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ザマァ後のこの国をどうしてくれる―亡き王女の悔恨―  作者: 灯月 更夜
第十二章 <帝暦732年春―後半Ⅱ>
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12-11 侵入者

side マクシミリアン

 一階に戻るアルトゥールとも、猊下の元に遣わしたクラウスとも別れ、一人北棟の地階の通用口から建物に入る。

 地階は基本的に備蓄か使用人のための空間であることが多く、この北棟も北棟付の使用人の部屋や騎士の詰所、奥には上の食堂に通じている厨房と、あとは各家門用に部屋が宛がわれているらしい。今はその多くが病人の収容場所となっており、大きな厨房ではなく、その傍の家門使用人用の小厨房の方は、薬師達が薬の調合と管理を行う部屋になっている。なので行き交う人には聖職者も多い。

 逆に、一応先程は侵入者もあり事件もあった場所であるにもかかわらず、騎士はほとんどいない。聖騎士が数名いる程度だ。


「公子殿下、いかがなさいましたか? アルセール司教をお探しですか?」


 あくまでも地階は通り抜けに使おうとしただけで奥まで踏み込む必要は無かったのだが、ついつい視線が奥の厨房の方を見てしまったせいか、マクシミリアンに気が付いた修道士が一人声をかけてきた。薬師見習いとして手伝っている修道士だろう。


「いや、ただの通りすがりだから、先生には知らせなくていいよ。薬や治療の状況はどう?」

(おおむ)ね落ち着きましたが、まだまだ薬が心もとなく、司教様やラモーディオ猊下が奥で別の調合を試みていらっしゃいます」


 表の騒動も急ぎのようだが、こちらも心配が尽きない。一応少し顔を出してから行こうかという気もしたのだが、そう再び視線を巡らせたところで、こそこそと表からの通用路を通って顔を出した一人の騎士が目に留まった。

 きょろきょろと辺りを見回しながら、そっと薬師達のいる小厨房の方を覗き込んでいる。

 薬を求めにやって来た騎士だろうか。だがそれにしてはそわそわと落ち着きがない。

 マクシミリアンが見つめる先に気が付いた修道士がふと振り返って、『何か御用ですか?』などと声をかけようとしたが、それを思わず掴み止めた。

 何故かと言われても分からない。ただの反射だ。

 そして案の定、その騎士は小厨房の扉を叩くわけではなく、懐にごそりと手を突っ込んで、今一度きょろきょろと周りを見回して人通りが落ち着くのを待つ様子を見せる。


 ふむ。何やら先程クラウスが(うるさ)いことを言っていた気がするが、何だっただろうか。

 忘れた。忘れたと同時に、自分で自覚するよりも早く足が物陰を飛び出していた。

 ぎょっと振り返った騎士が腰元の剣に手を伸ばそうとして、ふさがっている右手の荷物に一瞬の躊躇を見せる。相手は仮にも騎士であり、自分のような付け焼刃と違って訓練を受けた専門職だ。さすがに真正面から取り押さえるだなんて無謀は働かず、しかしうちの粗野な騎士に教わった通り、まずは全体重を乗せて地面を蹴り……騎士の腹部目掛けて飛び込んだ。


「ちょっ、まっ、まっっっ! ぎゃーーーっ!」


 ふん。ちょっと腹を蹴り倒されたくらいで大げさな。

 ガランゴロンと転がった香炉と、鈍い音を立てて床に転がった体躯。勿論こんなことですぐに落とせるとは思っていないので、すぐに腕を取り押さえて捻り返し、しっかりと全身で男を地面に押さえつけた。


「ぐっっ……」

「っ、一体何事ですか?!」


 ゆるりと警戒心を持って開いた扉から顔を出したのはアルセール先生で、その視線がチラリとマクシミリアンを見て、次いで地面に蹴倒されている騎士を見ると、何故かおもむろにため息をおつきになった。

 何故だろう。これは褒められてしかるべき状況だと思うのだが。


「ため息は酷くない? 先生。なんか怪しい動きしながら先生達のいる部屋にイタズラしようとしていたから取り押さえたんだけど?」

「貴方の目には、そこであたふたとしている聖騎士が何に見えているのでしょうね」

「聖騎士? あぁ、てっきり薬師かと」


 騒ぎを聞きつけて先程から巡回をしていた聖騎士が、確かに二人、顔を出している。だがどちらも騎士というには頼りない風貌であったし、そもそも呼び寄せる暇もなかったのだ。


「は、離して下さいッ……私はただ、こちらに薬をいただきにッ……」

「そうなの? それにしては挙動が怪しかったけど。先生、そこの香炉を調べていただけますか?」

「香炉? あぁ……先程持ち込まれたものと同じものですね」


 見るまでもありません、と言いつつ、一応地面に転がった小さな香炉を開いたアルセール先生は、すぐに「これもリザモラです」と言う。

 リザモラ……どうやらすでにこの禁事棟で多くの中毒を巻き起こした薬の名前も、ただのリゼット系の薬ではなく、具体的に判明しているらしい。実物がこうして手に入ったからだろう。


