EXシ ニライ・カナイ⑦
本エピソードここまで。また書き溜めに入ります。
沖縄で起こったダンジョンの同時多発スタンピードは、日本国内で最大規模の被害者を出した。
まず、テロリスト。
琉球人民共和国を支援していたと思しき活動家や便衣兵らをダンジョンは容赦なく呑み込んだ。英国から来た工作員も含まれる。海上で撃破したのも含めたら数万人規模と考えられる。
次に、難民。
主にスラム街に住み、日本の法を無視して祖国の通貨とルールで生きてきた連中が呑み込まれた。約三千万人規模と推定されるが、確かめる術はない。当時の県知事は人道配慮と称し、名簿を作る事すらせず無制限に受け入れたからだ。彼らは沖縄本島の中に小さな祖国を作り上げ、アジアンマフィアとも深く関わっていたらしい。英国から迂回されて密入国した難民も多数含まれる。
それから、極端な移民排斥派の日本人。
基地避難民を扇動し、まっとうな数少ない移民を糾弾し暴行しようとした連中。そいつらも容赦なく呑み込まれた。「ダンジョンは私たちの味方じゃなかったの!?」と言い残して。数千人規模で消えた。英国から資金援助を受けて糾弾を煽った迷惑系インフルエンサーも多数含まれる。
結果として基地に避難した難民は、下手に揉め事をおこしたらダンジョンに呑み込まれると考えて非常に協力的になったという。
ともかく三千万規模の人間が犠牲となった。
多すぎ。
難民の数も犠牲者の数も。
「さすがにやり過ぎです。世間を誤魔化せませんしマスコミも喰いつきます」
政治的には中立を謳いたい探索者組合ですらそんな反応が出た。
餓鬼のように取り込まれたのであれば浄化で復活できる余地がある。規模を無視すればの話だけど。そんな話を探索者界隈が口にすると、役人さんが頭を抱えながらこちらを見る。見られている。
「沖縄ダンジョンは明確な意思を示した稀有なひとつです。価値観の相違はあれど交渉の余地はあるだろうか」
無茶振りである。
死生観ひとつ取っても分かり合えないと思う。ダンジョンは己の領域での絶対者だ。人間社会のルールに従う意味がない。中近東でも仏国でも、その怒りに触れたであろう何万という命を奪っている。
「肉屋には人間くさい反応見せるけどね」
会議に呼ばれたビキニ姐さんは冗談のつもりで口にした言葉だろうが、自衛隊の人も米軍も探索者組合の職員も真顔のままだ。ここはビキニジョークと笑い飛ばす場面でしょう?
【条件次第で難民を返す意向ですよ?】
そんな空気を読んでか読まずか、虚空に現れる文字。
【自分にとって一文の得にもならない食糧供給してきた沖縄ダンジョンが人類の敵対者認定されるのも癪に障りますので】
「よしわかった。肉屋さんとの交際を認めよう」
そうはならんやろ。
「ダンジョンにとって肉屋の解体魔法はクリティカルに効くからね~、罠も試練も無関係だし」
【ですです。極まった解体魔法の使い手を敵に廻す愚はおかせません。沖縄本島のスラム街をスペルひとつで消されたのを見た時には死を覚悟しましたよ?】
……
……
魔力いっぱい使いましたよ?
