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ザマァ後のこの国をどうしてくれる―亡き王女の悔恨―  作者: 灯月 更夜
第十一章 <帝暦732年春-後半>
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11-36 辺境公閣下

 対話、もとい脅しのきっかけは欲しいが、自分からがつがつするよりも()れた相手からアプローチがある方が、こっちの手で転がしている感があって好みである。

 そんなことを言ったら、何故かマクシミリアンとフィリックに深く頷かれ、パトリックに深いため息を吐かれた。だが、ことダグナブリク公相手に関しては、これで間違っていないと思う。

 だからわざと他の人達とは時間をずらし早めに食堂に向かい、彼らと早めの夕食を取っていると、聞きつけたのか、そのダグナブリク公がいらっしゃった。

 顔はニヤニヤと笑っているが、目が笑っていない。

 談話室からはコランティーヌ夫人もリディアーヌも出て来たのに、未だ妻が戻らないことに懸念を抱き、すでに誰もいなくなった談話室にも踏み込んだ後であるようだ。


「これは一体、どういうことかな、公女」

「こんばんは、辺境公閣下。どういうこととは、どういうことでしょうか?」

「うちの妻がね。未だに部屋に戻っていないようなのだが」

「お茶会でしたらとっくに終わりましたよ?」

「それは見ればわかる」


 でしょうとも。


「ヴァレンティン大公は一緒じゃないのか?」

「お養父様でしたら少し前に、何やらザクセオン大公に引きずられて中央棟に参りましたけれど。むしろ閣下の方がご存じでは?」

「あぁ、そういえば。議場の鍵の管理は一応選帝侯家の議長の仕事なのに一番任期の長いヴァレンティン大公がそれを議場の机に放置して帰ったから……くくっ」


 何やら思い出し笑いしたらしいダグナブリク公のおかげで、先程養父が大変な(ぎょう)(そう)のザクセオン大公に引きずられていった理由が分かった。なんてことだ……お養父様ったら。


「いや、それで。うちの妻はどこに?」

「そんなことよりも閣下、そちらに、残り四日分の十分なお酒と氷は沢山ございませんか? もしあるようならお譲りいただきたいのですけれど」

「は? 何だ? 突然」

「お茶会にいらしたはずのとある女性が、うちのパトリックが持ち込んだとっておきの蒸留林檎酒をペロリと空にしてしまわれましたの。支払いも請求しても?」

「……飲ませたのか? アレに。蒸留酒を?」

「飲ませましたが……何か問題でも?」

「……」


 え、何その顔。なんか怖くなるんですけれど。


「そうか……これがヴァレンティンの手か」

「ちょっと待ってくださいませ。何か今とんでもない誤解と、心外なレッテルを貼られた気がいたします。言っておきますが、ひと瓶からにしたところでちっとも酔いもおこさず次を求められた妃殿下に、何かを強要した覚えはありませんわよ」

「知っている。あれの強さは強い蒸留酒を好んで飲む我が国においても比肩するものがいないからな。酔わせたいなら樽が三つ、丸三日は必要だ。そして何より、美味い酒にありついた時はもはや中毒と言っていいほどに手が止まらなくなる悪癖持ちだ。あれに美味い酒を与えるとは……勇者だな」

「……」


 その情報は、もう少し早く知りたかった。

 自分の日々の慰め様に持ち込んだ秘蔵の酒をあっという間に空にされたパトリックも、すっかりと遠い目になっている。


「とりあえず元気にやっているようで何よりだ。いや、むしろうちよりいい待遇に、公女と結婚するとか言い出さないか心配だ」

「いやいや、その心配は流石にないのでは?」


 思わず突っ込んだマクシミリアンに、リディアーヌも肩をすくめた。

 うむ。確かに先程はリディアーヌに言いくるめられてくれたパラメア妃だが、根本的にリディアーヌのような根っからの王侯気質とはそりが合わないタイプであるはずだ。それにあの雰囲気は、やはりダグナブリクのような土地が似合いだと思う。結婚はともかく、ヴァレンティンに籍を移したいなどと言いだすことは無いだろう。

 その……フランカが、上手い酒をふるまい過ぎていなければ、かもしれないが。


「ふぅ。それで?」


 ついには立ち話で上から威圧感をかけるふりすら面倒になったのが、がたごとと自ら椅子を引きずって来て同じテーブルに着いたダグナブリク公に、食堂の給仕の侍従がおろおろとした。食事を運ぶべきなのかどうか、困っているのだろう。

