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ザマァ後のこの国をどうしてくれる―亡き王女の悔恨―  作者: 灯月 更夜
第十一章 <帝暦732年春-後半Ⅰ>
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11-47 東棟夕餐会(1)

 今宵は夕餐会というものの、きちんと決まった席次があって催されるような正式なものではなく、立食形式の簡素なものだ。まだ選挙も終わっていないのに皇帝候補らを持て成す理由もないし、あるいは禁事棟に籠ってもう四日目とあって、持ち込んである食材も少々鮮度が落ち、格式ばった晩餐を用意するほどの素材がないせいでもある。

 なのでずらりと並んだ大皿から好きに料理を取って行くのはこれまでと同じ形式で、ただ今夜は座ってぱっぱと食事を終えて帰るわけではなく、談話の場であることを意識した、一口サイズの摘まみやすい軽食が多く用意されていた。


 ただ立食形式でも、ある程度人の塊はそれ相応の相応しい場所へと集まって行くものである。大公達が年配の選議卿らと固まると、皇帝候補らもある程度そちらに固まり始めた。アルトゥールとリュシアンが並んで王国議会の越権について真面目に話し込んでいる様子は物珍しく感じたけれど、働く場が違ったせいでそう感じるだけだろう。思ったよりも打ち解けているようだ。それを横目に、リディアーヌもマクシミリアンと共に司教様方の群れの近くにひっそりと身を寄せた。

 ざわざわと場が賑やかで寛いだものになると、まずはクレメンテ司教と共にラモーディオ枢機卿猊下とセトーナの件についてなど踏み込んだ話をすることに注力したが、思いのほかその件がすぐに片付いたため、人に囲まれているエティエンヌ猊下らを遠目に、隅のゆっくりとテーブルに腰を下ろした。

 そこでしばらくマクシミリアンにサンチェーリ司教らと談話しつつ食事を済ませたところで、「さて、そろそろ様子でも伺いに行こうかな」とマクシミリアが席を立った。

 どこにでもするりと入り込んでしまう人当たりの良さが売りのマクシミリアンである。入り込んでいってほしい場所は沢山あったけれど、すでに聖職者らとの交渉が片付いた以上、行ってほしい場所はただ一つだ。


「トゥーリのところ、かしら」

「うーん……まぁ、クロイツェン系の選議卿除けにもなるから、ちょうどいいか。苦労するだろうから、後で(ねぎら)ってよね、リディ」

「ええ、たっぷりと」


 そうひらひらと手を振って見送ったところで、サンチェーリ司教も「では私は今少し、(げい)()方と歓談して参ります」とラモーディオ枢機卿に狙いをつけたように席を立たれた。さて、リディアーヌはどうしようか。

 視線を巡らせていると、同じく為すべきことを終えて大公やアブラーン王子らの周りを渡り歩いていたコランティーヌ夫人と目が合った。どうやら次の歓談相手は決まったようだ。

 そのコランティーヌ夫人がいつものノヴェール伯ではなく、ギュスターブ派のシンブラン伯を連れているのを見て、リディアーヌもぱっと席を立ち二人を歓迎する。


 シンブラン伯はこれまでも挨拶程度にしか声も掛け合ったことのないヘイツブルグの選議卿だ。年齢はおそらく三十代の後半。ヘイツブルグの中ではウィクトル公子に次いで若く、選議卿の中でも比較的若手になる。

 ザクセオンにおけるマシェロン伯同様、(くに)(もと)の若手の中で頭角を現している存在だというが、今までリディアーヌ達若手組と積極的な接触が無かったことを考えても、ヘイツブルグ大公をはじめとする上の人達に熱心にお仕えして名を売らんとする野心が色濃い。

 だからこそ、今や公子よりもヘイツブルグ家門内で目立っているコランティーヌ夫人と一緒にいるところは今までも何度か見かけていた。そんな人だ。


「ごきげんよう、公女様」

「ごきげんよう、コランティーヌ夫人。随分と長く、アブラーン殿下に捕まっていらっしゃいましたね」

「情報の伝わりはあちらの方が悪いようで、不安になっておいでのようですわ。まぁ、致し方ありません。私とてこのような前代未聞のこと、どうしたものかと思っていましてよ」


