EX5 日本の隣の大陸編⑦
お食事中の方はご注意ください。
香港総督府、燃えてました。
自分達が到着した時には、既に。
大炎上。
で、程よくボコられて手足を縛られた連中が転がっている。アジア系は見当たらない。アジア系は。香港ダンジョンを暴走させた証拠とか、まとめて頑丈な箱に収められている。それを遠巻きに眺めている香港市民は何やら恐ろしいものを目撃していたようで、縛られた者達への追撃や強奪を躊躇するほど。
【此の者迷宮簒奪を企図し魔猿を遣わせた愚物也。国法にて裁くべし。No-B】
達筆には程遠い、雑というか荒々しい筆致の置手紙が添えてある。
その手紙を、ぐるぐる巻きに縛って放置したはずのサル型ギャルもといHDY-Cがぺろぺろと舐めている。うん。舐めている。
『んほおおおぉ、間違いなく上様の味と匂いや。No-B様や。くんかくんかくんか。どう見てもNo-B様の字と汗のにおいやんはあああああっ』
叫びながらビクンビクンと痙攣を始めるHDY-Cの後頭部をエゾオオツノシカ君が踏む。アスファルトが凹む勢いなのにHDY-Cの痙攣と嬌声は止まらない。
『すーはーすーはー、これは夢なんか。No-B様の直筆の書がある、No-B様は字がめっちゃ雑やから公文書は部下に書かせてるのに、この書にはNo-B様の芳しい手汗に混じった硝煙の匂いがむせニガいのおおおおっ』
「しか」
エゾオオツノシカ君、躊躇なく再度踏みつけた。土の下に顔がめり込んで気色悪い呟きを物理的に封じた模様である。なお他のメンバーは全員ドン引きである。
「英国亡命政府関係者、どうします?」
ここに放置してると香港市民に私刑に遭うでしょうね。
「本国に連れ戻しても、似たような目に遭うでしょうね」
では日本に連れて行きます?
あ、それは嫌なんですね。
客観的に見ればダンジョンを人工的に氾濫させたテロリストですしね。しかもユニオンプロジェクトに関係しているかもしれない。日本に核ドラゴンを呼び込んだ連中の係累を、どんな人道的理由で保護するのかってえ話ですよね。そもそも閣議決定もせずに連れて来れるはずもないし。
なので連絡しました。
『……人工氾濫に関与してない王族関係者がいるなら、あるいは』
外務省の偉い人が胃薬片手に答えてくれました。
なので鑑定解析してみましょうね。
【鑑定結果1:むしろ王族が率先して香港ダンジョンの氾濫を指示したよ。香港を足掛かりに中国大陸からアジア人排除して正統ブリテン王国を樹立するつもりだったよ!】
駄目みたいですね。
【鑑定結果2:ダンジョン氾濫のどさくさで市民誘拐して臓器密売グループに売り払う予定だったよ。アジアンマフィアの残党とも手を組んでいるよ】
……うん、駄目だな。
【鑑定結果3:中国の都市伝説にある桃娘って御存知ですか。彼等、かき集めたダンジョン素材でそれをやってたよ。妊婦にダンジョン食材喰わせて、胎児の頃からダンジョン素材、母乳にもダンジョン素材。とりあえず水子で試して効果があったから赤子、幼児にも手を伸ばす予定だったよ。その辺の証拠もNo-Bがまとめておいたよ】
……
……
こいつら匿ったら政権が五回くらい引っくり返る羽目になるので、さっさと英国に送り返しましょうか。
「肉屋、目が凄いことになってる」
「か、かー!」
「御無?」
「ホブ三様がガチ心配しているレベルで凄い表情とか、どんだけ」
解析結果を共有したのか、カラスくんとヒコ様達が英国の偉い人達を袋叩きし始めちゃってますね。早いところ英国に捨てましょう。香港ダンジョンから仏国まで直結しますから。
外務省のお偉いさんも、自分が小さく桃娘と呟いた途端に『英国への送還を全面支持します』と即断してくれた。
◇◇◇
『とりあえず礼を言うで。うちも不本意な形でダンジョンコアにぶちこまれて、おまけに命令系統弄られとったからなあ。ほんま時空太閤とか今どき流行らんで』
英国関係者を送還した後、しれっと拘束を解いてついて来ていた黒ギャルというか猿系亜人モンスターというか女版孫悟空みたいな少女HDY-Cはこちらの両手を握ってぶんぶんと上下に振り回した。敵意はない。距離感バグってる。これ男子高校生とか中学生だったら絶対勘違いする。
「歩?」
『えー、うち? 作戦指揮したり統治して国を富ましたり晩年に身内粛清しまくったり隣国に喧嘩売るのが得意なだけの演算ユニットやで、自分の手足振り回して戦うとか野蛮な仕事は苦手やわ』