 すぐに気を利かせたフィリックが、「閣下に飲み物を」とだけ促したが、そう言われて侍従が持って来たのが林檎酒だったのは、一体何の皮肉だろうか。但し蒸留された林檎のブランデーではなく、普通のシードルだったけれど。


「さても何もありませんわ。すっかりとお酒の瓶を空になされた妃殿下が体調を崩されて酔いつぶれられていらしたので、うちで介抱しているだけでございます」

「おいおい。今しがた、ザルどころかツツだって話をしたばかりで、なんて白々しい」

「体調によって、酔わない人が急に酔うことだってなくはありませんわよ?」

「断言しよう。パラメアに限っては無い。絶対に無い」

「……」


 どうしようか。酔いつぶれた云々は最初から考えていた言い訳の一つだったのだが、くしくもこれ以上この手では責められなくなった。どうやら本当に底無しらしい。


「困りましたね……えっと、では閣下に嫌気がさして家出したくなった、とかどうですか?」

「……まいったことに、そう言われると否定できない!」

「えー……」


 そんな。こんな最初に冗談交じりにこぼした案ですんなり納得されるだなんて。いやいや、まぁ閣下の冗談半分だろうけれど。


「はぁ。つまりなんだ? 自分で公女に着いて行ったと? あのパラメアが?」

「ええ、ご自分の足で、ご自分の意思で、いらっしゃいましたよ。手厚くもてなさせていただいております」

「……林檎酒で釣ったのか?」

「まぁ、釣ったか釣らなかったかといえば、釣ったということになりますけれど」

「林檎酒かぁ……」


 そう深い嘆息をして天井を仰いだ様子に、チラチラと視線が集まっている。この分だと明日には、ダグナブリク公に天を仰がせたリディアーヌ公女などという変な噂が広まってしまいそうだ。

 いや、さすがに閣下も、本気で自分の妃が林檎酒で釣られてのこのこと他所の家門に居ついたとは思っていまい。相変わらずどこまでその言葉が本気なのかどうかが分からない人である。


「とりあえず引き取りに行きたいのだが」

「まぁ、閣下。まさかヴァレンティンの区域にいらして、私の部屋から婦女子を引きずり出すおつもりですか? この狭く封鎖的な禁事棟でそんなことをなさっては、大変な噂が立ちますわよ?」

「逆に問いたいが、一体どうやって閉ざされた談話室からパラメアを連れ出したんだ? ホールの騎士には一応、目を離すなと札束をポケットに詰め込んでやっていたんだぞ」

「……そんなあからさまで品のない賄賂、初めて聞きましたわよ?」


 ちょっとドン引いた。冗談……いや、この人ならそういうこともやりかねないな。こほん。


「どうやって連れ出したのか、もとい、どうやって妃殿下がお部屋を抜け出されたのかは、秘密です。探ることもお勧めしませんわよ。そんなことをしようものなら、もれなく婦女子の部屋に無断侵入した慮外者のレッテルも貼られて、うちのお養父様が大変なことになりますので」

「……よく分からんが、効果覿面の脅し文句であることは間違いないな。つまり公女の部屋に通じているわけか。ふむ……どういうことだ?」


 名札通りの部屋だと思っていると、理解できないだろう。ちなみに通じているのは元マクシミリアンの部屋であり、つい先程、リディアーヌの部屋になった部屋である。

 何しろ妃殿下を誘拐したところで、(かくま)う部屋が無かった。それに快適に過ごしてもらうには、すでに女性が過ごしやすいようにとフランカが整えていたリディアーヌの部屋を明け渡すしかなかった。なので大急ぎでフランカに大事なものだけ持ち出してもらい、そちらを妃殿下用に。そしてリディアーヌは、フィリックをパトリックの部屋に追いやって、そちらを接収しようとしていたのだ。

 だがどうやらフィリックは兄と寝室を共有する気は無かったようで、ひどく複雑な顔で珍しく唸りをあげながら考え込んだ挙句、『分かりました。致し方ありません』などといって、クラウス卿の部屋を接収した。マクシミリアンの部屋と通じてしまうが、寝室の内扉を塞いでしまえば問題ないし、共用の書斎はパトリックの部屋の書斎からも通じているので問題ないとの認識をしたらしい。


