11-43 ウィクトル公子
「皇帝候補アルトゥール十六票。同じくリュシアン十六票。リヴァイアン五票。アブラーン六票。ギュスターブ七票。計五十票。これにて本日の仮投票を終えます」
選帝議会四日目、午前。
三度目にして最後の仮投票で、遂にクロイツェン派に並んだベルテセーヌ票に、ざわめきは昨日をもしのぐものとなった。
移動票はセトーナ派からベルテセーヌ派への一票。これは昨夜、どうやら随分と頑張ってくれたらしく、執拗に『褒めてくれていいよ』と甘えていらしたマクシミリアンさんの功績である。一応、恥ずかしさも忍んで膝を差し出したっぷりと撫でまわして褒めておいたのだが、どうやらちっとも甘やかし過ぎではなかったようだ。
動いたのはトレファーノ司教票だろう。最終日にしか票は動かさないと称したテスティーノ猊下の一票と、今なおそこでしれっとクロイツェン派を装っているマシェロン伯が明日の本投票で寝返れば、勝ち目は十分に見えて来る。だが未だにギュスターブに七票が存在している。よもやヘイツブルグの選議卿らが本気でそのつもりとは限らない。そこで大番狂わせされても困る。この最終日もまったく油断はできないところである。
そうは思っているものの、あからさまに顔を歪めてジロリとこちらを睨んでいるザクセオン大公を見れば、積年の思いも報われるような良い心地であるのは間違いない。それを後ろから大層いい顔でニコニコと眺めているマクシミリアンも、隠すことなく愉快そうだ。
議会が終わると、弾むようにやって来たマクシミリアンにはクロイツェン派からの厳しい視線が投げかけられた。やはりザクセオン選帝伯の二票は大きな痛手なのだろう。
「トゥーリが見たら胸ぐらをつかんで説教しそうなドヤ顔ね」
「そのくらい笑って受け入れられる心地だよ。本戦はまだだけど、父上殿のあんな歪んだ顔を見られただけでもリディについた甲斐があるというものだよ。有難う、リディ」
「私にお礼を言われても……」
苦笑を浮かべつつ、厄介な人達に捕まる前にと早々議場を退出し、東棟に向かう。
一昨日や昨日と違い、今日はこれといって決まった予定は入っていない。ただ夜には東棟に皇帝候補達を招いての晩餐会が催されるので、それまでにすべきことはすでにいくつか候補として挙げてある。
昨夜不在だったマクシミリアンともその予定を話しながら三階に向かったのだが、どうしたことか、ヴァレンティンの区域に入るや否や待ち構えていたらしいフィリックに取っ捕まり書斎に引きずり込まれた。
「フィリック、何事?」
「クク経由でシュルトから急ぎの連絡です」
パパッと机に広げ置かれた鳥文は、一枚目を手にした瞬間からリディアーヌに眉をしかめさせるに十分すぎる内容だった。
いわく、昨夜フォンクラーク国内でギュスターブ廃位が正式に決し、今朝にもバルティーニュ公が皇帝候補資格の再棄却申請を提出、最低でも無効票申請の受理の審議を求める進達を行ったという。
フォンクラークとしては何としてでも選帝議会最終日より前に、ギュスターブの皇帝候補という立場や肩書きをすべて奪い去りたかったのだろう。その気持ちはわかる。だが……。
「正直今となっては、ヘイツブルグ大公らの七票が無駄にうろうろするより、ギュスターブにまとまっている方がいいくらいなのだけれど……」
「おそらくバルティーニュ公爵殿下は本日中にもこの審議を決するおつもりでしょう。本来皇帝戦中に重大事は決せられないはずですが……」
「実際に外では内皇庁により議会が招集され、審議が決まってしまっている。下手をすればこの審議は通過しかねないということね。ふぅ……まったく、やってくれるわ……」
勿論、皇帝代理たる選帝侯を無視した重大事の既決など有り得ないし、選帝議会により王国議会に出席できないベルテセーヌ王リュシアンも案件を棄却する権利を持つ。だがその棄却の権利も外部との接触が一切行えない規定にある禁事棟内ではできず、出来たとしても選帝議会が終わった後だ。それでは意味がない。
「兄が調べてきたところによると、アルトゥール殿下が昨日、ギャロワ侯と密かに接触をしていたようです。それと合わせて、外でもオランジェル侯がフォンクラーク王への処断に随分と積極的であるとか」
