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ザマァ後のこの国をどうしてくれる―亡き王女の悔恨―  作者: 灯月 更夜
第十二章 <帝暦732年春―後半Ⅱ>
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12-12 地下道

side マクシミリアン

 先程吸ったリザモラのせいか、少し体が重たい。あぁ、歩くのも億劫だ。やはり先生になにかじっとしていろとばかりに盛られたのではないだろうか。

 そんなことを思いつつ廊下を突っ切ったところで、なるほど、確かに右手に階段があった。幅が狭く踏板も浅い、いかにも使用人用の通用階段といったものである。その階段の中ほどで、アルトゥールが何やらドンドンゴソゴソとしていた。

 何をしたいのかは分かるが、隠し扉の類はそんなものでは見つからない。

 やれやれ、仕方がない。お坊ちゃまのために一肌脱ぐか。


「トゥーリ、調べるなら叩くんじゃなくて音を聞かないと」

「音?」

「あと叩くなら反対側。こっちの階段下の壁の方ね。こういう所には隠し扉とか抜け道とか多いから」

「……」

「何か?」

「……いや、何でもない。この辺とかか?」


 何か言いたげに見られたが、まぁいい。利き腕が不自由になってしまったマクシミリアンに変わってコンコンとアルトゥールが働いてくれたので、ほどなく、音が反響する場所が見つかった。

 やはりあった。


「ここか?」

「うん。この綺麗な長方形の装飾とかいかにもって感じだよね。多分この辺に……ほら、覗き穴もあった。じゃあ多分ノブはこの辺……うん、ここだね。トゥーリ、この辺を押してみて」

「その手でも押すくらいは出来るだろう……」


 そうぶつぶつ言いながらも従ってくれたアルトゥールの手で、ガタリと壁の装飾が浮いた。この禁事棟ではすっかりと見慣れたお決まりのパターンだ。


「お前、灯りは?」

「持ってないけど」

「……」

「まぁ大した道じゃないよ。それにほら、やっぱり。布を引きずった跡と、杖の跡。陛下はここを通ったね。どこに出るんだろう?」


 そう扉の中に飛び込むと、「おい、お前、警戒心も無しに!」とかしばらくアルトゥールが騒いでいたものの、突き当りの壁をペタペタ探る頃にはそのアルトゥールも大人しくついてきた。

 というか、何でユリウス陛下を追いかけているのだろう。


「そういえばその陛下がなんだって?」

「あ? あぁ、いや、よくわからんが、ヴィオレットの事を聞いて何やら神妙な顔をしてな」

「陛下の側近達は留めなかったの?」

「たまたま全員出てたんだよ。ヴァレンティンからリディの安否を知らせる使いがあって、騎士は少し外に。ベルテセーヌの侍従はうちのと一緒に水を取りに行っていて、文官はヴァレンティンの使いに質問があるからと後から外に出た。人も少なくなってちょうどいいからと、先程の話をしていたんだ。あまり広める話でもないし、二人は都合が良かった」

「そしたら急に陛下が出ていったって?」

「あぁ……その。さっきの扉のように、突然応接間の裏手の壁を開けてな」

「普段はそうでもないくせに、ふと気が向いた時だけ衝動みたいに自分で動くのは何なんだろうね。そういう所、リディと似て……」


 うっ。自分で言っていて自分で嫌になった。


「あの二人、従兄妹同士になるんだろう? そりゃあ多少行動が似ていたっておかしくはないさ。それにしては、ヴィオレットは随分と違うがな」


 フォローのつもりなのか? いや、そんな気の利く男ではないか。

 そんなやり取りをしている内にも、いつものパターンと違って少々難解だった扉が開いた。

 扉自体は思ったよりも軽くて、ガタゴトときしんだ音をたてながら開いたかと思うと、少し下に降りる階段があり、次いで随分と粗末なレンガを固めただけのような真っ直ぐと道が続く妙な空間が広がった。周りが土に覆われているせいか、全身をひやりとした湿った空気が覆う。


