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ザマァ後のこの国をどうしてくれる―亡き王女の悔恨―  作者: 灯月 更夜
第十一章 <帝暦732年春-後半>
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11-40 修道士事件(2)

 エティエンヌ猊下もまた小聖堂へと書記官であるアルセール先生を呼びに行ってくださったため、しばらく議場でエリジオ卿とアルセール先生の求めに応じて必要な手続き書類の作成を行った。

 ほどなく、「一体何事ですか?!」とサンチェーリ司教に連れられたアンジェッロ司教が駆け込んできた。

 うちの大公様がまだだが、アンジェッロ司教がそれを待ってくれるはずもなく、「ご説明を願いたい!」と、大層な権幕である。

 さらにこの騒ぎを聞きつけたのか、ざわざわと人が集まってきてしまった。急ぎ駆けこんできたのはドレンツィン大司教とシリアート司教で、そこにラモーディオ枢機卿猊下にテスティーノ枢機卿猊下を始め、トレファーノ司教、クレメンテ司教、ペラトーニ司教と、おおよそうちのカラマーイ司教を除くほか全ての聖職者が集まった。ザクセオン大公とレタクール侯、ノヴェール伯にロイタネン伯など、どうやら手隙だったらしい選議卿達も集まってくる。なのにうちのお養父様がいらっしゃらないのは何故だろうか。

 そんなことを思っていたら、少し遅れてパトリックがやって来た。


「パトリック。お養父様は?」

「お部屋に不在につき、只今サリニャック侯が探して下さっております」

「……」


 やはり行方不明だったか。一体どこで何をしていらっしゃるのやら。


「公女殿下、ご説明を願いたい! 私の近侍をそのように拘束して、どういうつもりか!」

「説明を願いたいのはこちらですわ、アンジェッロ司教。近侍は中央棟には入れない規定のはず。なのにこの方を、それも私共のヴァレンティンの個室に通じる裏道で、聞き耳を立てていらした侵入者です。むしろそちらから弁明は無いのかしら?」

「言いがかりをッ!」

「言いがかりとはひどいな。私と、そして部屋にいたエティエンヌ猊下、サンチェーリ司教、騎士のフィンツ卿とイーデル卿、すべてが証人だ」


 折よく、裏道を封鎖していたマクシミリアンもやって来た。イーデル卿はいないが、部屋の護衛か封鎖の続きにでも残してきたのだろう。


「皆、同派閥の者達でしょう。そのような証言、無効です! 私は近侍を中央棟に入れたりなどしておりません!」


 すぐに自分のことを擁護する辺りすでに怪しさが漂っていない気がしないでもないのだが、「確かに」「その通りだ」とドレンツィン大司教レタクール侯などがこれを庇う。外野は黙っていてもらいたいものであるが、まぁいい。


「同派閥といいますが、騎士達は無関係でしょう。必要なら埃っぽい裏道に残っているであろう足跡を照合させますか? それともどうやって彼がヴァレンティンの部屋にやって来たのかの足取りを逐一検証させますか?」


 そんな面倒なことをと思うが、必要なら構わない。少なくとも、この中央棟は一階にも二階にも騎士が立っており、アンジェッロ司教の近侍が正面からヴァレンティンの部屋にやって来たこと、並びに連れ込まれたことは否定できる。それにリディアーヌ達が部屋にやって来た様子も通った道も、彼らが確認している。こちらが連れ込んだとは言わせない。

 それを分かっているのか、皆も言葉を(つぐ)んでいたところに、一度席を外していたエリジオ卿が何人かの騎士を連れて戻って来た。仕事が早くて助かる。


「そちらのテッサーリ修道士は、先程小聖堂に向かうので通行を許可してほしいとの申し出のもと、地階よりいらっしゃいまして、自分が小聖堂側の通用路の前までお送りしました」


 最初に発言したのはどうやら中央棟地階の番をしていた騎士らしい。これに続けて、先程まで小聖堂にいたアルセール先生が、「修道士の来訪は聞いておりません」と付け加える。