「しか」
『せやでー。本来はダンジョンコアに外付けして、追加能力開放する強化パーツみたいなもんや。No-A様みたいに大陸単位で複数ダンジョンを同時コントロールできる方もいれば、No-B様みたいに畿内統一しても四方八方に敵作ったり裏切られるような方もおるで』
「わふう」
『ユニオンプロジェクトをどう思うか? 製造元なのは事実やけど、理解に苦しむというか……親を選べへんのはヒトも一緒やろ』
「かー」
『わかるでー、わかるわかる。うちもなあ、こう、朴念仁系幼馴染属性持ったスパダリとえっちな学園生活を送る未来があったかもしれへんし』
どうやらHDY-Cはモンスターと意志疎通が出来るらしく、人間そっちのけで話を弾ませている。人間側も、外見はともかく実質ダンジョンコアとどのように会話すれば良いのか手探り状態なので、この塩対応には安堵するものも一定数いる。例えば自分。
だって所々にサル要素あるけど、黒ギャルだもの。
今やアダルト動画か創作物の中にしか存在しないとされる、濃い日焼けの褐色肌に脱色した金髪ショートの髪。二次元から飛び出したか全身整形でもしなければ実現不可能な、トランジスタグラマーな体形。
歪む。
癖が歪む。
既に幾名かの役人と自衛官が怪しい。既婚者は視線を合わせようともしない。だって歪むから。下着とかヒョウ柄だし、少しは隠そうよ。
『それで、うちらの今後の予定は?』
モンスターとの会話を切り上げたHDY-Cが、なんか当たり前のように訊いてくる。
自分等は最寄りの上海を目指し、HDY-Cはそれを聞いて不思議そうな顔をした。三千万の不法移民と聞いて。
『畜生以下の伴天連並やろ、そいつら。一族郎党皆殺しでええんとちゃう?』
この子、素で言ったよ。
言いやがった。人間の形をしているがダンジョンコアの同類だけはある。同行者の何割かが思わず頷きそうになったのは見ない事にしておく。
『出来るやろ。この咸臨丸っちゅー戦船を使うまでもない。日ノ本で力に覚醒した連中、その気になればや。三千万どころやない数の首を斬り落とせるやろ。力ある者が増えすぎた畜生以下共を程々の数まで減らして整える、それが天命と違うん?』
天命。
HDY-Cの言葉に誰よりも早く反応したのは林甫真人だ。蟠桃の木剣を宙より引き抜き、その切っ先をHDY-Cの鼻面に突きつける。
『その物言い、その理屈。妾の知る蚩尤派の掲げる思想に近い、近すぎる』
幾百ものモンスター兵士を吹き飛ばした蟠桃の木剣を興味深そうに眺め、HDY-Cはその切っ先を軽く舐めて徴発するように口の端を歪めた。先程の人懐こそうなものではなく、残酷でそれでいて蠱惑的な人外の笑みだ。
『知ってるで、蚩尤。日本のダンジョンと違うて、ダンジョン潜って力貰う代わりに異形化した奴や。そういう異形衆をまとめて一大勢力を崑崙で築き上げたが、己を迫害した人間への復讐を肚の奥に抱え込んでる』
『貴様ッ』
『うちに凄んでどうする? ヤツは選んでNo-B様の下についたで。ヤツだけやない、歴代の王様の子孫名乗って争ってた連中、まとめてや』
圧。
動画配信で乳と腰を揺らしてそうな美少女から、天下人の威が放たれている。それは林甫真人を押さえつけ、周りを黙らせる。土方ホブ三様のような例外もあるけど。
『丁度ええから教えたるわ。上海も重慶も北京も暴発寸前のところをNo-B様が鎮めたで。くされ伴天連がユニオンプロジェクトの遺産使うて悪さはしたけど、その紐はNo-B様によって外されとる。その上で、うちらは見極めるつもりや』
『……なにを、ですか』
『決まっとるやろ』
まるでそこが定位置かのようにHDY-Cは咸臨丸の舳先に腰を下ろす。
『この大陸、ヒトが多すぎやと思わへん? 西から東まであわせて何十億おるんやろな。それを野放図にしとけるほど御天道様も気長やないっちゅー話や』
誰かが息を呑んだ。
仕方ない話ではある。三千万の不法移民対処でも国家の処理能力を超えた事態なのに、推定その数百倍規模での口減らしをダンジョンが宣言したに等しいのだから。
『No-B様は、やる。ホトトギスやろうが比叡山やろうが、やる。高野聖を千人殺した御方が、有象無象を五十億屠るのを躊躇するはずない』
凄味きかせてるのは良いんだけどさ。
それNo-B様が聞いても怒らない? 本人(?)いないところでユーラシア大陸皆殺し宣言したことになってるよね。そこまでの決意なの?
