多数ある。とにかく数、数、数を揃えたという威容。掲げられる傍の数も百や二百ではきかない。No-Bがまとめ上げたという中国大陸の武装勢力が集結しているのだ、そりゃ凄まじい軍勢だろう。
それらが一気に押し寄せてくる。
しかし咸臨丸は止まらない。無人の荒野を進むように。
『武羅羅唖!』
土方ホブ三艦長、絶好調。
待ち構えていた武装船舶が次々と吹き飛んでいく。鉄鎖で船を連結して足場にしようとしていた一部の船舶群は何故か激しく燃え上がったりもした。沖縄ダンジョンの時と同じように沈んだ船の周囲には魔法陣が現れて、吹き飛ばされた終焉魔王軍(仮称)の兵士を呑み込んだ。兵士の練度は琉球人民共和国のそれより遥かに上だろうに、幕末ゴブリン族のビーム連射の前では同じ結末を迎えるしかなかった。
戦術も戦略も関係ない。
向こうの弾丸や爆弾ついでにロケット弾の類はダンジョンシップの防御フィールドを一切突破できず、こちらのビームは一射すれば直線2キロ幅数十メートルの空間を蹂躙する。もちろん余波は別計算。それが秒間数十発で全方位。
水上戦に要した時間は数分。
日曜朝に戦う魔法少女達の変身バンクシーンが完了するよりも短かった。
上陸して早々、自分達は上海ダンジョンが一筋縄でいかない難所であると理解した。
『上海ダンジョンは浦東新区に建設予定のテーマパーク敷地に発生した。租界時代の都市部を模したエリアを暴れ廻る小黄熊が最も多いモンスターだな』
おい馬鹿やめろ。
カメラ止めて、カメラ。
『主にハチミツの壺を抱えているが、赤いシャツを着ていたり金属バットを持った亜種も確認されている』
道服の女による説明を受けて日本人関係者は思いをひとつにした。
駄目だこのダンジョン。
モザイクしか写せねえとばかりに全員が上海ダンジョンへの侵入を断念、入り口の端っこ部分に触れて、いきなりダンジョン初期化を実行。香港ダンジョンの時のような罠の恐れもあるから、他のメンバーは完全武装で身構えている。暴力的な発光と共にどこから流れる陽気なマーチを聞いてHDY-CとNo-Bが何故かガクガクと震えていたが、彼女達は形式上は人質というか捕虜なのでスルーした。オブザーバーとして少数ついてきた米軍関係者はゲラゲラ笑っている。笑うしかないよ。
上海コアの再起動後、問答無用で沖縄ダンジョンと接続。
【上海ダンジョンに不法難民一千万人を解き放つ準備が整いました】
だそうです。
反応早過ぎですね。出待ちですかそうですか。
一気に解き放ちますかと、上海を牛耳ってる水運組合っぽい秘密結社の人に訊ねてみた。ダンジョン再起動中に因縁つけて襲ってきたのでヒコ様達が返り討ちにして転がしていたのだ。
返答は無い。
日本語で質問したから?
