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ザマァ後のこの国をどうしてくれる―亡き王女の悔恨―  作者: 灯月 更夜
第十一章 <帝暦732年春-後半>
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11-39 修道士事件(1)

 情報は十分に交換できたとはいえ、多少気の重い去り際になったことに思わず眉間に(しわ)を刻みながら廊下を歩いていたら、「せっかくの美人が台無しだぞ!」などと仰いながら食堂から出てきたダグナブリク公に遭遇した。

 まるでうちの子みたくがっしりとマクシミリアンの肩に背を回しているが、一体何があったのだろうか。そのマクシミリアンの顔が随分と疲れ果てているようにも見える。


「そろそろうちのミリムを返して下さるんですか?」

「うちの奥さんと交換ならいいぞ」

「……困りましたね。尊い犠牲と思うべきか」


 そうあっさりと切って捨てようとしたリディアーヌに、カラカラと笑うダグナブリク公は素直にマクシミリアンを解放して下さった。やはり冗談だったようだ。

 この様子だと、すべての周囲からの追及を、『聞くならヴァレンティンに寝返ったこいつに聞け』とマクシミリアンに押し付けたのではなかろうか。彼が疲弊するくらいだから、よほど大変な昼だったに違いない。


 東棟内の自室に向かうダグナブリク公と別れると、リディアーヌは解放されたマクシミリアンと共に一階の奥に向かう。

 道すがら「ちゃんとお昼は食べられた?」と聞いてみたら、案の定、「あの状況で呑気に昼食ができるのは、ヴァレンティン大公とダグナブリク公くらいだよ」と言われた。どうやらうちのお養父様はマクシミリアンに救いの手を差し伸べることもなく、もくもくと知らんぷりを貫いたようである。

 さすが……お養父様。


「結果は?」

「我ながら、上手くかわしたと思うよ。閣下を巻き込もうかと『ダグナブリク公はうちのリディが随分とお気に入りらしいから』という手で攻めようとしたら、それはもう閣下からの怖い視線が止まなかったものだから、やむを得ず、『享楽的で楽しいことを好むダグナブリク公が根暗な君達を好きになるはずないじゃないか』という感じで振っておいた」

「相変わらず、はぐらかすのと喧嘩を売るのと紙一重みたいな受け答えね。なのに貴方がいうとちっとも嫌味な感じがせず聞こえるのだから不思議だわ」

「コツは、いかに相手に責任をかぶせる雰囲気にするかだよ」


 そんなためにもならないコツを聞きながら廊下を突っ切った先のホールで、「それではお帰りをお待ちしております」と立ち止まったフィリック達にひらひらと手を振り、禁事棟中央棟への扉をくぐる。

 目的地は三階、ヴァレンティンの控え部屋だ。昼を過ぎると東棟にはそれなりに人が行き交うので、面会する相手が選議卿なら中央棟の個室の方がなにかと気楽でいい。

 唯一の欠点は、フランカやクラウス卿を連れて入れないことだけである。


 部屋に入ったところで、フランカほどは頼りにならないヴァレンティン付きメイドのリオに指示を出して、応接間に客を迎え入れられるようセッティングとお茶の準備を求める。リオについては多少信用に問題があるのだが、幸い以前パトリックが何やら“お話し”を知れ以来、今のところ妙な動きを見せることもなく働いてくれている。

 そんなリオが準備を終えたところで、ちょうど予定していたお客様であるエティエンヌ猊下とサンチェーリ司教がやって来た。元々最初からこの日のこの時間に会うことは予定していたことだったが、今朝は急にダグナブリク票が動いたものだから、その点もきちんと説明をしておかねばならない相手である。

 ただ、票がこちらに傾いたことは悪い事ではない。エティエンヌ猊下には最初のお茶も乾かぬ内から「突然のことに驚きましたぞ」と早速事情を訊かれたが、幸い会談は穏やかな空気で始まった。


 まずは情報の交換。そしてこちらから猊下には、ずっと気になっていた教皇の様子のことなども伺った。やはり思った通り、聖下の求心力が落ちていることを幸いと、次期教皇の座を狙うエティエンヌ猊下が裏でその力を削いでいるようだった。

 猊下は聖職者らしくニコニコと微笑んで言葉を濁していたけれど、肩をすくめているサンチェーリ司教の苦笑を見れば一目瞭然である。ただあまり聖職者の権力争いに介入する気はないので最低限だけの情報を得るだけに留めておいて、話題を転換させた。