「閉鎖された裏道は地階とこの上の騎士の物見塔に通じている。地階からの侵入経路は有り得なくはないな」

「私は通用路の先までお見送りした後、施錠の上、東棟とのホールへの警備に戻りましたが」

「小聖堂と中央棟との通用路の鍵を持っているのは?」

「私と教皇聖下です」


 アルセール先生が首から下げていた革紐を手に、鍵を示す。自分の鍵はここにある、という意味だ。ということは彼が使ったのは教皇聖下が持っていたはずの鍵ということになる。

 ここで聖下まで引きずり出してきて責任を問うこともできなくはないかもしれないが、ちらりと見渡した聖職者達の顔色を思えば、ここは我慢のしどころだろうか。元々聖下の推薦という形で選議卿になっているアンジェッロ司教に痛手を負わせられるなら、それだけでも十分である。


「つまりそちらの侵入者、テッサーリ修道士の罪は、教皇聖下から鍵を盗んだ罪、立ち入りが禁じられている中央棟に立ち入った罪、そしてヴァレンティン大公家に対し、盗聴という不敬を働いた罪で宜しいかしら?」

「ッッ!」


 アンジェッロ司教がまだ何か言いかけたが、アルセール先生がすかさず「盗聴は不敬だけでなく選帝議会の誓約違反にも当たります」と付け加えたせいで、思わず口を閉ざしたようだった。

 確かに、選帝議会は教皇聖下の取り仕切りのもと、違反なく誠実な心を持って儀に当たることを神々に誓っている。選議卿達だけでなく、近侍の者達も禁事棟に入る際には聖職者立ち会いでその旨の誓約書を書いているはずだ。それが神に誓う者である以上、聖職者にとっては致命的ともいうべき罪になるのではなかろうか。案の定、縄に繋がれ冷たい床に座らされているテッサーリ修道士の顔色が真っ青に冷め上がり、恐怖に引き攣った。

 こんな大層なことをしでかすくらいだ。最初から罪の重さが分かっていたのかと思ったが、どうやらそうでもなかったようだ。案の定すぐに、「私の意思ではありません! ただ迷ってしまっただけで!」と見苦しい言い訳を始めたが、それはリディアーヌがどうこう言うまでもなく、「あの状況でか?」「頬についた埃の跡は消せないよ」とエティエンヌ猊下やマクシミリアンにすっかりと口を噤まされた。


「証拠と罪は明らかね。エリジオ・フィンツ卿、規定に則って、罪を犯した修道士を議会終了まで拘禁していただけますか?」

「私の近侍をッッ!」

「アンジェッロ司教、まだ物申したいことがあるのでしたらお伺いしますわよ。例えば、テッサーリ修道士の行動は自分の指示であった、などとお庇いになりたいのでしたら、どうぞ」

「ッ、私は無関係だ!」

「だとしても、管理不行き届きの罪はございますわよ」

「ッ」


 当然、それを見過ごしてやるはずもない。近侍の過失は主人の責任である。それは誰もが理解していることであるはずだ。おかげさまですっかりもごもごと口ごもったアンジェッロ司教に、頷いたアルセール先生がその処分の旨を記録しようとしたところで、「だがそれを当主不在のままに決するのは如何なものか」と、黙って傍聴していたはずのザクセオン大公が口を挟んだ。

 アンジェッロ司教はクロイツェン派であるから、その勢いを削ぐわけにはいかないのだろう。さすがに今朝のクロイツェン票に対するベルテセーヌ票の追い上げが大公を少なからず焦らせているのかもしれない。

 さて、どうしたものか。だがそれは時間が解決してくれる。

 案の定、考えている内にもバーンッと扉を開け放ってうちのご当主様ことヴァレンティン大公がやって来た。どうやら無事にサリニャック侯が見つけてきてくださったようだ。


「うちの可愛い愛娘を覗き見などという()(しつけ)な目で汚したのはどこのどいつだ!」

「お養父様……入室早々、有りもしない罪まで増やさないでください。汚されたなどという汚名を着せられては困りますわよ」

「むっ。間違えた! うちの愛娘もいるうちの部屋に侵入を企んでいた痴れ者はどこの誰だ!」


 ええ、それで結構です。まったく、娘の事となればいつもの引きこもりがどうしたというほど活動的になるのだから。


「こいつか……修道士の分際で……」


 つかつかと石畳を鳴らして階段を下りてきたヴァレンティン大公が、いつもの憮然とした様子とは裏腹な、あからさまな怒りの面差しで見下ろすものだから、もれなくテッサーリ修道士の顔色が青を通り越して真っ白になった。