 まだろくに食事を終えていなかったらしい夫人には、侍女が「お食事をお持ちいたします」と声をかけるものだから、夫人は改めてリディアーヌをテーブルに誘った。こちらはすでに食事は終えていたが、「よろこんで」と席に着く。


「こちら、シンブラン伯もご一緒していいかしら?」

「勿論ですわ。私も是非一度お話をしてみたく思っておりました」

「それは光栄です、公女殿下」


 いささか仰々しいほどの大きな身振りで一礼してみせる様は、お堅いヘイツブルグ人には珍しい陽気な南部人らしさをうかがわせる。まるでヘイツブルグ人というよりフォンクラーク人だ。つい目を瞬かせてしまったが、ちっとも気にしていないコランティーヌ夫人の様子を見る限り、彼のこの所作はいつも通りなのだろう。気にしないでおくことにした。


「夫人はあちらの方にいらしたようですけれど、トゥーリ……アルトゥール殿下がオランジェル侯について、何か言っていらしたりしませんでしたか?」

「さて、私も隣にきちんと耳を向けていたわけではありませんから。ただユリウス陛下が殿下に『このような侮蔑をどう繕う気なのか』と、オランジェル侯というよりクロイツェンの皇王陛下の件をお尋ねになっていたようですわね。()()など知ったことかというお顔をなさっておいでですけれど、意外と為すべきことは為される御方のようで」

「我が王は言葉よりも目と耳が先に働く方なのです。オランジェル侯も愚かな賭けをなさいました。今少し静かに、帝国への忠臣ぶりだけをみせていましたら、これからも陛下のよき口として華々しく家名を栄えさせることにもなったでしょうに」

「まぁ、ほほっ。まったく負ける気などないと言わんばかりでございますね」

「勿論、負ける気はございませんよ」


 食事を取る夫人に付き合って果物を一つ二つ摘まみながらチラリと部屋の反対側に視線を寄越してみれば、未だにリュシアンがアルトゥールに捕まったまま話し込んでいた。

 なにやらすっかりと懐かれているのではなかろうか?

 一方、隣でそわそわしてらっしゃるアブラーン王子や、何故か苦笑していらっしゃるリヴァイアン王子らはアルトゥールの興味の範囲外であるようだ。

 アルトゥールはあぁいうところがな……自分が興味があるものにしか関心を見せないのだから。


「終始、あそこにギュスターブ王が混じることは無かったわけですけれど。そういえばシンブラン伯はギュスターブ王擁立派でしたわね。その辺り、どうお考えになっておられるのですか?」


 ちっとも取り付く島もないヘイツブルグ大公やウィクトル公子に対し、同じギュスターブ派のギャロワ侯やシンブラン伯はそれを聞きやすい人材だ。現にクロイツェン派は積極的にギャロワ侯に接触をしていた。こちらは明らかに距離を置かれていたのでこのように話しかける機会を得ることができずにいたが、ここでそれを聞けるのは悪くない。

 ただ案の定、シンブラン伯の返答は「さぁ、どうでしょうかね」などという曖昧に煙にまいたようなものだった。


「私とてその人に素質ありと思って擁立してるわけではございませんし、私はただ大公閣下の忠実な臣でありたいだけでございますから。そういうものではありませんか? 公女殿下の周りの御方とて、皇帝候補の素質に心から(けい)(とう)なさっているなどということはありますまい」

「言ってくださいますこと。私達は私達の王に、確かにその素質を見て立てておりますわよ」

「ははっ、ご冗談を!」


 いや、別に嘘ではないし、適当にはぐらかしているつもりはないのだが。なのにさも当たり前のように否定されるというのはどうなのだろうか。


「シンブラン伯、私は何も冗談など言ってはおりませんよ。でなければ擁立など致しません」

「は? いや。しかし。は……」


 少し考えこむように言葉を飲み込んだシンブラン伯に、一つニコリと微笑んで見せる。

 まさか本当に、自分達派閥のためだけに立てた傀儡の皇帝候補だとでも思われていたのだろうか。心外である。それもこれも前半戦中、教会やらヘイツブルグ大公やらが妙にリディアーヌを議論中心に引きずり出していたせいだろうか。


