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ザマァ後のこの国をどうしてくれる―亡き王女の悔恨―  作者: 灯月 更夜
第十一章 <帝暦732年春-後半Ⅰ>
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11-48 東棟夕餐会(2)

「なるほど……今まで堅固なセトーナ派でいらっしゃる大夫人様とはこうしてお話しする機会がありませんでしたけれど。ですが実は私、元より今の公子殿下には思う所がありまして……あぁ、このような話、他国とはいえ公女殿下にお聞かせするには忍びないのですが」

「いいえ、シンブラン伯。私も他国者の身でこのようなことを口にするのは憚られるものの、これからともに選帝侯議会を率いて行く立場として、ウィクトル公子には少し……ええ、不安というものがございましてよ」

「ええ、ええ、そうでございましょう。それに比べて、現コランティーヌ公爵様のなんと素晴らしい事かと。実はそう常々、思っておりました」


 なんとも白々しい物言いである。だがその媚びた笑みがどんな思惑を孕んでいるのかなど知ったことではない。必要なのは、ただ彼をこの場で大公派ではなくコランティーヌ公爵家派に(なび)かせることだけである。

 それに、ほぼ強引に夫人にここへ引っ張って来られたシンブラン伯は、リディアーヌからベルテセーヌ派への転派という(わずら)わしい選択を迫られなかったというだけでも随分と安堵しているはずだ。コランティーヌ夫人の方もこの状況をとても都合がいいと思っているはずで、「私も実は、常々貴方のことを買っていますのよ」などとシンブラン伯の気を良くさせている。

 その実力のほどというものは、正直他国ヴァレンティンにまで聞こえるほどのものではないのだが、まぁ方便というやつである。実力はともかく、若手の支持が厚く選議卿にまでなったことは間違いないのだから、大幅にその若手を取り込む上でも、シンブラン伯を自分の派閥に引き込むことは夫人にとっても大きな旨味なのだろう。


「このように夫人と深い既知を得られたことは、この皇帝戦での一番の収穫でした。昨今は西大陸から皇帝も立たなくなって久しい時分。ここにヴァレンティンからヘイツブルグという西大陸の最北端と最南端とが協力し合えたならば、どれほど嬉しい事でしょう」

「それに公女殿下は、重要港たるリンテンに随分なご縁をお持ちのようですものね」


 おっと……夫人の目がギラリと光った気がするぞ。


「そのこと含め……これからはヘイツブルグとも、今までとは違った有意義な話が出来ると嬉しいのですけれどね」


 ただリンテンの使用権については安易に売ることはできない。なので言葉を濁し、ここが引き時だと席を立った。夫人もこれには理解を示してくれたようで、「私は今少し、ここで食事を楽しんでまいりますわ」と言うので、「それではお先に失礼しますわ」と席を離れた。

 ふぅ。あとは夫人がどれほど、シンブラン伯を引き止められるか次第だ。期待させていただきたいところだが、さて、どうなるか。


 席を離れ、ひとまず壁際の侍従の手から新しい飲み物のグラスを受け取りながらチラリと会場を見渡してみる。大公達の話し合いもとっくに終わっていたようで、何故かアルトゥールに捕まっていたらしいヘイツブルグ大公が、ヒラヒラとそんな皇帝候補をあしらい食堂から出て行くのを見た。

 まだ正式に閉会にする旨の言葉があったわけでもないのに、その後ろ姿はちょっと一時離席したという風には見えない。まぁここにいてもありとあらゆる場所から同じことを聞かれまくるであろうから、とっとと離席したい気持ちは分からないでもないか。

 ただ大公と違って逃げ遅れたらしいウィクトル公子は、すっかりとアルトゥールに取っ捕まってしまったようだ。可哀想に。まぁ、同情はしないが。


 だがそこにカーシアン女伯やカジュール候なども集まってウィクトル公子を取り囲み、段々と女伯らの声色がヒートアップし始めると、さすがにこの状況を良くないと思ったのか、近くで義兄ラルカンジュ侯に取っ捕まっていたマクシミリアンが割って入った。

 あれは助けに入ったのか、それとも義兄から逃げたのか……怪しいところではあるが。

 しかし離れた場所にいるリディアーヌにまで、赤裸々なギュスターブに対する不遜な言葉と、カーシアン女伯のアルトゥールに対する「中からも呼応して糾弾すべきではございませんこと、皇太子殿下!」なんていう越権が過ぎる言葉が耳に届くと、さすがに看過出来なくなってきた。