「私の方は先程ベルテセーヌ王に面会してきましたけれど、セトーナ派の聖職者達に揺らぎが見えているとか」

「ええ、我々もそれを感じておりました。いつもは冷静なラモーディオ枢機卿が妙にこちらを避けがちというか、よそよそしくしておりましたからな」


 それを聞いて、マクシミリアンもふむと小首を傾ける。


「今少しセトーナ派の司教様方には突っ込んで揺さぶりをかけたいところですが、あまり堂々と接触してはラモーディオ猊下には睨まれそうですかね?」

「あれはそのような強制力を強いるタイプではありません。ただ公子様、貴方は今後のためにもあまり暗躍しているといった雰囲気を出しておかれぬのが宜しいでしょう。可能ならばあからさまな接触よりも裏から手を回されるべきかと」

「うーん……私としては、あまりリディにばかり悪役じみた真似をさせておくのも落ち着かないのだけれど」

「あら、適材適所ではなくて?」


 リディアーヌは、かつての悪友でもあるマクシミリアンが本気でただ人当たりがいいだけの好青年だなんて微塵も思っていない。そのため今まであまり気にしてはいなかったのだが、エティエンヌ猊下の言う通り、マクシミリアンの今の対外的な印象は出来る限りそのまま維持させておいた方が今後何かと有効だ。

 それはこの選帝議会での話ではなく、もっと先、ヴァレンティン大公家としてという意味でである。


「私はお養父様みたいにのらりくらりと物事を意識しないのも無理だし、気に(さわ)る相手に一言の皮肉も言わずに済ませられる自信もないわ。その点、他人の警戒心を解くのが上手い貴方がそのあたりのフォローをしてくれる存在であれば、頼もしく思うわよ」

「なるほど……リディがストレスをため込まないために有効というのであれば、それも悪くはないのか」


 相変わらず考え方の矛先がリディアーヌに甘い。何とも言えない聖職者達のニコニコとした顔に、つい肩をすくめてしまった。少々気恥しい。


「ただ直接交渉する相手にはそれなりに、少々笑顔で脅すくらいのことは私だってしますよ。あくまでも“裏で”という点は助言通り、そうしますが」

「大丈夫よ。ミリムの“笑顔で脅す”は、なんか後からふと、『え、もしかして今脅されていたの?』なんて気が付いて、背筋を震えさせるタイプですもの」

「えーっと……誉め言葉?」

「誉め言葉よ。ですよね? 猊下」

「ええ、この上なくぞっとするという、最良の誉め言葉です」

「なんでいきなり誉め言葉じゃないニュアンスになったんですか? 猊下」


 うん、そういうところじゃないかな。一見人当たりが良くて優し気なのに、なぜかそのニコニコとしている笑顔の向こうに理由の分からないひやりとしたものを感じる、その顔だ。マクシミリアンという人を知らず誤解していればいるほど、そのヒヤリ感は脅迫的な焦燥を呼び、妙な効力を放つ。まったく、恐ろしいものである。


「まぁそれはいいとして、ミリム、まず接触するつもりなのはどちらかしら?」

「トレファーノ司教だね。協力者のおかげで充分に情報が集まった。あとは接触方法だけなんだけど」


 そこで、司教達と接触してもまったくおかしく見られない協力者、エティエンヌ猊下らの力が頼りになる。マクシミリアンの視線にすぐにそれを読み取ったらしい猊下は、「()(やす)い事です」と頼もしく頷いた。


「目立たぬ場所、目立たぬ時間。そうですね……例えば……」


 今まさに猊下がそれを提案しようとした瞬間、一体どうしたのか、はっと妙な方向に視線を寄越したマクシミリアンに、自然と猊下の口が止まった。

 きょろ、きょろと視線がさ迷って、それから皆に音を立てないよう促すと、ゆっくり、音もなく席を立つ。その様子に、何事なのかと口を開きかけていたリディアーヌもふと口を噤んで、息をのんで静かに辺りを見回した。