「クソッっ、離せっ!」


 薬の名前が気になったことに、少しの油断が生じたのだろうか。捉えていない方の腕をブンと振り回した男の手が咄嗟にのけぞったマクシミリアンの眼前をよぎり、そのまま身を反転させて蹴り出そうとした足を咄嗟に自分の足で抑え込む。おかげで体のバランスが著しく悪くなったところを、再び殴り出そうと繰り出された腕を(とっ)()に掴む。

 が、この咄嗟がまずかった。


「いたっ……」

「公子様!」


 握った男の手首が何故かチクチクする。ただ痛みと言っても大したものではない。なので妙に大きな声を出した先生の声が現実と(かい)()して聞こえたのだが、タラリと掌を流れ落ちた赤い血を見ると、思ったよりも大事だったようだ。

 すぐに横から飛んできた聖騎士達が男を取り押さえたので、ようやくお役御免とばかりに身を起こしたら、すぐに先生がマクシミリアンの手をグッと引っ張った。


「わぁ……」

「わぁ、じゃありませんよ! まったくっ!」


 どうしたことか。一掌が真っ赤になっているではないか。それに腕の方まで、妙に静脈が青く浮き出て見える。ちょっと気持ちが悪い。


「猊下ッ、ベルブラウとオゼイユ、それから氷を!」

「オゼイユ?」


 ひょいと中から顔を出したラモーディオ猊下は、アルセール先生が遠慮なく鷲掴んでいる患者の手を見て、「こりゃいかん」とすぐに部屋に引っ込んだ。どうして見ただけで分かるのだろう?


「えーっと、先生?」

「とにかく流水でしっかり流した後、棘を抜きますよ。下手をすればひどく腫れて、呼吸困難、心身不全、ついでにひどい跡が残ります」

「おっと、それは困る」


 慌てて中から飛び出してきた手伝いの修道士が持って来たのは氷の入った冷たい水で、すぐにばしゃりと手を浸される。すでに晩春が近いとはいえさすがに冷たい。

 そこで丁寧に掌を洗い流されると、どうやら真っ赤になっていたのが血というよりも、何かそういう赤い実が潰れたせいであることに気が付いた。そのわりにはチクチクと、無数の針で突き刺されたような妙な痛みがある。

 その原因は目にもよく見えない無数の棘であるようで、「動かないでくださいよ」と言われながら、先生の手で丁寧に一本一本抜かれてゆく。それがモゾ痒いというかまどろっこしいというか。

 だが文句を言おうものなら冷ややかな視線が帰ってくることはすでに学生時代から知っていることなので、大人しくしゅんとしてなされるがままにする。


「くそっッ。だが私を止めたところで大義は折れないッ! 悪に鉄槌を!」


 暇ついでに聖騎士が二人がかりで一生懸命縄をかけている犯人を見てみる。

 妙に目が血走っていて、大したことも叫んでいるが、どうにも()(れつ)が回っていない。


「先生、あれは?」

「すでに何人かに見られた傾向ですが、興奮剤の類を服用している騎士がいるようです。常習犯というわけではないでしょうから、ことを起こすにあたって、仲間内で決起集会でもしていたんでしょうか」

「この狭い禁事棟で、誰にも気が付かれず?」

「現に誰にも気が付かれず、二ヶ所で毒が焚かれ、今も侵入者がいたではありませんか」


 確かに、仰る通りである。


「先生、その証言、後でもっと正式にもらえない?」

「何を考えているのか知りませんが……ふぅ。まぁいいです。はい、一度手をあげてください」

「もう終わった? 急いでるんだよね。行っていい?」

「馬鹿を(おっしゃ)い! まだ治療の()の字も済んでいませんよ!」

「ひゃいっ」


 思わずひゅんと背中が寒くなった。どうしてこの先生は治療のことに関しては容赦ないのだろう。日頃は温厚なのに。

 そう思っていると、クスクスと笑いながら薬の器を持ったラモーディオ猊下が出ていらした。何やら毒々しい緑色のどろりとした物体が目に入っているのだが、あれは大丈夫なやつなのだろうか。


「えーっと……飲む、わけじゃないよね?」

「塗り薬ですよ。飲みたいなら飲ませて差し上げてもいいですが」

「いえ、結構です」


 良かった、飲み薬ではなかった。だがそれにしたって、これは果たして本当に薬なのかという色と量だ。しかもそれを容赦なく掌にぶちまけられて、こんもりと分厚くなった薬ごとぐるぐると包帯で巻かれるものだから、「これ本気で?」と問うてしまった。包帯のせいでパンパンではないか。


「公子様、あの男が腕に仕込んでいたのはオルティプという毒草です。葉の表にびっしりと棘があり、小さな葡萄のような実には棘に含まれる数十倍の毒素が含まれています。誤って食べれば死に至ることもあり、体内に入れば猛毒です。公子様は直接口に入れたわけではありませんが、棘から直接、さらにその傷口から実の毒に触れています。ほら、手首を見ればわかります。血管が酷く腫れている」