「オランジェル侯が? 一体何の得があって?」
「フォンクラークとベルテセーヌとの関係が冷え切っていることは周知の事実。どうやら外部からも、フォンクラーク票をクロイツェン票に流すつもりのようです。外部の流れがこちらに直接影響するわけではありませんが、我々同様、他の家門も外の情報は仕入れているでしょうし、クロイツェン派のオランジェル侯が元フォンクラーク派を手厚く迎合しているなどと伝われば……」
「今のフォンクラーク派から票が転じるとして、クロイツェンに流れる可能性が大きい」
「ええ」
ふぅ、まったく……こういう外からの介入を無くすための禁事棟なはずだが、結局はこうなるのだ。オランジェル侯も、もし次の皇帝がベルテセーヌから立てば自分が三侯としての地位を降ろされる可能性が高いので必死なのだろう。それは分からないでもないが、そのせいでより一層、絶対に引きずり落してやるという気にさせられたことも間違いない。
「リュシアンの御世では、オランジェル侯の再任は消えたわね」
「私怨ではありませんか?」
「今それくらい、私は大層腹を立てているの。権力者に対して、個人的に恨みの有る人物についての悪評を囁くくらい、基本中の基本でしょう?」
「姫様にそんな基本をお教えした覚えはありませんが……まぁ、父や兄が教えていたとしても驚きはしませんね」
勿論、その決定権はリディアーヌにはなくリュシアンにあるのだが。
でも後日、存分にオランジェル侯が煩わせてくれたことについては愚痴らせていただこう。
「シュルトからの報告では、セリヌエール夫人が“皇太子妃”をかくまっていることも話題になっているそうです。そのせいもあってか、ヘイツブルグ大公家の本命は最初からバルティーニュ公と共謀した上でのギュスターブ廃立から、クロイツェン擁立であったのか、などとも囁かれているようですよ」
「それについてはナディアの責任がないでもないけれど、それにしてもトゥーリのお妃さまは皇帝戦を退いてなお煩わせてくれるわね」
「いずれにせよ、このままヘイツブルグ票を無視し続けるわけにもいかなくなりました」
さすがにフォンクラークを始めベルテセーヌにもクロイツェンにも敵意を抱いているらしいヘイツブルグ大公が、ギュスターブ王が皇帝候補から降ろされたところでクロイツェン派に寝返るということは無いだろう。そもそも最初から、何のためのギュスターブ王擁立なのかすらよく分からないが、本気でギュスターブを皇帝にするつもりでないだろうから、それについては間違いないと思う。
それでいて最終的にヘイツブルグ大公がどこへと票を投じるつもりなのかは分からないが、クロイツェンでさえなければ問題はない。
ヘイツブルグ大公の三票はそれでいいとして、問題はウィクトル公子とギャロワ侯、シンブラン伯の三名四票だ。現在のベルテセーヌの見込み票はプラス二票で、うち一票はクロイツェン派からの奪取になる。だがウィクトル公子以下の四票がクロイツェン派に転がれば、再びクロイツェン派が逆転することになる。それは看過できない。
だが彼らから票を獲ろうにも、ギャロワ侯は大公の腹心であり、シンブラン伯は上に媚びてコロコロと意見を変えそうな人物である。どちらもヘイツブルグ大公の意向に従いそうであるし、ましてやウィクトル公子などは猶更だ。
「あまり期待は出来ないけれど、ウィクトル公子をこちらに引き込めれば、ギャロワ侯やシンブラン伯を引き込む取っ掛かりにもなるかしら……」
「公子殿下を引き込めますか?」
その問いには、生憎とリディアーヌも堂々、勿論とは言えなかった。
「可能性があるとすれば、ベルテセーヌ派への勧誘よりもセトーナ派やカクトゥーラ派に誘導だけれど。一応、人たらしなミリムを連れて午後一番で接触を試みてみましょう」
「こちらからの招待は大公の目もあり、拒絶されるかと思いますが」
「食堂でなら避けようもないでしょう?」
「想像して思わず同情を感じてしまいましたが、そういえば同情せねばならない相手ではありませんでした。エリオットにヘイツブルグ区域を監視させ、食堂に出向くタイミングを知らせるよう指示いたします」