「リディ、こいつをどうするつもりだ」

「どうも致しませんわよ。禁事棟の規定に則って処し、後日、選帝侯議会にて手順に則って裁いてくださいませ」

「ちっ」


 二重にも三重にも煩わしそうな舌打ちに、ガクガクブルブルと修道士が小さく丸まったところで、今度はじろりと養父の目がアンジェッロ司教を見た。


「これの飼い主はお前か?」

「ッ、私は何ら関係ありません! そやつが勝手にしたことっ。いや、あるいは私に罪を着せるべく、誰かが画策して……そうっ! 聖下から鍵を盗み出せるとしたら、それは同じ小聖堂に滞在しているアルセール司教か、あるいは度々小聖堂に出入りしていらっしゃるエティエンヌ猊下なのではありませんか?! さては自作自演では?!」


 もれなくこちらに罪を(かぶ)せてこようとしたようだったが、それには間髪入れずに、「それは罪の上塗りですよ」というラモーディオ枢機卿の淡々とした声色と、「恥知らずにもほどがありますね」というテスティーノ枢機卿の苛立ちを孕んだ声が咎めた。

 ラモーディオ枢機卿はセトーナ派、テスティーノ枢機卿は一応今の所クロイツェン派だ。そんな別派閥からの声である上、枢機卿が声を挙げれば、アンジェッロ司教とて下手にエティエンヌ猊下やアルセール司教には罪を着せられまい。アンジェッロ司教は測り違えているようだが、ラモーディオ枢機卿は公正を是とされる堅実な御方であるし、テスティーノ枢機卿は枢機卿らの和を重んじる御方である。

 一介の司教が対立派閥とはいえエティエンヌ枢機卿に罪を着せようとすることを快く思うはずもなく、また他派閥の枢機卿からも評判の高い教学派の才識であるアルセール先生に疑いをかけるなどもってのほかである。


「まどろっこしい他人の意見はどうでもいい。おい、お前。どこの誰の指示で何をしていたか、洗いざらい吐け。さすれば後日の減刑もあるだろう」


 再びテッサーリ修道士を上から睨み下して問いただす養父に、何を思ったのか、ツカツカとやって来たザクセオン大公が呆れ顔で二人の間に割って入り、「やめなさい、ヴァレンティン大公」と養父を押しとどめた。


「そのように威圧しては恐縮してしまうだろう。すでに、アンジェッロ司教とは無関係である、独断であったことは明白となっている」

「だが私はそうとは耳にしていない」


 ザクセオン大公の手を避け修道士を見やる養父に、一つため息を吐いたザクセオン大公がそれを押しとどめる。


「テッサーリ修道士、貴殿の言葉で選議卿にあらぬ疑いをかける。それを覚悟して、もう一度きちんと証言なさい」


 一見してガラの悪い大公様とそれを遠ざけて冷静さを促す真面目な大公様の図であるが、ザクセオン大公の物言いを聞けば、そこに明らかな示唆が含まれているのが分かる。すぐに「それはそれで脅し文句のようではありませんか?」とリディアーヌが口を挟んだが、つられたように外野が「そうだ」「そうじゃない」と騒ぎ立て始めると、収拾がつかなくなった。

 それをパンパンッと手を叩いて(いさ)めたのは、(くせ)(もの)(ども)を束ねることに慣れているザクセオン大公だ。


「それで?」


 くしくも主導権があちらに移ったまま、改めて問いかけたザクセオン大公に、ガクガクブルブルと震えていた修道士が顔をあげる。


「わ、わた、私は……私は、ただ、本当に……道に迷っていただけでございます。禁忌を犯すつもりも、ましてやヴァレンティン大公家の応接間に聞き耳を立てるような真似、断じてするつもりはございませんでしたッ……本当ですっ!」