 ちなみにクラウス卿は、ランデル卿にお願いしてエリオットの休憩室にしてあげて、と頼んでいた向かいの部屋にお移り願うことになった。入口が区域外のホールに面していることと、明り取りの窓もない部屋なので、リディアーヌがそこを使うという選択肢は無かったのだが、元より窓のない近侍の部屋の中では広々として快適な部屋である。悪い待遇ではない。しかしクラウス卿いわく、部屋の引っ越しを求められた時は、元々大事な書類の保管庫などあって気の重い部屋だったので、フィリック卿が移り住むのだろうと思って安心したらしい。

 だが蓋を開けてみればどうだ。移り住むのは公女様だというではないか。

 それからリディアーヌ達が談話室を出るまでの短い間に、クラウス卿はマクシミリアンの寝室から彼のものをごっそりと自分の使っていた部屋に移動し、内扉を箪笥で塞ぎ、マクシミリアンの使っていた部屋をリディアーヌの部屋としてくれた。明り取り用の窓もあるし、こっちの方がパトリックの部屋からも近い側なので、うちの公子様が夜這いをかける心配も減る……とか言っていたが。はてさて。

 ちなみにその部屋から談話室に通じていた隠し扉は、パラメア妃達を送り出した後、しっかりと内側から塞いだ。探られてももはや開かない扉であり、安全性も十分だ。


 何故フィリックがクラウス卿の部屋に移り自分の部屋を明け渡すのではなく、リディアーヌをマクシミリアンの部屋に移動させることにしたのか……その辺の臣下の気持ちも、ちょっと分からないところである。ついでに言えば、これを知ったらうちのお養父様がなんというか……思わず想像だけで背中がぶるりと震えてしまう事案である。

 それが分かっているので今のところ誰一人としてこのことをお養父様に密告はしていない。ランデル卿も共犯で、ついでに内窓から引っ越しの様子を見ていたクルシュ卿も共犯である。


「それで、公女の要求は何だ」

「とりあえずありったけの良いお酒と、妃殿下の身の回りの品。あと、こちらの物資にも限りがあるので、そちらから妃殿下の入用にと持ち込んでいたものがありましたらすべて寄越していただきたいです」

「……それが要求か? 何の冗談だ?」

「ん?」


 おっと、いかんいかん。思わずお養父様の暴れる姿を想像していたせいで、表向きの要求の方が飛び出してしまった。ごほんっ。


「あー、えっと。勿論、お分かりの通りかと存じます。でなければ、妃殿下を“誘拐”なんていたしませんわ」

「開き直りおって」

「何だったかしら? えっと。無事に返してほしくば、こちらの要求を呑め、でしたか?」

「誘拐なんてしたことのない素人感丸出しだぞ。あと選帝侯家にそれが通用すると?」


 ふむ。ここがヴァレンティンだとして、リディアーヌが誘拐されて、犯人がお養父様に要求するとしたらどんな文言か。


「こ、こここ、ここ、こ、怖くなんて、ないですわよっ。さ、最大限ッ、最高のおもてなしをしていて傷一つ付けていませんから、ちょっとだけ言うこと聞いて下さいませッっ」

「公女が何を想像したのか、手に取るようにわかるようだ」


 深く頷くダグナブリク公に、思わず冷や汗をかいてしまったリディアーヌも深いため息を吐いて自分を落ち着けた。

 ふぅ。想像以上に命の危険性を感じてしまった。これは危険だ。


「まぁ、閣下を相手に回りくどいい言い回しなんて必要ありませんでしたわね。妃殿下はお預かりしていますから、その妃殿下が私に言いくるめられて、閣下なんてもう知らない、と言いだしたりする前に、お約束通り、きっちりと選帝侯の三票を寄越してくださいませ」

「いきなり投げやりになるな。楽しんでいたんだから」

「えー……ではもう少し折角の悪役ぶりを披露できる機会ですので、手の込んだ言い回しをいたしますか? 決して得意分野ではないのですが……例えば……」

「うんっ、ぐふんっっ。リディ、やめようかっ。もうその辺りでやめておこうかっ!」

「ん?」


 何故だろう。何故かマクシミリアンから制止がかかった。その様子に周りが軒並みほっと胸をなでおろしているが、フィリックだけはチッと隠しもしない舌打ちをしている。

 ふむ。先程フィリックの物言いを参考に考えたこれ以上ない誘拐犯らしい脅し文句だったのだが。

 折角考えたのだから、披露するくらい……。


「ダグナブリク公、つべこべ言わずにここで折れておくことをお勧めします。リディは私達の心が真っ黒で他人を人間とも思っていない皇子様と口喧嘩できるほど言葉巧みなので……楽しんで突いていると、間違いなくまず今夜は眠れずに唸り続ける破目になりますよ」

