EX5 日本の隣の大陸編②
その日、合衆国は荒ぶっていた。
【合衆国君へ、お元気ですか。英国はオシマイです。自国民より移民と某国亡命政府関係者を優遇しただけなのに、労働者階級どもが反乱を起こしやがりました】
モニターに映るのは炎に包まれたロンドンの街並み。
街灯には移民らしき異教徒や警官たちが吊るされ、橋には内閣の主要な大臣と議員たちがやはり吊るされている。いずれも生きているようだが「私は罪もない英国民を刺殺した後、人種差別を受けたと嘘の訴えで無罪放免を勝ち取りました」「私は刺された英国民を差別主義者として逮捕した後そのまま見殺しにしました」「私は外交の失敗の責任を自国民に押し付けた後、海外で余生を過ごそうとしました」などと書かれた札を首から下げている。
【王室のメンバーと志ある一部を香港に逃がしました。亡命政府を樹立するので祖国奪還に協力してください。合衆国は世界の警察だもんね。やってくれるよね。あと英国に亡命政府を作った連中も追い出してね。君の金で、頼むわ】
その日、合衆国大統領は人生で最も多くF××kと叫んだ。
副大統領も補佐官も大統領を止めなかった。
恥知らずな手紙を持参してきたのは英国大使館の職員で、大使ですらなかった。大使本人がどこにいるのかは職員も知らないようだ。
モニターの向こうでは、ウーサー王を名乗る二足歩行のウサギと、ニャーサー王を名乗る二足歩行の猫が、それぞれ円卓の騎士を自称するウサギと猫の群れを率いて勝利宣言をしている。どさくさに紛れて国を乗っ取ろうとした中近東っぽい難民集団が血まみれになって倒れているのも映っているが、合衆国大統領はもはやツッコミを入れる気力すら残っていなかった。
おそらくはダンジョンモンスター。
これまでのスタンピードとは毛色が違う。増えすぎたモンスターによる無秩序な暴走ではなく、高い知性と理性を伴った知的種族による文明社会への明確な挑戦だ。中近東や沖縄で起こったことも考えると、ダンジョンは人類に対して方針を転換したとも考えられる。
「我々は唯一の霊長種族ではなくなったということか」
「おそらくは、我々の対応次第でしょうが」
合衆国大統領の悲観的な呟きに、補佐官が感情を抑制した声で言葉を添える。
「大統領。それでも沖縄ダンジョンは対話の成り立つ相手でした」
「限られた条件下でな」
理不尽の権化たるダンジョンの寵愛を受けたとしか思えない日本の探索者を思い出し、合衆国大統領は少しだけ理性を取り戻す。
アラスカダンジョンは人類に友好的だ。
米国内にある他のダンジョンも、全米のライフル協会が主導となったことでコントロールされた火力下での銃撃戦……クレー射撃や早撃ちで勝敗を決めるモンスターが出始めた。それどころか氾濫時に外に出たモンスター、保安官トロウルが密入国者や外国の犯罪組織のみを攻撃し、まっとうな市民については人種を問わず保護していたことも明らかになると国内のモンスター脅威論は売国奴共の情報工作と言われるようになった。実際そういう側面も少なからずあった。
ダンジョンは人類の敵対者ではない。
ただしそれは限られた条件においての話だ。
米国内のダンジョンは不法難民や犯罪者の侵入を拒んでいる。正式な手続きを経て入国した旅行者は受け入れている。どのように判定しているのか分からないが、偽造パスポートも一発退場らしい。
「ダンジョンは明確な意思が宿っている。だが価値観を共有できるとは限らない」
「ダンジョンの方が遥かにマシに思える時があるのがなんとも皮肉ですな」
解放されたアラスカに攻め込もうとして逮捕拘束された元ロシア大統領の怒声を思い出しつつ、合衆国大統領は改めてモニターに視線を向けた。婦女暴行を繰り返したにもかかわらず不起訴処分で放置されていた犯罪者達が次々と去勢されている。移民に聖職者に公務員といったプロフィールも絶賛公開中だ。裁判ではないので弁護士の居場所はない。
ついでに言えば麻酔も止血もない。
玉と竿を失った性犯罪者はどんどん吊るされていく。
別の通りでは托卵女性が吊るされていた。他にも女性が吊るされていたが、その罪状は馬鹿馬鹿しくも悍ましい内容で合衆国大統領は罪状を二度三度見返したほどだった。
なるほど英国はおしまいだ。
合衆国大統領は嘆息し、午後からの予定を全てキャンセルしダンジョン関係各所との緊急会議を決定した。
◇◇◇
英国崩壊の報が日本に伝わったのは、例の商社から香港のきな臭い噂話を聞かされた日の夜だった。
炎上するロンドンの様子は全国中継。いや、全世界が注視しているだろう。
SNSでは中東やアフリカ系のメッセージが狂ったように飛び交い、それが時々英語や日本語に翻訳されている。海外含めて反応は両極端だ。陰謀論から終末論まで話の種は尽きない。探索者組合の受付ロビーでは複数のモニターが持ち込まれ、地上波衛星様々なチャンネルの放送が流れている。受付職員も探索者も苦い顔で、燃えるロンドンを見ていた。
そりゃまあ、ね。
一歩間違えれば日本の探索者達が同じことをやっていた。今だってやろうとしている奴がいないとも限らない。自称主人公君の暴走と核ドラゴン騒ぎで同業者の多くは一周まわって冷静になったというか、世間の目が優しくなった。それでも待遇は以前よりかなり改善されたと聞いている。
「英国のダンジョンに潜ってた連中はウサギと猫にやられたのか?」
「あの国、ダンジョンでの死亡率がめちゃくちゃ高いって話。不法移民を捕まえては市民権をエサにダンジョンに放り込んでるって噂を聞いたことがある」
馴染みの探索者と受付が会話しながら視線を向けてくる。
自分も知らんですよ?