 ここには外での勝手な王国議会により侮蔑を受けたベルテセーヌ王もいるのだ。なのにいち皇子にまでその後押しを求めるなど、リュシアンに対する侮蔑を上塗りされたも同然である。これには近くにいたマクシミリアンがすぐに「トゥーリ、君の支持者がこんなに頭の悪い人で大丈夫?」などと微塵も歯に物を着せない侮言を返したが、案の定かっとなったらしい女伯に、その面倒くささを知っているらしいアルトゥールも頭を抱えた。

 マクシミリアンらしくない挑発的な物言いであるが、どうやらあの中にずっといて、もう言葉を取り繕う気も失せるほどうんざりしているのだろう。それを助ける意図もあって、リデイアーヌもそんな輪の中に踏み込んだ。


「どうやら面白くはなさそうな状況になっているようね、トゥーリ。臣下の発言の責任は君主にあるわよ。どうするの?」

「リディ……お前まで」


 チッと舌打ちして忌まわしそうにするアルトゥールが、気に入らないことを気に入らないと言わないのは珍しい。カーシアン女伯が(わずら)わしいのは事実だが、それでも自分の支持者である以上、今は(うるさ)く言えないという事なのだろう。

 だったらカーシアン女伯の所属上の君主であるダグナブリク公にしっかり手綱を持ってもらいたいところだが、生憎とその辺境公閣下は断固として振り返ってなるものかといわんばかりに、うちのお養父様に絡んで背中を向けていらっしゃる。まったく頼りにはならなさそうだ。


「リディは夫人からは無事に解放されたみたいだね。早かったんじゃない?」

「ええ。夫人に連れまわされているらしいシンブラン伯が身代わりになって下さっているわ。そうでなければ、もう一時間は解放されなかったに違いないわ」


 べつに意図があってシンブラン伯と座っていたわけではないですよ、とアピールするべく逃げてきた体裁を取ってみる。どれほど効果があるかは分からないが、何もしないよりはましだろう。ついでにこの場の状況も少しどうにかするか。


「口を挟んでごめんなさい、カーシアン女伯。けれどこの夕餐会は皇帝選挙前夜の選議卿と皇帝候補を(ねぎら)う催し。選議卿が皇帝候補に甘言を吹き込む場でなければ、皇帝候補が選議卿に何かしら働きかけをする場でもなくってよ。そうではございませんこと? ラルカンジュ侯」


 そんなの建前であることは百も承知だが、おそらく常識人であろうクロイツェン派のラルカンジュ侯を振り返り巻き込んだところで、カーシアン女伯の発言がこの場に相応しくないことは分かっているはずのラルカンジュ侯はすぐにも「そうですね」と同意してくださった。

 すぐそこにはリュシアンがいて、それを擁立しているヴァレンティンもいるのだ。この狭い空間でわざわざ声を張り上げてそれを侮蔑するのはまったく望ましい話ではないし、それに少し先では珍しく静かにザクセオン大公のお小言をちょうだいしているお養父様もいる。

 元々派閥は違えども、ザクセオンとヴァレンティンという東西の二大選帝侯家が良好な関係であることは、今後の議会の円滑さのためにも必要な関係だ。それを乱すことが不利益であることを、ラルカンジュ侯はよく分かっているのだ。

 ただ選議卿としてこの場にいることと、大公家として先を見越していることの違いだろう。その点はアルトゥールもすぐに気が付いたらしく、「その通りだな」と便乗してきた。


「外での越権はむしろ私も怒りを覚えている。先程ユリウス陛下ともそんな話をしたばかりだ」


 視線を向けた先で、リヴァイアン王子やロイタネン伯らと話していたリュシアンもチラリと振り返り頷いた。ふむ、どうやら会の冒頭でアルトゥールに捕まっていたのは、そんなに悪い話をするためでもなかったようだ。

 そんなアルトゥールの態度を見て、カーシアン女伯もさすがに分が悪いと察したのか、「えぇ、まぁ、そうですわね」と大人しく引き下がって下さる。だがそこに空気を読まないアンジェッロ司教が、「そのように気弱でどうします!」などとやって来たせいで、もれなく誰からともなくため息を吐いてしまった。


「どこの誰が気弱ですって?」


 思わずボソッと呟いてみたら、一番近い場所にいたラルカンジュ侯がククッと肩を揺らして笑った。彼も、アルトゥールと気弱だなんていう言葉がちっとも結びつかなかったのだろう。