「怖いもの見たさという気がしないでもないが」

「ちょっと、ミリム。トゥーリと並ばせるのはいくら何でも酷いのではなくて?」


 なぜかブンブンと首を横に振るフィリック以外の皆の反応に、仕方なくリディアーヌも口を噤んだ。どうやら『ピーしてピーしてピーいたしますわよ』という件の脅し文句はこのままお蔵入りになりそうだ。


「辺境公閣下、私が断言しますよ。リディは言葉で人を言いくるめることに関して負け知らずです。三日もあれば妃殿下の閣下へのお気持ち一つくらい簡単に左右しますよ。すでにこの短時間で、妃殿下自らが誘拐されることを選ぶくらいですからね」

「……それを言われると……あぁ、まったく。私は他人の不幸を見て笑う方が好みだというのに、まいったな。私が当事者になるとはな!」

「閣下も相当ですわね」


 まぁ知っていたけれど。

 それにこの誘拐が決してお遊びでないことは、閣下も分かっているだろう。そう。リディアーヌの手にかかれば、妃殿下に『やはり私には公妃なと続けられません』と言わせることも無理じゃない。それはどうやらこのダグナブリク公にとっても、それなりの痛手になるらしいことを理解している。


「いかがです? 閣下」

「あぁ……仕方がない。まったく、仕方がないな。私はカクトゥーラ派の推戴者だというのに。妻を取られて脅されては、まったく仕方がない。そうは思わないか? 公女」

「ええ、閣下の愛妻家ぶりは皆が良く存じていますもの。“仕方がありません”わ」

「うむ。仕方がない」


 にやりと微笑みながら、くっと一気に林檎酒を飲み干した閣下はそのままガタリと席を立った。

 それ以上何とは言わなかったが、あの様子を見るに、リディアーヌの想像は間違っていなかったのだと思う。

 あの人の言葉は軽く、本気かどうかもよく分からない。おそらく本気で、あまり深く考えないその場限りの軽口を沢山吐く人だ。だが、まったく無関心なことをうそぶいたりはしない。思わせぶりな態度は、思わせてもいいという相手にしかしない。

 だからベルテセーヌ王に自分の三票を投じることも、ただのその場限りの軽口であり、だが明らかにリディアーヌに関心を持ったがゆえの(ほの)めかしでもあったのだ。


「やっぱり閣下に必要なのは、“理由”だったみたいね」

「まったく……セオリー通りにいかない享楽的な閣下で困るよ」


 必要だったのは理由。元々皇帝戦なんてものに大した関心も抱いていないダグナブリク公を動かすのには、閣下からの関心と、そして閣下に対する関心があればよかった。貴方のためにこれほど私達は尽力しましたという、実にオママゴトのようなこの温い誘拐劇が、まさかの覿面だった。

 閣下は案外、こういうきっかけを待っていたのかもしれない。

 誰よりも自由なように見えるけれど、その実、思いがけない兄の死により辺境公の地位についたその人にとって、周りは敵だらけであるというがんじがらめの不自由な立場だ。正妃……つまり自分の起居する建物にパラメア妃以外の誰も入れなかったことは、入れられなかったから。選帝議会が生易しいものでないと知りながらもパラメア妃を連れてきたのは、それでも一人離宮に残すよりも安全だという確信があったから。誰しもに対して飄々と応対して真面目に取り合わないのは、それ以外に、彼らの傀儡として転がされない方法が無かったからだ。

 あの人はただ享楽的なだけじゃない。そうするしかなかった人なのだ。勿論、本人の元々の気質もあるだろうが。

 だから必要なのは、仕方がないという理由。周りから何も言われない、『だってヴァレンティンに脅されたんだから』と、自分の身内に言い訳をする理由だった。


 はぁ……よもやこんなものが皇帝戦だとは。こうして誰しもが抱えている個人の事情を解いてゆくのは、実に骨が折れる。骨は折れるが……だが、三票は得た。


 その翌日、朝の議会で行われた投票では、ベルテセーヌは十五票。十六票のクロイツェンまで、あと一歩に追い詰めた。

 明らかにカクトゥーラから減りベルテセーヌへと増えた三票に、誰もが騒然としてダグナブリク公を見たことは当然で、それに思わずリディアーヌがニコリと凄艶に微笑んでしまったことは、致し方のない事だった。

 多少接待費用が高くついたことについては……まぁ、許容範囲である。






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