「なんだ、ここは」

「何処からどう見ても抜け道の類だよね。奥の方はよく見えないけど、この方角、この奥行きとなると、もしかしたら外にも繋がってるのかも」

「なんだと?」


 さすがにアルトゥールも眉根が寄ったところで、ガラガラガタンッと、どこかで大きな音が響いた。もっと奥の方だ。


「ミリム!」

「分かってるよ」


 正直薬のせいで走るのは億劫なのだが仕方がない。階段を飛び降りて足早に駆け出してみたところで、奥から男女の声が聞こえてきた。

 この道の構造のせいか、音がこもって聞き取り辛いがよく響く。


「待て、ヴィオ!」

「私だって好きでこんなことしているわけじゃないんですっ。でもこれが一番だからっ!」

「いい加減にっ」


 男の方の声は、何やら聞いたことのないような切羽詰まった声ではあるが、おそらくユリウス陛下だ。それよりも女の方は、何だって? ヴィオ? まさかヴィオレット妃?


「ちょっと、トゥーリ……」

「だから俺に言うなっ!」


 まぁそうだけど。でもほら。ほら、さぁ……。

 そう後ろに意識を向けて走っていたら、突然飛び出してきた塊にドンとぶつかった。


「きゃっっ!」

「わっ!」


 ぐらりと体は傾いだが、耐えられないほどじゃない。むしろぶつかって来た方……言葉を濁すまでもなく、薄暗い中でもはっきりわかるほどヴィオレット妃なのだが、そのヴィオレット妃の方が大きく後ろによろけたようだった。


「お前、何をしているっ、ヴィオレット! まさか禁事棟にッ」

「っ、アル?! あのっ……ごめんなさい! 後でちゃんと話は聞くから!」


 ヴィオレットはそう言って、姿勢を崩したままぐっと身を屈めて一気にマクシミリアンの隣を駆け抜けて行く。すぐにアルトゥールが「待て!」と手を伸ばしたようだったけれど、もとより薄暗いこの場所で狙いが定まるわけもなく、あっという間に通り過ぎていった。

 本当ならそのまま追いかけるべきなのだろうが、前方の方でガラガラ、ガタ、とのっぴきならない音がしている。

 前か、後ろか。迷った挙句、舌打ちをしてヴィオレットを追いかけだしたアルトゥールに変わって、マクシミリアンはぱっと振り返り、ヴィオレットがやってきた方向へと駆け出した。


 薄暗い中、カーブした道の先に、地面に転がったランプの灯りが飛び込んでくる。その傍にぐったりと倒れ込んでいるのは間違いなくユリウス陛下で、これにはマクシミリアンも「陛下!」と声をあげて飛びついた。こんなところで皇帝候補を失いなどしたら冗談じゃ済まされない。

 ただ幸い飛びついてみたところで、酷い外傷だなんだがあるというわけではなさそうだった。こんな足場の悪いところで、ただでさえ足に不自由を抱える陛下には負担だっただろう。だが今も起き上がるのに苦労するほど倒れ込んでいるのは、どうやらいつも手にしている杖がないせいであるようだ。


「すまない、公子……少し手を借りられるだろうか。一度起き上がれば、歩く分には問題ない」

「まさかあの皇太子妃、支えを持って行ったんですか?」

「……困ったことにな」


 足を不自由にする人から杖を奪って逃げるだと?

 あの女……益々罪が重たくなった。


「私も先程、恩師なはずの薬師に薬を嗅がされていましてね。抱えて戻るほどの体力は無いんですけど」

「さすがにそんなことは頼まない」


 クスリと笑う余力があるらしい陛下に手を貸しながら、肩と背中を差し入れてぐっと体を持ち上げる。一瞬重みがあったが、もとより衣に覆われて誤魔化しているだけでひどく肉付きの悪い陛下の体は容易く持ち上がり、立ち上がらせるとすぐにフラフラと壁を頼りに自分の足で立たれたようだった。

 マクシミリアンは具体的に、足がどう悪いのかなどは聞いていないのだが、まったく自力で動かせないなどというわけではないらしい。


「それで、これはどういう状況なんです?」

「皇太子の話を聞いてすぐにここが思い当たってな……まぁ、貴殿なら問題ないか。禁事棟のある場所は、以前、皇家の離宮があった場所だった。この抜け道はその頃、皇帝後宮の離れとこの離宮を結ぶ隠し通路があった場所だ。それを再利用して、その後の時代の誰かが禁事棟の北棟と繋げたのだろう」