『……多分、そのはずや』
おい今視線逸らしたぞこの超時空太閤。
『うちのNo-B様やで。数多の歴史創作の中で何度も女体化されて衆道趣味も知られまくって、性自認がすっかりメス堕ちツインコネクト大歓迎な超ウルトラド変態の』
はずや――
と言いかけて、HDY-Cの額に鉛玉が直撃した。遅れて銃声。
鉛玉は額を凹ませることなく爆発四散、焦げ目すら残せてはいない。しかし衝撃そのものは消しきれなかったようで、HDY-Cは目を廻して引っくり返る。
さすがに自衛官をはじめ皆が射線の先を推定して身構え、気配察知の出来る者は絶えず警戒していたのにその外側から撃ち抜かれたことに戦慄した。
『いい加減にせいハゲネズミ』
『あいたぁ、うちハゲもネズミも卒業したやないですかあ』
声は引っくり返ったHDY-Cの横。
年代物の火縄銃、その銃口をぐりぐりとHDY-Cのこめかみに押し付けながらボヤくのはHDY-Cとはまた違う褐色肌の美女。少女と呼んでも差し支えない。切れ長の目に笹葉のように長く尖った耳。それでいてHDY-Cに劣るところのない凹凸。少しハスキーだが甘味のある声。
痴女としか言いようのない、布面積のおかしい水着に派手マント。
HDY-Cが慕い畏れている第六淫魔王――No-B様。
『誰が有明の女王であるか!』
いや貴女ならビキニ姐さんと勝負できますよ多分。
+登場人物紹介+
●英国亡命政府の皆さん
世界中からダンジョン産物とかかき集めてヤバいことをしていた。桃娘プロジェクトと書くと叡智漫画雑誌のようだが実際は外道の極みである。自らの不老不死と金脈利権のため、数多の妊婦と胎児にダンジョン素材を注ぎ込み、それを糧とした。
●桃娘
タオニャン。桃だけ食わせて育てた少女の血肉を不老不死の妙薬とする中国古来から伝わる都市伝説。某国はこれを桃の代わりにダンジョン素材を使用した。しかも若干の効果(若返りなど)を認めてしまった。本格的に量産体制に入るところだった。なお崑崙の蟠桃の方が効果が圧倒的に高く値段も安い。
●HDY-C
オタクに理解ありそうな黒ギャル系JKが獣人コスプレしながら距離感バグったスキンシップしてるような存在。エセ方言を駆使しつつ脳内幼馴染と学生結婚する妄想を語らせたら三日ぐらい余裕で潰せる強者。ダンジョンコアに干渉できる人工知性体。とある天下人の人生をシミュレートした情報を持つ。身内の粛清とかに躊躇しない。地球人口増えすぎてるのを知って「ほな減らせばええやん」とか言っちゃうタイプの独裁者思考の持ち主。No-Bが好き。好きすぎてギャルというかナマモノと化す。
●No-B
HDY-Cの上司というか上位存在。叡智なデザインのマイクロビキニに派手なマント着用した傾奇者みたいなダークエルフ美女。字が荒々しい。坊主が嫌い。各地のダンジョンを鎮め、下半身パワーで百八あった勢力を瞬く間にまとめてしまった。蚩尤派すら傘下に収めたようだ。火縄銃はファッションで持っているが撃てない訳ではない。
●肉屋
主人公。No-Bが拘束した英国関係者らを仏国ダンジョン経由で英国に送還した。何故か多量の猫と兎に匂いづけされた。少しだけ癒された。
●外務省の皆さん
英国関係者を日本に亡命させるプランを一瞬だけ考えたが、予想以上にヤバいことをしていることを察して送還に賛成した。桃姫だけでも超厄ネタである。少しだけ調べて、調べたことを後悔した。
●林甫真人
崑崙真人国の穏健派。HDY-Cの言動に蚩尤の臭いをかぎ取った。
●ある日の英国亡命政府高官の会食
前菜……ウサギ風脳味噌のゼリー寄せ
スープ……ウミガメ風コンソメ
魚料理……赤身魚のパイ包み焼きマーメイド風
肉料理……両脚羊のロティール
サラダ……人参果
デザート…蟠桃のカプレーゼ