「私が皇帝陛下に望むのは、帝国の平穏と安定。客観的かつ冷静な判断力で、かつ皇宮の官吏達をしっかりと監督して、(わずら)わしい問題を振りまかない理性的な統率者です。それは私欲の多い王には向かない仕事です。その点、ユリウス陛下は理想的ですわ。私は軍をも率いたことのあるあの方が人を率いることに問題ないことを知っていますし、また()(はし)()き広く国を見通すことが出来る御仁であることをよく存じています」

「……なるほど」


 暗に私欲の多いギュスターブ王の素質を皮肉ったのだが、ちゃんと伝わっているだろうか。ギュスターブ王は、私怨がなくとも理想の皇帝からかけ離れた存在である。


「まだ大公様方の議論次第でしょうけれど、このままだとギュスターブ王……いえ、すでに国許では廃立されていますから、ただギュスターブと呼ぶべきでしょうか。そのギュスターブは皇帝資格を失するか、あるいは無効票となりそうですわね。どう思われます? 夫人」

「ええ。少なくとも無効票は堅いでしょう。けれど追々外での決定について棄却を要請するのであれば、皇帝資格の剥奪とまではならないのではなくって?」

「それにはうちの大公様も悩んでいるようです。バルティーニュ公の思惑も理解できなくはございませんし。結局はヘイツブルグ大公閣下次第かと思うのですけれど」

「私も個人的な感情を言えば、廃立も資格失効も歓迎いたしましてよ。あぁ、でもシンブラン伯、貴方はギュスターブ派ですから、気に染まないことかしら」

「……そう、ですね。私も、どうしたものかとは思っております」


 コランティーヌ夫人はすでにこちらの意図を分かって下さっているのだろう。思っていた通りの方向に導かれてゆく話に、リディアーヌもほくそ笑む。


「無効票となると分かっていてそこに投じるというのは、選議卿として選出されていながらその役割と権限を失ったも同然。まったく、オランジェル侯はこのような時分に罪なことをなさってくださいました。これでは私達選議卿の“顔”がありません」


 わざとため息たっぷりに嘆いて見せると、すかさずシンブラン伯の顔がピクリと歪んだ。


「顔がない……確かに。その通りですね。でしたら公女殿下は、どうすれば顔が立つと?」

「それは人それぞれです。私は私の王が玉座に座られることを私の目標と思っておりますけれど、夫人はそうではありませんでしょう?」

「ええ。当然皇帝候補として立てた以上、目指すものは同じでございますけれど。ただ私はアブラーン殿下を皇帝陛下にするというより、セトーナの国力を帝国において保つことが一番の目的としていますわね。シンブラン伯、貴方も我が国とセトーナの代々の縁の深さは存じているでしょう?」

「は。え、えぇ、それははい。勿論」


 少したじたじとなったシンブラン伯は、それから少し黙りこくると、()いたように思案している様子を見せた。

 シンブラン伯は国内において若手からの支持が厚い、急進派といっていい立場だ。ヘイツブルグ大公にすり寄ることで既知を得ているが、移り気な若手からの支持を失わないためには、支持されうる偶像で有らねばならない。大公様の忠実な臣として、忠実にその方針に従った、だなんて、確かに大公からの既知は得られようが、急進的な若手達からはさぞかしがっかりと失望されるだろう。

 すでに皇宮の外では、ギュスターブ王に未来はない。今の議論がどう決着しようが、その人が王として廃立されることは間違いなく、皇帝に立つということもまず有り得ない。なのに果たして、今のままギュスターブ派でいてもいいのか。それが分からないわけではなかろう。


「ヘイツブルグにはセトーナ派がやはり最も根強いのですよね? 夫人」

「ええ、そうですね。海を(へだ)てているとはいえ隣国ですし、むしろ陸を面しているフォンクラークよりも親しくしてきたくらいですわ。遠いクロイツェンなどに気を使ったところで大して我が国に益があるわけでも無し。昨今、ふらふらとあちらに(なび)いているギャロワ侯の気が知れませんわ」


 さらに夫人がそう言ってため息を吐いた効果は絶大で、ヘイツブルグ大公にも継ぐ権力者である夫人に睨まれたくはないであろうシンブラン伯は、これにはすかさず「仰る通りです、大夫人様」と媚を売った。思った通り、ギャロワ侯よりもずっと保身的だ。