「うーん……我ながら気持ちが悪いね」

「はぁ、まったく……貴方には『気を付けるように』などという言葉がとんと無駄なようですね」

「いや、分かってるよ。なんか大変で、先生がいないと困ったことになったかもしれないというのはよく。でもこういう()(さい)な嫌がらせは、昔から慣れっこなんだよね……」


 先生はきゅっと口を(つぐ)んでそれ以上言わなかったが、その深く眉根に刻まれた(しわ)を見ると、余計なことを言ったな、などとも思った。

 だが別に嘘は言っていないし、過剰なことも言っていない。事実、こんなのは日常茶飯事だったのだ。大したことじゃない。


「公女殿下は貴方の“外見”が大層お気に召しているそうですから、あまり無頓着にしていると、いつか痛い目を見て愛想をつかされるかもしれませんよ」

「先生……説得するにしても、そのたとえは酷くない? まるでリディにとっての私の価値が顔と体しかないみたいな……」

「忠告になりませんでしたか?」

「……なったけど。いや、それでも別に悪い気はしないんだけど」


 でも嫌われたら困るもんね。もう少し、自分の身も大事にしないと。


「はい、終わりました。最後に、そこのリザモラをひと吸いしてください」

「え……これも、えっと、毒なんですよね?」

「使い方を誤らねば薬にもなるものですよ。ほら、いいから早く」


 そうぐいと顔に押し付けられた香炉から、自然とむせ返るような甘ったるい芳香が流れ込んでくる。うっ、気持ち悪い。


「ごほっ、ごほごほっっ……」

「まぁ、これでいいでしょう」

「せ、先生……これ、本当に合法的な治療?」

「くくっ。リザモラはリゼットと違って、麻痺作用が強いんですよ。棘毒は後から急激な痒みが出ますが、掻きむしると細菌感染などの深刻な悪化を招きます。そうした痒みの感覚などを麻痺させるのにはちょうどいい。中和剤が無いので直接は塗り込めませんが、その香炉はそのまま持ち歩いて、痒みがある時には包帯の上からぎゅっと握りこんでください。痒みが和らぎます。ただ火はつけないように。煙が立つと、弛緩作用の方が効いて中毒症状を起こしかねませんから」

「……猊下が、そう仰るのなら」


 ラモーディオ猊下の補説にそう頷きながら、小さな丸い筒がぶら下がった香炉をベルトにかける。アルセール先生には何やらひと睨みされたが、仕方がないのである。昔からあれやこれやと、実験されているのかと思うほどに色々と飲まされてきたのだから。


「アルセール先生! あ? ミリム、お前もここにいたのか!」

「……」


 はぁ。どうして次から次へと、行く先々で何か起きるのか。今度は上の階に向かったはずのアルトゥールが飛び込んできた。


「うわっお前、なんだ、その手」

「何でもないよ……それより何? トゥーリ。また何か?」

「あぁ、そうだ。ユリウス王を見なかったか?!」

「リュシアン陛下?」


 いや、見ていない。きょろきょろと見回したところで、先生や猊下も頷いた。


「陛下がどうしたって?」

「分からない。外壁とヴィオレットの話をしたら、『もしかしたら』といって急に応接間横の階段から地階に向かわれた。同じ階段を使って急いで追ったんだが、下りきったというのに姿がみえない」

「階段って、どこの?」

「あぁ、応接間裏手の使用人扉の先にあったらしい。食堂横の厨房からも廊下で通じていて、この地階に至る使用人通路だそうだ」

「あぁ、ありますよ。地階からだと分かりやすいんですが、北東の隅ですね」


 アルセール先生は自分とは関係のない話になったと判断したのか、かちゃかちゃと使った器具を片付けながら言う。


「先生、そこって途中に隠し扉とかあったりする?」

「さぁ、私はそこまでは」


 先生はそう言ったが、アルトゥールはすぐに「なるほど、隠し扉か」と言って引き返してゆく。留まるという事を知らない皇子様である。


「仕方がない……追いかけるか」

「あのぅ、公子殿下。この捕らえた騎士は一体どうすれば」


 追いかけようとしたが、その前に聖騎士達に、取り押さえている……というか、いつの間にか過剰なほどにぐるぐる巻きにされて目も口も塞がれた騎士を見た。そこまでしなくてもと思うのだが……。


「ヴァレンティンかベルテセーヌの誰かに、『そういうのが上手いと評判の方に渡してください』って渡しておいてくれる? 上の階にエリオット卿がいるはずだし、いなければ三階の、ヴァレンティンの選議卿に渡すといいよ」

「かしこまりました」


 うん。これで妙な発言や毒物の仕入れのルートなどはヴァレンティンが優先的に情報を得られるはずだ。

 くくくっ、リディアーヌへのいいお土産が手に入った。ちょっとぐらい手が腫れようがおつりがくるくらいの収穫である。


「あ、あと一応、調薬をしている先生達が狙われているようだったから、ちゃんと警戒をしてね」

「はっっ!」

「私達もこちらが落ち着いたら整理して、人の多い上に参りますよ」


 暗にアルセール先生がもう行っていいですよと言っているようでもあったので、後のことは任せて、先に突っ走っていった皇子様を追いかけることにした。

 どんどんと目的が逸れていっている気がするのだが、気のせいだろうか。






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