「皇帝候補たるもの、ここで断固として声を上げねば、いざ明日が過ぎたところで増長した臣下達の専横を許すことになります。私はそのような殿下がお困りになる姿を見たくはありません。今ここで声を上げ、賛同を得ておくことも……」

「そうか。先程は明日が済むまで穏便にということで理解を示したが、そういうのであれば私もここで声を挙げようか」


 うんざりとした顔のアルトゥールとは裏腹に、手にした杖でカツンと石畳を打ちながらいらしたリュシアンに、気分よくしゃべっていたアンジェッロ司教はすぐにピタリと肩を揺らして固まった。

 どうやらこちらの司教様も、長い物に巻かれるタイプだったようだ。アルトゥールという権力者がいなければ、他の権力者の前で堂々意見を言うことも出来ないらしい。


「すまない、ユリウス王。リディの言葉を借りるなら、今のは私の責任だ」

「先程、貴殿が私に、皇帝戦が終わるまではクロイツェン王の責任問題を保留にして欲しいなどと説いたばかりだというのにな」

「ふぅ……」


 アルトゥールの事だから、もっと婉曲に、決して自分が下手になど出ない口調でリュシアンに理解を促したのだろう。だがあたかもアルトゥール側が懇願したかのような物言いで説明したリュシアンにアルトゥールもため息を吐いた。

 今のこの状況では、『そんな物言いはしていないぞ』と喧嘩を売るわけにもいくまい。可哀想に、とても良い気味だ。


「トゥーリ、貴方って、周りから悉く足を引っ張られる運命にでも生まれているのかしら?」

「最初から理性と理解で集まったそっちとは違うんだ。苦労している」


 なるほど。アルトゥールの支持者の多くは、先のクロイツェン七世の状況をそのまま引き継ぐため、なぁなぁに流れ込んできた人達だ。口さがないものが多いのも、自分達は先帝時代からの理解者なのだという自負が深く、また未だ年若いアルトゥールに対する侮りがあるせいなのだろう。

 いざとなればそれを力で押さえつけることも厭わないアルトゥールだが、今は時期も時期だ。(わずら)わしくはあるが、(うるさ)くは言わないことで、彼らの移り気を抑制しているとみえる。

 それがアルトゥールの意に反するものであることはラルカンジュ侯を含む一部の理性ある支持者達も理解する所であるようで、そのラルカンジュ侯の視線にこちらを見たザクセオン大公が、「どうやらダラダラと会を引き延ばしたせいで、よからぬ雰囲気になっているようだ」と大公達の輪から出てきた。


「ベルテセーヌ王ユリウス陛下を除けば、いかに皇帝候補と言えど王国議会への発言権はない。そしてこの議題については先程、臨時の選帝侯議会を以て判断すると伝えたはずである。しかしこのような砕けた席の弊害か、少々言葉が過ぎる者も現れ始めたようだ。今宵の会はここまでとしよう」


 ザクセオン大公は流石に、帝国と議会というものを理解してくれている。派閥の長にこう言われては、アンジェッロ司教ももごもごと口を噤むしかなかった。


「今宵のひとときが、少しでも緊張の続く日々の慰めになっていれば幸いである。すべては明日にも決まる事。そして外の事も、それを決めるべきは明日より先のこと。皇帝候補たる皆々様においては、ただ静かに座して待ち、選議卿諸君においては明日に備え、しっかりと英気を養ってもらいたいと思う。くれぐれも、余計なことはせぬように」


 選議卿の中にはザクセオン大公よりも年配の者もいるはずなのだが、まるで子供にでも言い聞かせるような物言いをするものだから、「なんて厭味ったらしい忠告だろう」とマクシミリアンがリディアーヌの耳に囁いた。

 別にマクシミリアンに宛てた忠告ではないと思うが、あきらかに若年者向け、あるいは精神的未熟者向けであったのは確かだ。

 ただこの場で粛々とそれを承った面々とは裏腹に、「だったら私達も大人しく布団の中に丸まるべきではないか?」と呟いたお養父様のせいで、ギロリッとザクセオン大公の鋭い視線がお養父様を睨むことになってしまった。