 別に、おかしな気配はないと思うのだが、何事だろうか。


「リディ」


 マクシミリアンが小さく名を呼び、ちょいちょいと扉の方を指さすのを見て、リディアーヌは思わずごくりと息を飲み、一つ頷いて席を立つ。

 音は立てないように。じりじり、じりじりと下がって扉に向かい、扉の外に立っているはずの騎士を呼び入れるべくノブに手をかける。

 一方、すでに何度も開くところを見たことのある暖炉脇の隠し扉へと近づいたマクシミリアンは、壁に耳を当て、一つ眉をしかめて振り返るとコクリと頷いた。

 それを見たエティエンヌ猊下が、サンチェーリ司教を立たせ、そろって邪魔にならない奥の方へと身を寄せる。


 どきり、どきりと心臓がきつく脈を打つ。

 フィリックやエリオットがいてくれたならこんなにも緊張はしないだろうに。だがいない以上は、自分達でどうにかするしかない。

 こちらを振り返ったマクシミリアンと視線で合図を交わすと、すっと息を吸い、同時にバンと扉を開ける。


「イーデル卿ッ、入って!」


 外に立つ騎士に声をかけると同時に、部屋の中で「わっ!」と、若い男性のこもった声が響く。

 さらにドン、バタンッと大きな音もするものだからマクシミリアンが心配で振り返ったのだが、どうやら隠し扉の向こうに押し入っているようで姿がみえない。

 焦燥が募り、早く騎士をと思うのだが、どうしたことか、外に立つヴァレンティン付きの騎士であるはずのその人は、おろおろと中を見ているだけで入ってこない。


「何をしているのっ、イーデル卿! 侵入者よ!」

「はっ……あっ、はいっ!」


 ようやくばっと部屋の中に飛び込んではくれたものの、彼はヴァレンティン付きというものの、実際は皇宮直臣らの息がかかった気の許せない存在である。

 あぁ、しくじった。これなら東棟で面会した方がずっとましだった。


「っ、ミリムっ!」

「大丈夫! こほっ。ごほっ……こほっ。大丈夫だけどっ……(ほこり)っぽいっ」


 声しか聞こえないが、声色には余裕がある。バタバタと暴れる音も段々と収まって来た。だがマクシミリアンが「動かないで。一体どこの誰?」などと言っているのを聞くと、ハラハラと気が()いた。

 誰と聞かれねばならないような、予想だにしなかった誰かが、このヴァレンティンの個室に聞き耳を立てていたと? それは事件性しか感じないではないか。


「猊下、すぐに戻ります。この場をお願いします」


 なのでそうエティエンヌ猊下に声をかけると、すぐにぱっと部屋の外に飛び出した。

 一体どこに向かえばいいのか。焦燥で乱れた頭を整えるべく一つ無理やり深呼吸をして、以前パトリックが調べた騎士達の巡回のルートを思い出す。


「近いわね」


 おかげさまですぐにも都合のいい場所に既知の人物がいる可能性を察し、迷いなく階段を駆け下りた。

 もしもその階段で誰かに合えば、さぞかし変な顔をされただろう。だが幸い誰にも遭遇はせず、一階のホールを固めていた騎士にだけは驚いた顔をされたが、それは無視して地階へと駆け下りた。そうすれば案の定、その地階の守衛室からちょうど出てくるところの目的の人物を発見した。


「エリジオ卿!」

「公女……殿下?」


 びっくりと目を瞬かせ扉から手を放し礼を尽くそうとしたエリジオ・フィンツに、「急いで三階に!」と声をかける。

 その緊迫感に何かを察したのか、ぱっと腰の剣に手を伸ばしたエリジオ卿は、「ヴァレンティンですか?」と問う。それに頷けば、あっという間にリディアーヌの隣を駆け抜け、追いつけるはずもない速さで階段を駆け上がっていった。

 さすがは騎士……すでに階段を駆け下りただけで息を切らしているリディアーヌには全く着いて行けない。まぁ着いて行ったところで何の武の心得もないリディアーヌが役に立つわけでもない。ひとまず助けは求められたので、ふぅと一息を吐き、無理のない速度で再び階段を上った。


 こんなの、公女の仕事じゃない。

 まったく。私を走らせた痴れ者は一体何者なのか。


 なんとか階段を上りきって部屋に戻ったところで、頼りなく扉の前に佇むイーデル卿はすでにただの扉番で、部屋の中ではふぅと息を吐くマクシミリアンと、彼に代わってしっかりと煤けたローブを纏った小柄な男の腕を縛って膝をつかせているエリジオ卿がいた。

 どうやらマクシミリアンに怪我はないようで安心した。


「ミリム」


 それにしたって、無茶をする。少しの批難の色を込めて名を呼びながら歩み寄ったが、続きを口にするより早く、「気配からして、危なくないと判断したんだよ?」と言われてしまった。