これから行く予定の香港に亡命政府出来て、役人さんが発狂しているくらい。合衆国がガチ切れしてるっぽい。
「なんとなくわかる」
「むしろ合衆国は怒るべき」
素面で言ってるよ、この人たち。
ところで崑崙の人たちどこにいるのか知りません? 探索者組合で待ち合わせして──ああ、テレビの前で真っ白に燃え尽きてますね。ほうほう。英国政権と色々と密約を結んでいたと。崑崙真人国を国際的に認めてもらうために、欧州の窓口として。
なるほど、なるほど。
丁度その件で話をしたかったんですよ。説明の手間が省けて良かったと見るべきなのかな。
『妾の一年がパアになってしまった』
外交ってそういうものじゃないですかね。
対応間違えなければ話が通じそうな相手だと思いますし、香港に逃げ込んだ連中とは伝手が途絶えてないと喜ぶべきでは?
『……ぜったい、崑崙に集ってくる』
『やはり滅ぼすべきでは』
『蚩尤卿が張り切って滅ぼしに来そうですな』
がっくり項垂れる林甫真人と対照的に、弟子二人は英国の壊滅をある程度は飲み込めているようだ。
『自国繁栄のために幾つもの国を滅ぼしてきた連中だぞ。師父は穏健派故に交渉相手として接しておられたが、香港租借時に大量の中華難民を英国ダンジョン攻略に拉致同然に連れ出している』
道服の女は手拭いを林甫真人の顔に当てごしごしと擦りながら嘆息する。
『祖国が清廉とは口が裂けても言えぬが、彼奴らの所業は我等をして義憤の二文字を思い出せる程には悪辣であったぞ』
『然り。清朝を阿片漬けにした者の子孫として外道の名に恥じぬ振る舞いであった。同胞の沖縄における振る舞いですら紳士淑女と讃えられるであろう程にな』
長袍の男もまた不快さを隠すことなく、炎上するロンドンの街を眺めていた。
『対岸の火事とは思えぬ。一手誤るだけで崑崙も日本も同じ運命を辿るであろうな』
それから数日後。
合衆国主導という形で自分達は香港経由で元中国の地に足を踏み入れることになる。
英国についてはしばらく放置するという事で偉い人達の間で意見が一致したそうだ。
+登場人物紹介+
●ウーサー王
ウサギ。でもペンドラゴン。もっふもふである。ウーサー円卓の騎士を率いて英国を解放した。農場を荒らすあんちくしょうがダンジョンの魔力でレベルアップを繰り返した末に覚醒した。ベジタリアン。円卓の騎士にランスキャロット卿がいるが、いつも身の危険を感じている。身長1メートルくらい。得意技は斬首。
●ニャーサー王
猫。二足歩行の猫。そしてペンドラゴン。まっふまふである。ニャーサー円卓の騎士を率いて英国を解放した。ネズミよりペットフード派。誇り高きウイスキーキャットの末裔であり、ネズミを狩ってる内にどんどんレベルアップして覚醒した。世界中の酒飲み共から圧倒的支持を受ける。得意技は去勢。
●英国の偉い人
ぐすん。ぼくわるくないよ?
●英国亡命政府
香港に逃げ込んだ。元々香港で色々とやらかしていたところに逃げ込んだ。ここから一発逆転を狙っているが、とりあえずは贅沢三昧。
●林甫真人
外交工作や数々の密約がご破算となって真っ白に燃え尽きた。
●合衆国大統領
ウサギと猫のほうが真っ当な手段で接触を求めてきた事実に戦慄している。
●日本の探索者の皆さん
エゾオオツノシカ君が日本相手にクーデターを起こしたらオレ達が矢面に立つの?って真顔で考え始めた。