それでこそフィリックである。
フィリックが指示を出しに向かっている間にも、同じく事情を聞いてやってきたマクシミリアンと共にシュルトが寄越した情報を閲覧し整理する。
中にいるとあまり外の喧騒を感じることは無いが、外は外で、随分ときな臭い情勢のようである。こちらで皇帝が定まるその時まで、大人しくしてくれていればいいものを。
「次期皇帝側近を巡る内皇庁の争いか……想像もしたくないね」
「次から次に何かが起きるこの禁事棟の方が、ある意味ではまだ静かなのかもしれないわね」
そんなことを言いながら若干呆れつつすべてを閲覧したところで、「お出ましのようですよ」とフィリックが声を掛けに来た。
***
すでに一昨日も昨日もあれやこれやと忙しくしてきたつもりだが、今ほどに気が重い面会もない。
何しろ、あの一見無害そうなウィクトル公子という人とはそれなりに言葉を交わしそれなりに親しんでいるつもりなのに、ちっとも仲良くなれている気がしない。
その理由が……。
「ごきげんよう、ウィクトル公子」
「やぁ。ここで会うのは珍しいね」
偶然を装って近づいてみたところで、先日頑張って親しくなったつもりにもかかわらず、脅えたようにビクリと身をすくませて口ごもる。
記憶が正しければ、以前は別れしな、落ち着いたら公子公女でお茶会をしましょうよという話に喜んで同意をしてくれたはずなのだが、そんなことなかったかのような拒絶の色だ。これはよほど誰かが傍で日々、あの二人と関わっては駄目だとあることないこと吹き込んでいるのではなかろうか。
もっともそれを見分け、自分の意思を持ててこその公子だと思うのだが、すでにそんな期待は持っていない。
「ごきげんよう、お二方……」
「折角ですから相席してもよろしいですか?」
「私達だけだとまた大公達に絡まれそうだからね」
「……あ」
どうしようかと逡巡したのが分かった。少し視線をさ迷わせ、それから今にも『もう食事は終わりましたので』とかいって立ち上がりかねない雰囲気に、無理やりでも言いくるめてしまおうかなどと思っていたのだが、そんな強引な策を凝らすまでもなく、「あらよろしいですわね」という女性の声に先を越された。
どうやらちょうど、ウィクトル公子の伯母でもあるコランティーヌ夫人がいらしたところのようだ。
「伯母上……」
「次代を担う者同士、交流を深めるのも公子の務めですよ。ただでさえ貴方は自分から積極的に交流を深めるなど出来ない性質なのですから、お二人とお話ししてよくよく学びなさいませ」
そのまま一緒にいるノヴェール伯と共に颯爽と離れた席に向かった夫人に、ウィクトル公子の顔色が悪くなった。
確かに、少々棘がある気がしないでもない物言いではあったと思うのだが、しかし今は好都合だ。夫人の助け舟を有難くお借りしよう。
「得手不得手はあるものですわ。私達はただ世間話をご一緒しましょうというつもりなだけですから、どうぞ気負わないでくださいませ」
「そうそう。ヴァレンティン大公のように」
「ミリム、あれは得手不得手の問題ではないわ。うちのお養父様のはただの面倒くさがりというのです」
「ふふっ」
マクシミリアンが冗談で場の雰囲気を和らげてくれるのを幸いと、返事を待たずにスルリと相席するべく椅子に座る。
どこぞの皇子様ならここで『同意した覚えはない』と嫌味の一つも言ってくれるところだが、思った通り、ウィクトル公子は強引なリディアーヌ達にも目を光らせている伯母にも逆らうことはできないらしく、言葉もなくお皿の上の豆を突いた。
少々申し訳なさはあるが、今はそんなことを言っている時分でもない。
「ウィクトル公子は豆料理がお好きですか? 南部では豆の煮込みはよく食すとフォンクラークの友人も言っていました」
今日もパラメア妃の相手を頼んでいるフランカの代わりにクラウス卿が二人分の食事を配膳に行ってくれる。そちらは任せてまずは気をほぐすための当たり障りのない会話を始めてみたが、ささっと水の入ったグラスでたっぷりと器に盛られた豆料理のお皿を隠そうとするウィクトル公子にはあまりいい話題ではなかったようだ。
何故だろう? うぅん?
