EX5 日本の隣の大陸編①
夏のまんが祭りの時期に合わせて新シーズン開幕です。全十話予定。
かつて中華人民共和国と呼ばれた国があった。
今?
この前聞いた話では、百八くらいに分裂している。
少数民族含めて五十六くらい民族が分かれていた国で、百八。国土が広くて住民が多いから出来るのだろう。分裂してもそれなりに国土面積があるので大丈夫なのかと思いきや、多くの国では水や発電施設を巡って衝突を繰り返しているらしい。あとダンジョン資源を握っているところは強い、食糧やエネルギー資源を供給してくれるし下手すると金属資源どころか貴金属も手に入る。
核ドラゴンが健在の頃は各勢力とも体制維持が精一杯で他所に手を出す余力など無かったが、遠い日本の地ですべて討伐されたことが判明すると俄然彼らは内輪もめを再開した。
あるものは中華人民共和国の再興を訴えて。
あるものは歴代王朝直系の血筋であると嘯いて。
あるものは今度こそ民主主義をこの地に齎すと絶叫して。
あるものは血筋も大義もなく腕っぷしの強さで初代皇帝に就くと息巻いて。
流石に懲りたのか今は核を持ち出そうという勢力はいないようだが、安心はできない。抜け道を探すのが得意どころか生き甲斐みたいなところがある国民性だし、手段のために目的を二転三転できるのが人類という生き物だからだ。
『妾達は崑崙の嶺に一千万、裾野に一億の民を抱えている。国土こそ広いが耕作地は全ての民を養えるほどは豊かではない。ダンジョンで得られる食糧の恩恵が大きく、仙道を学ぶ者の多くは食料調達を目的としておる』
ダンジョンシップ咸臨丸の甲板。
簡素な円卓を囲みバター茶を啜りながら女装の麗人、林甫真人が説明してくれた。
沖縄ダンジョンの後始末として中国ダンジョンの攻略が決まり、原因の一端でもある崑崙真人国は日本への協力を表明している。下部組織であるアジアンマフィアが仏国などでやらかした事への反発が想像以上に大きいことを自覚したのか、優雅さはあるものの態度は殊勝だ。
『もともと崑崙真人国は銃器を用いずダンジョン攻略を挑むことで異能の力に覚醒した者達の互助組織から始まった。指導者たる五名の仙人は原則として真理探究にしか興味がなく、穏健派とされる妾と過激派とされる蚩尤卿が崑崙の顔として動いておる』
こう見えて妾は偉い人なんじゃよ、とかっこよくポーズ決めながら胸を張る林甫真人。
穏健派トップがこんな場所で油売ってるということは、崑崙は過激派に牛耳られているのでは?
『蚩尤卿は間違いなく過激派なのだが反共の復讐者である。普段は共産党の後継者達の立ち上げる組織を徹底的に攻撃しているが、それ以外に関しては無関心に等しい』
ダメじゃないですかねそれ。
『うむ。幹部連中が派閥を作ったりアジアンマフィアと結託して私腹を肥やしておる。妾はその尻拭いで各地を飛び回っており、ここ一年は崑崙の土を踏めておらぬ――肉屋殿と婚姻の契りを交わし北海道の地に骨を埋めるのも悪くなンンンンッ』
「しか」
更に駄目なことを言いかけた林甫真人の尻を、エゾオオツノシカ君の蹄が踏みつける。ぐりぐりと。
『肉屋殿、師父が新しい性癖に開眼する前に霊獣殿を説き伏せてくれ』
『手遅れの気がするけれど重ねてお願い申す』
白目をむいて痙攣する林甫真人をジト目で見つつ、弟子である道服の女と長袍の男が嘆息する。
貴方達から補足説明とかありますかね。
『核ドラゴンが討伐されたことで、北京・上海・重慶の三都市を巡って様々な勢力が動き出している。無政府状態とはいえ都市部より逃げ出さなかった多数の者がダンジョンの慈悲で生き延びているのは事実。この三都市を抑えた者が次の中華を実質統べることになるだろう――と、崑崙のみならず中華圏の多くの者は考えているだろう』
長袍の男の説明に道服の女が肯いていることから、現地民の認識はそれで合っているらしい。
『主要三都市以外にも人口が集中し復興途中の都市は多い。ダンジョンの近くにある街だと複数勢力が棲み分けている場所も珍しくないぞ』
香港は数えるのも馬鹿らしい数の小勢力が集まって英国への反抗を始めてるとか、英国無視してダンジョンに潜っているとか、情報が錯綜している。共通しているのは香港入りした英国への扱い。
凄いな中国。
とことん嫌われてるな英国。
ひょっとしたら反英だけで中国再統一されそうじゃない?