 無理にベルテセーヌ派に引き込む必要はない。必要なのは、ギュスターブ派の票を一つでも多く、クロイツェン派に流れないよう分散させることだ。


「そういえば夫人、あまり大きな声では言えませんけれど……私の外に残してある文官が、夫人のご子息の現コランティーヌ公について、フォンクラーク問題で随分とご立派に頭角を示していらっしゃると言っておりましたよ」

「まぁ、公女殿下。貴女のお耳は一体どこまで遠いのでしょう。私とてそこまで自由に外とは連絡など取り合えていないというのに」

「ふふっ。それは秘密でございます」

「けれど図らずも息子が頑張っている様子が聞けましたね。公女様、うちの子はどのような立場で振舞っているのか、その辺りの情報は入って来てはおりませんの?」

「さて、私もそこまでは。ただ嬉しいことに、バルティーニュ公のこのような時分での急いた行動と、禁事棟内を無視した内皇庁の動きに対し、選帝侯家に連なる者として断固たる抗議を行ってくださっているようです。私共は外にそのようなことができる身内を残してきませんでしたから、実に頼もしい事です。夫人、明日が済みましたら是非とも紹介してくださいませ」

「ええ、勿論です。きちんと私の思いも代弁してくれているようで何よりですわね。もし次に皇帝戦があるようであれば、私ではなくエドガーが選議卿として参会しましょうから、是非とも次期大公閣下であらせられる公女殿下とは引き合わせねばなりませんわ」

「うちのお養父様はまだまだ現役でしてよ、夫人。けれど私も、シンブラン伯のようにご自分の意見もなく貴重な票を流されていらっしゃる公子より、そのように理解ある方と仕事をしたいものです。ふぅ……中々、思うようにはいかないものですわね」

「ええ。ですがそのようにおっしゃって下さる方が一人でも増えれば、あるいはそのような未来もあるかもしれません」

「私はそのためであれば力を惜しみませんわよ。元より、ギュスターブ王廃立となれば、これを立てたヘイツブルグ大公の面目は丸つぶれです。貴国の貴顕らの紛糾が、今から目に見えるようです」

「果たしてそれを諫める力が、私の甥にあるかどうか……」

「なくとも、現コランティーヌ公がいらっしゃれば不安なことなどなさそうですけれど」

「まぁ、公女様。紹介する前からそこまで買ってもらうのは流石に恐縮ですわ」

「現公爵を知らずとも、私はコランティーヌ夫人を信じておりますもの。私共若手の公子公女にとってこれほどに頼もしい夫人が、母としても頼もしくなかったはずがありません」


 他国の継承問題にもかかわる際どい話ながら、まったく隠すことも遠慮もなく支持を表明して見せたところで、シンブラン伯がごくりと大きく喉を鳴らして生唾を飲むのを見た。

 今は目先のことでいっぱいいっぱいで、ここを出た後の国許のことなど考えていなかったのだろう。だがそうはいくまい。

 ヘイツブルグ大公の意図は、今なおよく分からない。だがギュスターブにその資格がないことは百も承知しているはずで、元よりヘイツブルグ大公は“捨て身”なのではないかという気さえしている。そのギュスターブが廃立、ましてや王籍簿からの(さく)(はく)ともなれば、国許でのヘイツブルグ大公の権威はいかほどまでに落ち込むことだろうか。

 あるいはそれでいてなお追及を振り切る策がある可能性もなくはないが、そんなことはどうでもいい。今大事なのは、シンブラン伯がヘイツブルグ大公、そして現後継であるウィクトル公子を見放すことだ。その栄華は、現大公家ではない、現大公家の傍流、元公女コランティーヌ夫人の家系にこそある。そう思わせたい。

 シンブラン伯の顔を見る限り、おそらく国内でもそういう派閥は元々いるのだろう。だがこれまではコランティーヌ夫人自身がそこまで積極的ではなかったのではなかろうか。それが今になって、これほど赤裸々に他国の次期大公相手に野心を語って見せているのだ。夫人がその気になったことは一目瞭然である。

 まだ夫人側につくことを表明している者も少なかろうが、だからこそ、今がどれほど貴重な状況なのか。彼はそれが分からないほど、欲のない人間ではない。






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