「リディはパンとバターだね。そろそろこの禁事棟のバター、食べつくすんじゃない?」
「おっと……さすがにそこまでではないわよ。それにミリムこそ、いつもはたっぷりのジャムを幸せそうに頬張るくせに、ここのところバターばかりではなくて?」
「私はリディが好きなものを一緒に美味しく頬張りたいんだよ」
「まぁ。素直に、こんなにおいしいものを隠し持っていたトゥーリが憎い、って、本音を囁いてくれていいのよ?」
「まぁ……いや、それって実はただリディがバターを独占したいだけだったりしない?」
その言葉のままに、さっさと机に料理を並べて行くクラウス卿が、今日も今日とてたっぷりのクロイツェン産バターを添えてくれた。四日間食べ続けてもまだ飽きない。ヴァレンティンでも馴染みのある少し固めの白パンとの相性がまた実に良い。
「バター……クロイツェン産なんですか?」
「らしいですよ。ウィクトル公子はお食べになりました?」
「え、ええ、まぁ。ですがそんなに違いを意識してはいませんでした」
「そちらの煮込みにも同じバターが使われていますよ。私はあまり豆料理は日頃食べないのですけれど、私の知っているものより風味が格段に良くて、私も気に入りました」
「あぁ……気のせいではなかったんですね」
ようやく少し緊張がほぐれてくれたか。だが偏りの有るお皿の上のラインナップにコソコソとそれを隠しがちな公子に、これ以上食事の話は無難な話題ではないだろうか。
別に、なんら恥じる事なんてないと思うのだが、よく知らない個人の事情に突っ込んで文句を言っても仕方がない。
「リディは本当にいつも、楽しそうに食事をするよね」
「ここではそのくらいしか娯楽もないのだもの」
「そう言えば公子、知っていますか? 北棟で王子様方は呑気にカードゲームに興じながら暇をつぶしているらしいですよ」
「そうですか……」
「まったく、呑気にもほどがあるというものですよね」
「そうですね……」
「……」
う、うーんっ。全然話が続かない。思わずマクシミリアンとチラリと視線を交わして、これもダメか、と言わんばかりの心の声を囁き合う。一体何を話題にすればいいのか。
「えっと……アンナベル妃殿下とは五日間も離れてお過ごしですし、お会いできないと少しお寂しいですわね」
「ええ、まぁ。ですが外の方が気楽なのではないですかね」
い、いやいや。ヘイツブルグ大公家は大公も、その姉も、跡継ぎの公子も、みなこの禁事棟の中にいる。すでに新たな皇帝の誕生と帝国議会のために多くの王達や重鎮達、外国使節らも皇宮へとやってきている中、一応外での大公家の全権を担うことになる公子妃にかかる負担は相当なものであるはずだ。
ヴァレンティン家でもパトリックどころかフィリックまでが禁事棟に籠もらせてしまうものだから、パトリックの夫人であるエレイーズには各種対応の申し合わせや指示などに大変な時間を割き、面倒をかけるがくれぐれもよろしく頼むと頼んできた。アンナベル妃の負担はそれどころではないはずだ。
それともヘイツブルグではそうではないのだろうか?