『割とあり得る』
『反董卓連合軍かな。途中まではうまくいくかも』
『ダメじゃないですかそれ』
駄目っぽいね。林甫真人が白目を剥いてダブルピースしてるのは無視しておこう。
◇◇◇
沖縄のアレコレについては容疑者不在のまま形式上の処分が下された。
詳しい事は知らない。
人権派弁護士や教育者が相当発狂するような内容だったらしく、コンビニで見かけた新聞の見出しには「民主主義の死んだ日」「数多の市民を見殺し」みたいな文字が並んでいる。自分らがダンジョンに放り込まれた時にマスコミが擁護してくれた記憶はない。探索者の死を悼んだ記事もほぼ目にすることは無かった。自己責任とベンチャー精神と真の国際化とかそういうのは頻繁に読まされたけど。
沖縄から直接中国に行くことも一時は考えたけど、今は何故か関東に滞在している。
政府からお達しがありダンジョンシップ咸臨丸に対する脅威度を調査したいという名目で東京湾に停泊したところ、国内外の歴史マニアたちがカメラ片手にオーク船員たちとの記念撮影を楽しんでいる。その間に物資補充したり探索者組合で情報を集められるので、世間の目を誤魔化す意味では丁度良いのかもしれない。
「実は肉屋が解体したトラフグカエルとか、一部が商社を通じて中国に流れている。保存状態が良ければ食べるだけで身体能力が向上し、延命回春を期待できるって話だ」
わぁあ。
探索者本部にて割とショッキングな話を聞かされた。伝票を引っ繰り返しながら調査したと思しき親友が、これまで大陸に送られたリストを見せてくれる。トラフグカエル肉を筆頭に、エゾオオツノシカの角やアキレス腱、殺人アライグマの肝、モンスター化したヒグマの胆嚢に掌、乾燥キノコなどが主に買われているようだ。ダンジョンの海エリアで捕まえた巨大ナマコの乾物は買い手つかないネタ商品だったのに、競うように引き取られている。竜種素材については自分以外の解体職人が手掛けたものも積極的に買ってる。
「支配者の権威付けに美食珍食を利用するのは古今東西常道の手段だけどよ。割りと早い段階からモンスター食材の有用性に気付いていたようだな」
さすが医食同源の始祖というか。
そこに至るまでの紆余曲折を想像したくないというか。
国内だと製薬メーカーがサンプルとして少量買い求めたくらいなのに、大陸は桁違いの量を求めてる。亜竜のペニス状器官とかバカじゃないのって値がついてるじゃないか。
「例のスズメバチ巨大種が出現した時も地元の猟友会に札束叩きつけて買おうとしてたらしい」
へえ。
自分と親友の視線がテーブルの反対側に向けられる。
中年よりは壮年に近い、ビジネススーツの男。軽薄そうな笑顔を浮かべているが体幹に揺らぎはなく、強面の親友に睨まれてるのに何の変化もない。仮にも第一線で活躍していた元探索者の視線を平然と受け流している。
「いやァ、うちの部下がちょいと地元の猟友会に伝手ありましてねェ」
「伝手を頼ってクロスズメバチの巣を丸ごと一つ、スーツケース一杯の現ナマで買い取ったと」
へええ。
地元の猟師が自宅消費用にと確保していた巨大ジバチの巣をひとつ確保したのだという。各国の探索者や製薬メーカーのエージェントを出し抜いて、無傷で。
「ダンジョンが出現して以来、普通のハチノコでも効能は強くなってたのは御存知で?」
軽薄を装ったビジネスマンの問いに、自分達の言葉が詰まる。
準モンスター化した動物の効能は注目していたが、そうじゃない生物への影響については各国の調査研究も半ばと聞いている。でも可能性はゼロではない。ダンジョンと通常空間は完璧に隔絶されている訳じゃない。そして未発見ダンジョンが小規模氾濫を起こしても、溢れ出すものがモンスター以外の植物や非生物である可能性もある。
「部下の地元は信州の片田舎なんですがね、ハチノコ喰った地元のオンナノコが、そりゃもうエゲツナイ勢いで部下を押し倒して既成事実拵えたんですよぅ。ハッテン場の公園で鼻水垂らしながら笑顔で自然薯掘ってたガキンチョが、サキュバスみたいな表情で。ええ、ええ。そりゃ気付く訳ですし、伝手を駆使して方々に声かけてた訳です」
あのー。
そのガキンチョさん、法的に大丈夫な年齢?
「――来年合法になる予定じゃないかなあ」
もしもしポリスメン?
◇◇◇
警察への通報を済ませた後、ビジネスマンは親友と握手していた。
「では御社の香港支社と協力して在地の探索者たちとの事前交渉を」
「ごあーんしーん下さい。ウチはスリジャヤワルダナプラコッテにも出張所を構える程度にはワールドワイドなのでぇ」
探索者組合からは定期的なブツの供給を。
ビジネスマンの勤め先、センゴク商事からは香港支社の全面協力を。
中国のダンジョン攻略については米国も動いてくれているが、向こうは常時どことは言わないが英国方面から嫌がらせを受けてる。とりあえず英国の租借地となった香港への上陸が無難ということで意見は一致した。あとは大陸で活動するための物資を揃えて咸臨丸に積み込むだけである。
「あー、そうそう。香港なんですけどね」
そんなこちら側の考えを見透かしたのか、商談成立の報を携帯端末で伝えていたビジネスマンが少し面倒くさそうに声をかけてきた。自分は今回の交渉にはあまり力になれず手持ちの素材を幾つかサンプルとして提供しただけだったのだが、わざわざ小声で耳打ちして来る。
「……英国王室が揃って香港入りして、亡命政府を樹立するんじゃないかって噂があるンですよ。本国がね、ウーサー王を名乗るモンスターに乗っ取られたってェ話で」
……
……
関係者、緊急招集で。
+登場人物紹介+
●崑崙三人組
すっかり日本に馴染んでいる。崑崙真人国のために諸外国を飛び回っていたが色々あって日本に落ち着いた。監視も含めて肉屋のところに世話になっている。きちんと謝礼は払っている。
●エゾオオツノシカ君
サイズ変更技術を覚えた。正式にテイムされたので機嫌がいい。
●センゴク商事
横浜に本社がある総合商社。蓬莱仙道を修めた者達のフロント企業。つまり極東地区の野生の仙人達の寄り合い所帯という側面もある。ダンジョン出現で堂々と表に出てくるようになった。今回はこの話にしか登場しない。JCに逆レされたサラリーマンがいるという噂。
●親友
探索者組合の偉い人。センゴク商事の存在を怪しく思っている。
●肉屋
咸臨丸の固定資産税の計算で気が遠くなった。