いや林甫真人が翻訳して伝えてくれたから違いますね。
どうしましょうね。
あ、信じていないのか。そりゃそうだ。皆さん、襲ってきた終焉魔王軍(仮称)に船とか提供してましたよね。水夫も兵隊も。敵対的中立勢力かと思ってましたが、ばっちり敵でしたね。よござんす。
上海の街が破綻しない程度にいきましょう。ダンジョン再設計。
食料とか医薬品はダンジョンを真面目に攻略すれば賄えるように設定されてるんで、ある程度の人口増加にも耐えられるはず。住民が真面目にダンジョン攻略するのが前提だから、妙な利権とか考えないように。
あ、よく分かっていらっしゃらない。
下手打つとダンジョンの裁きで都市まるごと消滅とか有り得るって話です。
そこまで説明したけれど、半月経たずに上海全域がダンジョンに呑み込まれて消えた。後日その話を聞いてHDY-Cは『アホすぎる』と呆れNo-Bは無言で甘味を堪能した。その後自分は崑崙三人組に捕まって反省会を開催したけど、正直こちらに出来ることはない。
だって黄小熊が自然発生してるのだ。
上海ダンジョンを初期化した際に綺麗さっぱり消し去った筈なのに。しかも今度は旧上海市全域に現れてはホームランダービーを絶賛開催中である。誰だこの地獄を生み出したのは。
『貴様である』
『うち的に擁護する余地がないっすね』
「かー」
「くうん」
咸臨丸に味方はいなかった。
弁解の余地はない。
ダンジョンに呑み込まれた人間は沖縄の分を含めて五千万強。
林甫真人がこっちの襟つかんでガクガク揺らしながら号泣してるけれど、ねえ。よほど倫理的にアウトな振る舞いしなければ呑み込まれない仕様なんですよ。香港はそれで問題なく運営されてたじゃないですか。
ちなみに終焉魔王軍(仮称)は上海陥落後、二手に分かれて逃げた。
重慶と北京である。
どちらも目的地とはいえ面倒ではある。
「しか」
おお。
大陸間弾道エゾシカコレダー、実在したんですね。
「しかかかか」
おお、おお。エゾオオツノシカ君の角にこれまでにないエネルギーが。目標は重慶と北京だと。もう面倒だから都市ごと焼き払いたい、ですか。
『らめえええええええっ』
発射寸前のエゾオオツノシカ君に林甫真人が抱き着いて、発射は未然に阻止された。いや自分も止めるつもりではいましたよ?
『止めるならもっと早く止めてくれ!』
長袍服の男性に半泣きで怒られてしまった。反省。
+登場人物紹介+
●No-B
いきなり十年来の仲間面で咸臨丸に乗り込んできた。百八に分裂していた(ならずもの)国家をまとめ上げて終焉魔王軍(仮称)を設立、戦う振りをして即座に降伏。優雅な人質生活を満喫しているダークエルフ美女。今は男色に理解を示さない。坊主キライ。寺を焼きたい。女もそんなに好きじゃない。上海ダンジョンの異変をどうにもできなかった。
●HDY-C
汚い悲鳴の黒ギャル。ヒョウ柄が好き。上海ダンジョンのバグを知らなかった。人類適度に滅ぼせばええんとちゃう、と本気で考えている。迂闊で残念な振りをしているが本質は狡猾で残忍。
●上海ダンジョン
史実では某ネズミーランド建設予定地に誕生した。赤い上着の黄色い小クマが金属バットを片手にホームラン競争している魔窟。もとい地獄。BGMとしてネズミーマウス行進曲が流れ、水兵服を着たアヒルや魔法使いの格好をしたネズミーマウスがスキップしているような地獄絵図が展開していた。得られるものも多いが潜る度に探索者の正気度と順法精神が削られて行き、上海市ごと市民はダンジョンに呑み込まれた。
●終焉魔王軍(仮称)
中国大陸を再統一すべく百八に分かれた武装勢力を「このままだと再統一に百年はかかるわボケ」ということでNo-Bがまとめ上げた。行政能力は持たず武装集団だけ吸収された。近代武装やスキル能力者もいるが、個人の武はそこまでではない。蚩尤派の探索者がその主力だった。咸臨丸乗組員のマスケット銃(極太ビーム)に蹂躙される。
●蚩尤派
崑崙真人国の探索者の内、反共を掲げる過激派である蚩尤卿率いる武闘派集団。No-Bの傘下となっていた。終焉魔王軍(仮称)の実働隊長としてNo-B奪還のために上海で戦いを挑むが惨敗、北京に逃げ込む。反蚩尤派が重慶に向かった。
●エゾオオツノシカ君
大陸間弾道コレダーを覚えた。やろうと思えば以前の段階で出来た。
●ダンジョンシップ咸臨丸
防御フィールドが予想外に優秀。とりあえずドローン爆弾とか自爆攻撃にはビクともしなかった。敵を倒すごとにレベルアップしている。強化パーツ(HDY-CとNo-B)を手に入れてしまった。資産評価しようとして役人さんが色んなものを諦めた。
●肉屋
あの……固定、資産……税?