いや、そんなはずはなかろう。ただでさえギュスターブ王の件で、その擁立家門であるヘイツブルグは大変な騒動に巻き込まれているはずなのだが。
どうしたものか。この辺りからギュスターブの件に話を繋げたかったのだが、中々うまく取っ掛かりが得られない。これがわざとであり計画性なのであればやりがいを感じないでもないのだが、何しろ目の前のこの公子はただ本当に何も自分では考えていないかのような様子なのである。
であればもう少し直接的に、その淡泊な回答でさえ避けようもなく意味を持つ話題にしてしまうべきか。
「外ではギュスターブ王の資格剥奪の動きが起きているそうですけれど。お聞きになりました?」
「っ……」
びくりと手を止め硬直したウィクトル公子の視線が、ようやくチラリとこちらを見た。あくまでも雑談ですよというスタンスを取るためにニコリと微笑んで見せたのだが、やはりまたすぐに視線はそらされてしまう。
「いえ……存じていません。外との情報は遮断されているはずですが、公女はよくご存じですね」
「どこかしらから、話というのは聞こえてくるものです。それに公子はギュスターブ王擁立派でしょう? 知らぬというわけには参らないのではありませんか?」
おっと。思わず少し言葉に棘がこもってしまった。
だが大丈夫。これは世間話、世間話。
「私はっ」
だがこんなささやかな突っ込んだ言葉にも過敏に顔を歪めたウィクトル公子に、すかさず「あまり選帝議会の最中にあれやこれやと外で勝手はしないでほしいものよね」「まったくだよ。色々と予定が狂って仕方がない」とマクシミリアンと共に愚痴を申して差し上げる。別に、私達はギュスターブ王とその擁立について批難なんてしていませんよという雰囲気を作るためだ。
だがいつまでもこのまま無意味な会話ばかりしているわけにもいかない。食事の時間だなんて大した時間ではないのだから、なんとか本題に入りたいものだ。いっそ、席を立たせる覚悟で突っ込んでしまうべきか。
「でもだからと言って、理解できるというわけでもありませんけれど」
「っ……」
「公子は何かご存じですか? ヘイツブルグ大公閣下が、その気はないと言いながらもどうしてギュスターブ王を擁立するのか。理由があるのであればちゃんと聞いてみたいものなのですけれど、閣下ったら、取り付く島もないのですもの」
暗に、ウィクトル公子だってギュスターブ派なんだから、それには理由くらいあるんでしょう? ないわけないわよね? という追求だ。
別になんらおかしな質問ではないし、票を獲り合い探り合うこの場では堂々と論説を垂れてもいいくらいのなんてことのない質問である。貴方が貴方の王を擁立する理由は何ですかという、最も初歩的な質問でもある。
だからこのくらいは何の問題もなかろうと選んだ質問だったのだが……。
「ッ、貴方方には分かりませんよっ!」
ガタンッと席を立ったウィクトル公子の思いがけない大きな声に、リディアーヌもマクシミリアンも、キョトンッと目を瞬かせてしまった。もれなく、周囲からの視線も集まる。
「えーっと、ウィクトル公子。落ち着いてください。リディは特に変なことは聞いていませんよ? ただ……」
「そりゃあ貴方達は素晴らしい方達ですから、大義も名分もあるんでしょうッ。ですが私にはそんな権利も権限もないんです! 私に聞かないでください!」
バンと机にナプキンを置いた公子は、一度チラリと遠くでこちらを見ているコランティーヌ夫人を見ると、バツが悪くなったかのようにフイと視線を逸らし、そのまま足早に食堂を飛び出していった。
「……」
「……」
う、うむ。どうしたことか。さすがに二人とも、言葉が出なかった。
そんなに変なことを聞いたか? そんなにまずかったか?
そりゃあ公子がほとんど父大公の言いなりであるのは理解しているが、それでも公子、それでも次期大公だ。嘘でも自分なりに自分の意見くらい考えていてしかるべきであり、こういう追求をされた時の返答くらい用意しているものではないのだろうか?
なのにこれは、ナプキンを放り出して無作法に立ち去るほどの大変な質問だったか?
思わずポカンとしたまま言葉もなく座っていたところで、「はぁ、まったく」とため息を吐きながら声をかけてきたのはコランティーヌ夫人だった。
あえて遠くの席を選んでいたのでこちらでの会話が綺麗に聞こえていたわけではないと思うのだが、さすがに先程の公子の態度には頭を抱えたようである。