 お養父様ったら……気持ちはわからないでもないけれど。でも。


「お養父様は大人しく、お仕事をなさって来てくださいませ」

「リディ、今すぐこの場で家督を継ぐのはどうだ?」

「馬鹿なことを仰っていないで……」

「すっかり姫様に呆れられていますよ、大公様」

「これ以上グダグダ仰るようでしたら、後ほど父に報告させていただきますよ」


 養父の呆けた発言にはリディアーヌが煩く言うまでもなく、サリニャック侯をはじめとする頼もしいヴァレンティンの大人達が(たしな)めてくれた。

 よし、もう放っておこう。


「それでは私はこれにて失礼させていただきます。ザクセオン大公閣下、このような会を開いてくださいまして、ありがとうございました」

「あ、あぁ。よく休みなさい、公女」

「お言葉に甘えて。ユリウス陛下、宜しければ通用路までお見送りいたしますわ」

「あぁ。では私も失礼させていただこう」

「リディ、私のことも見送ってくれていいぞ」

「まぁ、厚かましいわね、トゥーリ」

「じゃあトゥーリは私が見送ってあげるよ」

「ッっ、お前っッ、くっつくなっ! 重たい!」


 アルトゥールに絡むマクシミリアンも連れてわちゃわちゃと真っ先に部屋を出て行くと、もれなく後ろからラルカンジュ侯もついていらっしゃった。アルトゥールの見送りであろう。それは予定外だったが、思いのほかマクシミリアンとも険悪という様子ではないようだから放っておいた。

 こうして何ともしまりの悪いまま、皇帝候補達を北棟との通用路まで送り届ける。

 ほとんどの人が食堂に集まっていたせいか、今はこの通用路も少しだけ閑散として感じられる。気のせいだろうか。


「貴方達、すでに一度狙われた立場なのだから。くれぐれも周囲に(おこた)りなく、気を付けて」

「あぁ、分かっている」

「なんだ、リディ。俺のことも心配してくれるのか?」


 余計なことを口にするアルトゥールには、「そんな勿体ないもの、トゥーリには必要ないんじゃないかな」と笑顔のマクシミリアンがその背中を北棟に容赦なく押し出した。


「お前っ、どんどん俺の扱いが雑になってきてないか?!」

「そんなことないよ。昔から結構こうだったよ」


 またしてもわちゃわちゃとじゃれ始めた二人を()()に、呆れた顔をしながらチラとリュシアンを見やる。相変わらず表情は乏しいが、まるで幼子でも見ているような温厚な様子だ。


「貴方、トゥーリとどういう関係になっているの? 随分と仲が良さそうね」

「ん? そうか?」

「まさか(いま)だに、私の友人だから、だなんて思って見ているわけではないでしょうね」

「むしろ逆ではないか? あちらが、私を君の()()と思って見ている気がする」

「というと?」

「何かと歯に物着せずに話してくれるせいか、会話をしていても苦ではない。益になる話も聞けた」

「……益、って?」


 その問いに少し考えふけってから、意味ありげに口元を緩めて見せたリュシアンに、思わず頭を抱えた。

 この様子だと、知らぬ間におかしな話を吹き込まれている気がしてきた。多分、政治とか社会とかには全く関係のない余計な話を。


「まぁ別に……貴方達がそれでいいならいいのだけれど」


 とにかく互いにあと一日、気を付けて、と声を掛け合って手を振ったところで、チラとアルトゥールの方を見てみれば、ラルカンジュ侯がアルトゥールに絡んでいたマクシミリアンを引きはがしたところだった。一体何をしているのだろう。


「ミリム、部屋に帰りましょう。どうにも北棟に人の気配が少ないようだから、もう一度食堂に寄って、あちらの人達を返しておいた方がいいわね」

「ま、まって、リディ。はなっ……義兄上、放してっ」

「まったく。過度な嫉妬は引かれるぞ。ほどほどにしなさい」

「いや、それは無理」


 何を話しているのか知らないが、よし、置いて行こう。


「行かないで、リディ!」


 何か聞こえるが、うん、気にしない。

 ただ一瞬後ろが静かになったものだからふと振り返ると、ラルカンジュ侯に首根っこを掴まれたマクシミリアンが何かをぼそぼそと吹き込まれている様子だった。途端、一瞬マクシミリアンの顔に無が(よぎ)り、かと思うとすぐに「分かった、分かったからっ。もう勘弁して!」と腕を振り払って駆け寄って来た。

 これは……何か余程の事でも言われたかな。


「帰ろう、リディ。今すぐ帰ろう」

「ええ……食堂の方は、そこら辺の人に伝言でもしましょう」


 今一度チラリと見やった先で、静かに微笑むラルカンジュ侯を見た。

 色々とあったザクセオン家だけれど……そういえばあの人の義弟に対する思いは、ちゃんと聞いたことがないんだよな、と。ふと、そんなことを思った。






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