 大体、気配ってなんだ。なんでそんなものを読んでいるんだろう。


「先に騎士を招き入れて、任せるという選択肢は無かったのかしら?」

「そういいながら、リディも乗ってくれたじゃない」

「貴方の視線にそうさせられたのよ」


 パタパタと肩の埃を払ってあげているうちにも、侵入者をしっかり縛り終えたらしいエリジオ卿が、「まったくですよ」と言いながら身を起こした。犯人は顔を隠すように小さくうずくまっていて、暴れ出す様子はない。


「幸い、荒事などは()()()な侵入者だったようですが、武器を持つ相手であればどうなっていたことか。御身は大事になさっていただきたい、公子殿下」

「おっと……騎士に言われては言い返せないな」

「それからイーデル卿、貴方は何をしていたんですか? 禁事棟の貴人に危険が無いよう努めるのが我々の職務でしょう」

「も、申し訳ありません……その。予想だにしていなかった場所に扉があって、困惑しておりました」


 あ……うん。そういえばそうだった。普通は暖炉横の壁だと思っていた場所がポッカリ開いていれば、一瞬思考が凍りますよね。そりゃあそうだ。それでもすぐに対応するのが責務だろう。

 もっとも、元より彼にそこまでの期待はしていない。もしも今近くにエリジオ卿がいなかったとしたら、あるいはマクシミリアンに傷の一つもついていたようなら、到底許しはしなかっただろうが。


「それで? 一体、うちの部屋の隣に潜んでスパイの真似事をなさっていたのはどこのどなたかしら」


 問うたところで答えが返ってくるとは思っていない。ただその問いかけには、エリジオ卿が容赦なく犯人のローブごと頭を掴んでグッと顔を挙げさせた。痛そうだ。


「知らない顔ね」

「うーん……変だな。中央棟に出入りする者はおよそ把握していたつもりだけど」


 そうマクシミリアンが首を傾げたところで、「もしや」と声をこぼしたのはエティエンヌ猊下だ。それからチラリとサンチェーリ司教と視線を交えたかと思うと、驚いた顔で目を瞬かせていたサンチェーリ司教も、コクコクと急ぎ首を縦に振った。

 あの様子、まさか……。


「修道士でございます。それも、この禁事棟付の助祭ではなく……選議卿、アンジェッロ司教の近侍の」

「ッ、ちっ、違います! 私はそのような者ではッ!」


 あぁ……あぁ。いけない。頬が緩んでしまう。

 駄目よ、まだ駄目。今は笑う所ではなくて、驚いて被害者ぶってしかるべきところ。

 なのにどうしよう。一気に舞い込んできた今後の都合のいい状況に、頬が緩んで仕方がない。


「リディ、悪い顔をしてるね」

「困ったわ。どうしても口端が下がってくれないの」


 もういっそ開き直ってうっとりと微笑んで見せたら、なけなしの抵抗をしようと声を荒げていた青年がビクリと肩を揺らし、みるみる顔を青褪めさせた。

 微笑んでいるだけなのに。何と心外な脅え顔だろう。まぁいいけれど。


「エリジオ卿、規則違反者の罰則はどのような規定かしら?」

「この五日間は例外なく、禁事棟への出入りが禁じられております。そのため議会終了まで塔地下牢へ拘禁した上で、後日処罰を科すのが常でございます」

「聖職者の場合も同じ?」

「教皇聖下預かりとして、小聖堂に軟禁という事も有り得ますね」

「それは宜しくないわね」


 教会の手に渡すなんてとんでもない。何かと不安要素であるアンジェッロ司教の傍から近侍を引き離しておけるとなれば都合がいい。


「エリジオ卿、その修道士を議場へ。イーデル卿は隠し扉の裏手を調査の上、封鎖を。リオ、東棟に行ってヴァレンティン大公に議場までお越し願うよう伝えてきてちょうだい」

「それでは私がアンジェッロ司教を呼び出してまいりましょう」


 人手が足りないなと思っていたところ、サンチェーリ司教が自らそう名乗りを上げてくれたのでお願いをしたところで、マクシミリアンが「ここの隠し通路は塞いだ方がいいね」とイーデル卿と共に残る意を示したので、リディアーヌはエリジオ卿と侵入者と共に、この中央棟の議場へと向かった。






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