「うわぁ……」

「ヴィオが中に入ろうとしていたと聞いてすぐに、この道が今も使える可能性に思い当たった。場所には見当がついていた。うちの文官も調べていたからな」

「それにしたって、よくこんな道がある事をご存じでしたね。あ、ここ、レンガが浮いていますよ。気を付けてください」


 壁沿いに歩きながらゆっくりと歩いているから、先程は適当に飛ばした道も悪路であるのがよく分かる。杖の代わりになるものでもあればいいのだが、生憎とこんな場所では見当たらない。


「まぁ……図面はな。色々と、あるんだ。ベルテセーヌには」

「あー……」


 まぁ、そうだろう。そもそもこの皇宮の基礎は恒常的にベルテセーヌから皇帝が立っていた時代に建てられている。建て替えられた箇所も多いが、こうして古い道や古い仕掛けがベルテセーヌ人にとって決して馴染みのないものというわけではないことは、リディアーヌを見て思っていたことだ。

 彼女は思いがけないところに扉や道がある事や、そこをマクシミリアンが探索していることについては大いに呆れた顔をしていたけれど、扉の装飾に仕掛けがある事や、装飾に紛れた扉になっていることなどに関してはちっとも驚いていなかった。おそらくこれも、ベルテセーヌでは珍しくない類の仕掛けなのだろう。


「それで、ヴィオレット妃は一体何をしにこんな違法まがいの侵入を? 下手をすればトゥーリを皇帝候補資格という意味で追い詰める事も出来かねない大問題ですよ?」

「アレがそこまで考えているとは思わないが……なんでも、どうしても自分がせねばならないことがどうとか言っていたが、要領を得なかった。アレはもとより、そういう所がある。あぁ、それから自分が役に立てたなら、母の情状酌量がどうとか、まだそんなことも言っていたな。ただそれは……」

「それは?」

「……いや。この話はまた後にしよう。どのみち、ディーにも知らせようと思っていたことだ」


 そんな話の切られ方をすると気になるのだが、しかし北棟の扉までたどり着いてしまったのだから、確かにそろそろおしゃべりは切り上げ時だ。

 北棟の扉は開け放たれたままで、手を貸しながら陛下を階段の上まで引っ張り上げたところで、外の隠し扉の方も開きっぱなしだったせいか随分と明るくなった。しかも折よくそこに「陛下?!」と言いながら、ベルテセーヌの文官が飛んできた。おそらく部屋に戻ったところで誰もいなくなっており、慌てて探しに飛んできたのだろう。


「ダリエル、いいところに来た。ひとまず杖の代わりになるものを見つけてきてくれないか?」

「杖ならございます! 一体何がどうなっているんです?」


 そう飛んできて杖を渡したダリエル卿が、チラとこちらを見る。

 まぁ確かに、誤解されてもおかしくないシチュエーションだ。


「ダリエル、この杖をどうした?」

「どうもこうも、上の部屋に放置されていましたよ。それから何やら皇太子殿下が女性を追って飛び出して行かれましたが、一体……」

「その女性とやらはヴィオレットだ」

「なんですって?!」

「さしずめこの杖は皇太子を追い払おうとでも振り回してすっぽ抜けでもしたか」

「では……陛下の杖を奪ったのが、あのブランディーヌの娘だと……」


 おぉ……ベルテセーヌにおけるオリオール家に対する反感は根深いな。

 いや、当然か。ブランディーヌはリュシアン王を苦境に立たせ、体に不自由を残させる原因となった事件首謀者の一人であり最大の要因だ。その娘が杖を取り上げて逃げるなど、言語道断であろう。


「えーっと……それで、その皇太子と皇太子妃は()()に行ったのかな?」


 怒りを爆発させる前に必要なことを聞こうとしたところで、よくできた文官は一つ息を吐いて自分を諫めると、「ホールの方へ。おそらく外に飛び出していったのではないかと」と教えてくれた。

 まぁ……追いかけないわけにはいくまい。






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