12-0 かけ違えたボタン
『一体、マグキリアン・ペステロープの何が特別なのか――』
こればかりは主の気持ちが分からないとばかりに険しい顔で言うフィリックには、いつも適当な言葉で言い繕った。
『だって幼馴染なのよ』
『お兄様に頼まれたのだもの』
『私達はペステロープ家に抱えきれないほどの罪を犯したのだから』
どれもこれも、本心じゃなかったわけではない。けれど決して、一番の理由でもなかった。
愛情? 思慕? 旧懐? 信頼? いいや、そんなものではない。
そんな深く複雑な感情で、何度も苦慮と苦悩を抱えねばならなかったリュシアンやアルトゥールへの感情と比べたら、彼に対する感情はとてもシンプルなものだ。
そもそも性格からして、別に愛着を抱く様な相手というわけでもない。
彼にリディアーヌの心を掴んだマクシミリアンのようなしたたかさと賢さ、一途さがあるわけではない。フィリックのような手放せないと思わせるほどの優秀さや勝手の良さがあるわけでもなければ、アルトゥールに抱く様な忘れられない思いを共有しているわけでもない。
ペステロープ家の事件のせいで多少性格に変化はあったとはいえ、元々他に並ぶ者もない名家権門の嫡男であったマグキリアンは主君以外にははなから傲慢に接する所があったし、一族の危機に主を捨て置いて家に駆けつけどうにかせねばと逸るほどに、忠心よりも先んじる短慮さもあった。
確かにペステロープ家は忠臣の一族であったが、それは決して、美化して悲劇の主人公として語られるには欠点の多い人間だっただろう。
そんな彼を諫め、『生き延びよ』と言って半ば強引にベルテセーヌから連れ出したのは兄だ。
リディアーヌはついぞ兄が何故そんなことをしたのかの本心を聞くことは無かったが、ただそれが自分達のなすべき義務であり謝罪であると思っていたことだけを知っていた。
けれど本音はもう少し、別の所にあったのだと思う。
十五年前、共にヴァレンティンへと亡命してほどなく、ペステロープ兄妹はその名前と身分を隠し、ヴァレンティンの外へと養子に出された。
当時のリディアーヌは、自分達の傍にいれば早晩ペステロープ家の生き残りだとバレるからだと聞き、あるいはもはやその資格もないのだから彼らを主従の関係から解放するべきだと考えたのだと思った。それも間違いではなかっただろう。
だが今改めて思えば、ヴァレンティンの臣下達のペステロープ……特にマグキリアンに対する態度は、ひどく冷たく淡泊であったと実感する。
フィリックは特に顕著であったが、しかし決してそんな露骨な弟を咎めも窘めもしなかったフィリックの兄達も父親も、他のどの側近も、家臣達も。まるで、ペステロープ家が本当にベルテセーヌの先王殺しに関与したと勘違いしているのではないかと疑ったほどだ。
さすがにそれが原因というわけではなさそうだが、しかし彼らがマグキリアンを嫌ったのには、それ相応の理由があるのだろう。おそらく、当時はまだリディアーヌが幼過ぎたがゆえに知らなかった、何かが。
それに、察しがつかないわけではない。
『ペステロープ家の悲劇は、私達が背負うべき大罪だ――』
兄は、一体どんな気持ちで幼いリディアーヌにそんな言葉を呟いたのだろうか。
まだ誰も彼も幼かったあの頃、マグキリアンは兄と、どんな話をしたのだろうか。それは知らないけれど、幼さゆえにすぐに平民暮らしに順応した妹のキリエッタと違い、マグキリアンはそこに馴染むことができなかったという。
妹が平民と恋に落ち結婚の約束をしたことにやるせない思いを抱いたことも理解できる。だがその相手に手が出たというのは、ペステロープ侯爵家の嫡男の気質が、根っこのところでは変わっていなかったことの証左なのだと思った。
その後のマグキリアン……キリアンの生き方と、フォンクラークで仕出かした王族殺しの凶行は、そうと知った時、深いため息を吐かざるを得なかった。だが決して、驚きはしなかった。彼なら“あり得る”と思ってしまったからだ。
旧懐は無いと言ったが、思い出はある。何も知らず、何も疑わず、平和が当たり前であった頃の、まるで砂糖菓子のような甘い記憶だ。
だがその頃とはあまりにもかけ離れてしまった今の変わり果てたお互いの立場と感情に、すでに私達は昔のように語らう術を失ってしまった。
それはもう昔馴染みと呼ぶには遠すぎて、他人と呼ぶには重たい責任を共有し過ぎた、そんな関係の相手だ。
自分には、彼が辿った人生も、苦悩も、そのやるせない憤りも、理解することは出来ない。
それは彼が、リディアーヌの今の人生と幸福、そして覚悟を理解できないのと同じように。
すでに私達はかけ違えたボタンのように、決して届きあうことのない人生を送っているのだから。
※ちょっと1話フライング。明日から連載再開します。