「それで? アンジェッロ司教は関係しているのかね」

「とんでもございませんっ! 私はただ、小聖堂の教皇聖下に(まっ)(こう)をいただきに参ろうとしただけでっ」

「通用路まで騎士に送り届けてもらいながら、わざわざ道を引き返して隠し扉を使って裏道に入り、地階から階段を四つ上がり、三階に戻って明かりも灯っていない埃っぽい道を突き進んだのが『道に迷って』ですって? いくらなんでも言い訳にならないわ」


 再びリディアーヌが口を挟んだところで、さすがに今回は方々からも野次は飛んでこなかった。当然である。


「ッ……で、ですが、司教様が無関係なのは事実です!」


 ふぅ……なるほど。一体アンジェッロ司教とこのテッサーリ修道士がどのような関係なのかは存じていないが、これだけはっきりと庇うのだから、どれだけ揺さぶったところでアンジェッロ司教に直接的な罪を(かぶ)らせることはできないだろう。もう少し隙のある修道士であったなら、口を割らせ、アンジェッロ司教の選議卿としての地位を脅かしてやったものの。いや、だがそれは流石に他の聖職者達も気分良く思わないかもしれない。では落としどころはどのあたりか。


「どうやらアンジェッロ司教は無関係のようですわね」

「そう申しております、公女殿下!」


 あぁ、はいはい。


「とはいえ管理不行き届きを咎めないわけには参りません。このような時分、正式な面会による話し合いを盗み聞くなどというのは大罪ですもの。それはどうお考えなの? アンジェッロ司教」

「それはっ……確かに、私の管理不行き届きは認めます。ですが私は無関係なのですから、テッサーリを幽閉し、その上で後日正式に処分について話し合うことも認めます。それでいいのでは……」

(ぬる)いですわね」

「ッ」


 アンジェッロ司教がジロリとこちらを睨むが、ちっとも怖くない。それよりも怖いのは、今そこでギラギラとこちらを睨んでいるクロイツェン派の皆様の方だ。リディアーヌはそれをざっと見まわすと、この場の決定権を持つ二人の大公の方を見やった。


「実被害を受けた私、ヴァレンティン公女リディアーヌより、両大公閣下に提案いたします。アンジェッロ司教には今回の件の責任を追及して、既定の議会への参会の時間を除き、東棟ご自室からの外出を制限する罰則を科してはいかがでしょうか」


 ふぅむ……と皆が息をついて考えこむ所に、「今回は情報関連容疑だから、食事も禁事棟付の者に運ばせ、密書のやり取り等がないことも監視を徹底するのがいいのでは?」と真っ先にマクシミリアンが条件を加えた。こうすることで、反対意見も出にくくなるだろう。


「私は聖職者ですっ! 朝晩には祈りを捧げることも聖職者としてっ」

「祈りなら部屋でも唱えられます。私はそうしておりますが?」


 さらにアンジェッロ司教が行おうとした反論は、淡々としたサンチェーリ司教の言葉に噤まされた。

 この状況にクロイツェン派もいささかざわついたものの、すぐに庇う言葉は出てこない。口を噤んで考え込んでいるザクセオン大公も、この辺りが落としどころだと思ってくれているはずである。

 なのでもう一押し。


「幸い、今回はすぐにマクシミリアン公子が気が付いて捕らえてくれたものの、下手をすれば怪我をする可能性もありました。また、話していた内容がどこに漏れているともしれません。そんな心配事に労力を割いて司教を警戒し続けるのも疲れます。けれどそうですね……アンジェッロ司教がどうしてもそれが受け入れられないというのであれば、今すぐにでも残る選帝侯閣下方を招集し、この場で正式な選帝侯議会といたしましょう」

「その方が手っ取り早いな。すべての状況と証拠を照合して、改めて判断を下そう。司教が修道士と共に幽閉されるべきか。それとも責任を取って謹慎を受け入れるか。まぁ、いずれにせよヴァレンティンは何の罰則も科さないなどという内容で同意するつもりはない」