「違うそうじゃないってば」
うん。
姐さんがやらかさないように沖縄来たはずなのに、自分が一番やらかしてるんですよね。はははは、はあ。
◇◇◇
沖縄ダンジョンとの会談は急遽本土の偉い人達にも中継されることになった。
せっかくなので交渉に参加しますかと尋ねてみたら全力で拒否られた。
こういう交渉事をいち民間人が関与するのは国として問題ありますよねと訊き直したら、今回の事例を叩き台に法整備したいと頭を下げられてしまった。せめて専門家と有識者を呼びましょうよと言ったら、周囲から手鏡を山ほど渡されるのは納得いかないけど。
そんな感じで始まった、前代未聞の対ダンジョン交渉。
【中国大陸のダンジョンを初期化し、転移門を繋げます。難民を中国ダンジョン経由で祖国に返還するのが沖縄ダンジョン群の総意です】
モニターの向こう側で何人か倒れる音が聞こえた。
初手から国際問題である、さもありなん。
【沖縄本島に押し掛けた難民の多くは、当時の県知事が人道支援という理屈で無制限に呼び寄せたと聞いています。国の正式な審査を拒否し、他国の工作員も入り放題だったとか】
そうなのか。
米軍さんと自衛官さんが苦虫を嚙み潰したような顔で頷いていたので、深刻な問題だったらしい。
【崑崙ダンジョンと共存している自称仙人に対して思うところはありませんが、人工スタンピードに間接的に関与した落とし前はつけてもらいます】
『崑崙真人国も一枚岩ではないが、同胞の後始末に関して可能な範囲での協力をしたい』
崑崙真人国側の代表として林甫真人が答えた。男なのか女なのか分からない麗人さんは相変わらずの衣装で堂々としている。弟子である男女は護衛として麗人さんの背後に控えており、敵意はなさそうだ。
『そう、たとえどれほど淫靡でインモラルな辱めを受けようとも妾は決して屈しない!』
「肉屋ぁ、こいつ捨ててきていい?」
敵意は無いから捨てるのは勘弁してください姐さん。
【欠片でも敵意を認められればダンジョンに取り込むところです】
お弟子さん達が麗人さんを土下座させてるので勘弁してくださいダンジョンさん。
「中国大陸にあるダンジョンをどれか一つでも初期化してしまえば、そこから三千万人の難民を解放してくれるのか」
【初期化されるダンジョンが多ければ分散して解放できますよ】
空気を読まずに自衛官が質問し、ダンジョンは律義に答えてくれた。周りもその流れを尊重し、ダンジョンの提案を興味深く受け止めている。
ダンジョンの初期化自体は決して難しくはない。
少なくとも自分は流れ作業で出来る。
難しくないんですよ、自分でも出来るってことは。
なのに全員、眉間に皺寄せて唸ってる。
【――初期化、できます?】
「コアを破壊し尽くして真っ新な状態でランダム復活するのを初期化と呼ぶのなら、できるわよ」
『コアを破壊することなく基本機能とダンジョン構造を維持したまま初期化するという変態技術は崑崙にもありませんな』
視線が突き刺さる。
【つまり初期化と同時に転送門を安定して設置できるような真似ができるのは】
「……肉屋ね、今のところ」
『やはり蓬莱の仙人だけはありますな。この分野、崑崙はまだ及びません』
「肉屋さん、報酬および条件交渉をこの後に」
「大統領に至急報告を。自衛隊と日本政府が表立って動くのはまずい、合衆国が主導するという形になるだろう」
突き刺さる。色んな感情と視線が。
やりますとも。
沖縄本島更地にしたの、これで勘弁してくれるんですよね?
なんでもしますから。
+登場人物紹介+
●国の偉い人
仕事から逃げなかった人。逃げられなかったともいう。沖縄で難民を無制限に受け入れたのは革新政権の頃でもあるので尻拭いさせられてる。なお野党になった革新党の皆さんは政府の責任だと追及の手を緩めない方針。あのさあ。英国との友好関係を考え直しつつある。
●自衛隊の偉い人
避難民を守り切ったので安心。犠牲者の規模に絶望している。復活できるからって目の前で三千万からの難民がダンジョンに呑み込まれたことに複雑な感情を抱いている。それはそうと英国君さあ。
●米軍の偉い人
沖縄本島が更地になったのを目の当たりにした。アラスカも対応ひとつ間違えたらこうなってたと気づく。それはそうとボストン湾に紅茶を投げ込む準備は万全だ。
●崑崙三人組
思ったよりも話が大事になってるのに気づいて内心震えている。肉屋と友好的に接触して自衛隊の協力を得られたら程度にしか考えていなかった。
●ビキニ姐さん
何気に会談を仕切っていた。琉球人民共和国首脳陣がダンジョンに呑まれる様子を撮影していた。試写会では不謹慎ながら歓声と口笛が上がったという。
●肉屋
収納空間に咸臨丸が入ってしまう事に気付いてしまった。