 はなからその選帝侯議会の決定権を持つ大公の一人がそう言えば、ザクセオン大公もすぐにため息をついて、「わかった」と頷いた。

 何とかアンジェッロ司教の責任を軽くさせたかった所だろうが、うちのお養父様が本気なら、そう簡単にはいかないことは一目瞭然である。アンジェッロ司教から選議卿としての資格を剥奪すると言っているわけではないのだから、ここで折れておいた方がいいと判断したのだろう。


 おそらく今回の件、アンジェッロ司教が無関係などということはあるまい。狙いはヴァレンティンか、あるいはエティエンヌ猊下ら聖職者の方だったかもしれないが、ともあれ、アンジェッロ司教の指示があって情報を盗み出そうとしていたのは確かだ。

 なのでこちらとしても、このような強硬手段を取るアンジェッロ司教から手足となる近侍を引き離し、さらに司教自身の身動きを封じることができるというのであれば十分である。


「誰か、ヘイツブルグとダグナブリクを呼んできなさい。テッサーリ修道士の選帝議会終了までの幽閉と、監督責任による選議卿アンジェッロ司教の議会以外での外出禁止について、臨時の選帝侯議会として話し合おう」


 ザクセオン大公はそれでもまだ“話し合う”との言葉で招集をかけたが、すでに決まったも同然である。今しばらくアンジェッロ司教がザクセオン大公に何か必死に訴えてはいたが、それをザクセオン大公が諫めている内にも呼び出された残る選帝侯達がやって来た。

 それに合わせて他の選議卿達もぞろぞろと集まったが、事情が説明されるや否や、「そんな温い処分でいいのか? ヴァレンティン大公」などとダグナブリク公が声を上げ、さらにアンジェッロ司教のことなどどうでもいいらしいヘイツブルグ大公が「私はその判断で是としよう」と関心もなく答えれば、あっという間に可決となった。

 この騒動のせいで、エティエンヌ猊下やサンチェーリ司教との会談がほとんど行えないままの中途半端になってしまったことは痛手であった。しかしくしくも、厄介なクロイツェン派の聖職者の身動きを一人封じることができた。予想外の出来事ではあったが、悪くはない。


 三日目も午後となり、段々ときな臭さが増してきた。

 この一件でここ数日の慌ただしさも落ち着いてくれたらいいと思うが……まぁ、そんなことは有り得ないだろう。

 そして一分一秒だって惜しい今、今日も今日とてこれで終わるわけではない。


「ミリム。例の件は、どうする?」

「予定通りに行うよ。リディ、大公達の気を引いておいて」

「受け持つわ」


 こそこそと会話をしながら、禁事棟の騎士に幽閉場所へ連れ出されるテッサーリ修道士と、部屋へと促されるアンジェッロ司教の恨みったらしい顔に睨まれつつ見送ったところで、面倒に巻き込まれたとばかりにヘイツブルグ大公が早々と出て行った。

 ザクセオン大公とうちのお養父様、それにアンジェッロ司教はドレンツィン選帝侯枠の選議卿なので、ドレンツィン大司教もこれに加わり、議決書類の作成に当たる。ダグナブリク公は……仕事のためというより、折角呼び出されたからそのまま冷やかしのために居残っているようだ。あの中に飛び込むのは全く本意ではないのだが、まぁ致し方ない。きちんと事情を説明するという体裁で、リディアーヌは彼らの中に交じっていった。


「またしてもことを起こしてくれたな、公女」

「起こしたくて起こしているのではありませんわ、ザクセオン大公閣下。それにしても、今回のことは閣下にも御礼を申し上げねばなりません」

「なんだと?」

「私一人では侵入者になどちっとも気が付けませんでした。閣下が息子にそのような心得を身に着けさせていてくださったおかげでとても助かりましたわ」

「……ふぅ。そんなものを身に付けさせた覚えはないのだがな」


 そうして大公達の意識を引き付けている内にも、そのザクセオン大公の息子がこそこそとエティエンヌ猊下に話しかけ議場を出て行くのを、視線も寄越さぬまま見送った。

 いつも通り、何事もないふりをしながら日常を過ごして見せるリディアーヌとは別の所で、まだまだ今日は長い夜が続く。

 明日の仮選挙が、今から楽しみである。






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