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別れたフリ

 私の誕生日も終わって新年も明けた。

 お父様とお兄様は相変わらず、新年の挨拶という名のパーティーで連日忙しくしている。


 私はというと、剣術の練習以外にお母様空いている時間を使って直々にマナーを教わっていた。今日はお茶会のテーブルマナーを実践している。


 「姿勢を正して下を向かずにカップを傾けて飲むのよ」

 「カップをソーサーに置くときは音を鳴らさないよう気をつけて」

 「顔が強張ってるわ。笑顔を忘れずに」


 ある程度は()()()を通じて知っているのだけど、色んなところに気を配らないといけなくて真顔になってしまう。


 お母様にマナーを教わりたいとお願いした時は驚かれたが、快く引き受けてくれた。基本のおさらいはお母様から習い、その後専門の先生から習おうと思う。


 甘々なお母様は教え方も優しいのだろうなぁと思っていたが………思ったよりも厳しかった。


 前日教わった事を次の日に復習して出来てなかった時のお母様の顔は、笑っているのだけど声は全然笑っていない。


 「そこは違うわよね?」


 頭を全開に回転させて前日の記憶を辿る。


 「………お菓子や軽食は左手でいただくのでしたね」

 「そうね。よく出来ました」


 お母様は褒めることも忘れない。


 お茶会では流行りのファッションやヘアスタイル、お茶菓子にアクセサリーにと、とにかく流行りのものを知っておけば話に困らないそうだ。女子高生のようだなという感想を抱く。


 「今日もありがとうございました」

 「この調子で頑張りましょうね」


 お母様とのマナーレッスンはほんの手始めだ。前にレイラが『私はヴィンスの事を支えてあげられる』と言っていたことがずっと心に引っ掛かっていた。


 今までは自由にさせてもらっていたけれど、私には貴族令嬢として必要なことが身に付いているとはいえない。


 万人にとは言わなくてもヴィンスの隣に立った時に、あの子(ニーナ)だったら納得だと言われたい。




 レッスンを終えて自室に戻る。殺風景な部屋の中に一箇所だけ目に付く場所がある。ヴィンスから貰った薔薇が飾られている場所だ。貰った薔薇は全部で99本。


 花言葉は――永遠の愛。


 (………っ)


 今この本数なのは偶然なのだけれど、この状況に置かれた私にとって心強いものがある。


 (……偶然…よね?)


 ヴィンスの事だからもしかしたら必然的にそうしてるかもしれない。それに……あの日ヴィンスには抱きしめられて………キスされた。あの時は違う事に頭がいっぱいでそれどころではなかったけど、今思い出すと身悶えて叫んでしまいそうになる。サラに心配されるので出来ないけど。


 明日からは新学期が始まる。ヴィンスとは交流せず、別れたフリをしなくてはいけない。ヴィンスを見つけても名前を呼んで駆け寄る事も出来ない。


 「はぁ…………」


 考えると溜息が出る。でも辛いとは言えない。ヴィンスはもっと頑張っているのだ。


 (リリーやレオになんて説明しよう)




―――――




 学園への行き帰りは護衛が付けられる。学園内は名目上安全との事で、護衛であっても関係者以外は立ち入り禁止されているらしい。護衛を引き連れて歩くのは目立つのでその規則がある事にほっとした。


 「ニーナおはよう!」

 「リリーおはよう」

 「終業式休んだから心配しちゃった。風邪でも引いたの?」

 「…うん、そんな感じ」


 リリーが私の額に手を当てる。


 「今日も元気ないみたい。大丈夫?」

 「ありがとうリリー。大丈夫だよ」


 (ごめんねリリー)


 リリーに心配かけた上に、嘘をつかなければいけないのが辛い。私は顔に出やすいらしいのでそこも気を付けなくては。


 (前途多難だなぁ…)


 いずれは真実を伝えるのだとしても、嘘に嘘を重ねていく私からリリーは離れてしまうのではないかと不安になってしまう。




 そして自らリリー達に『ヴィンスと別れた』と切り出しにくくて、伝えられないまま剣術の授業の日がきた。


 リリーに髪を結ってもらって更衣室を出ると、少し先を歩くヴィンスが見える。


 (誕生日ぶりのヴィンスだ…)


 「ニーナ、ヴィンセントがいるよ」

 「あっ待ってリリー!」


 「おーい」と呼ぼうとするリリーの腕を掴んで慌てて止める。言うなら今だ。


 「…?ニーナ?どうしたの」

 「あの、ね……」


 (言いたくない。けど言わなくちゃ………)


 「私ヴィンスと、別れたの」

 「………え?」

 「中々言い出せなくて、ごめんね」


 リリーは私の顔を見て固まってしまった。


 「どういう事?…もしかして噂の所為?」

 「そう…かな。お父様の耳に入って、ヴィンスと交流しないようにと言われて――」


 本当の事を混ぜつつ嘘を吐く。詳細まで話さなかったけどリリーからはそれ以上聞かれなかった。


 「大人の都合でニーナ達を振り回して、酷いよ……」


 傷付いた表情のリリーに胸が痛む。リリーは「う〜っ」と唸ると今度は怒りの表情に変わっていた。


 「ヴィンセントも!手放さないって言ってたのに!」

 「リリー、ヴィンスは何も悪くなくて…」

 「そうかもしれないけど、気持ちの行き場がないじゃない!」


 リリーが私の吐いた嘘の為に怒ってくれる事に、申し訳なくも嬉しくもある。「私は大丈夫、ありがとう」と伝えて剣術の授業へ向かった。


 剣術の授業開始時間ギリギリにグラウンドへ着いた私は、ヴィンスと顔を合わせる事がなくホッとしていた。剣術の授業さえ気を付けていれば、他に学園で接点がないので会う事もない筈だ。次回からも開始時間直前に来ようと思う。




 ――だけど、そう思った時に限って会ってしまうのは何故だろう。しかもよりによって他の男子生徒と2人でいる時に。


 授業終わりに「ちょっといいかな?」と声を掛けられた私は廊下の端で2年の先輩と対峙している。お兄様から事前に、私とヴィンスが距離を取る事でこういう事があるかもしれないとは言われていた。


 「前から気になっていて、よかったら今度遊びに行かない?」


 そう言われた時に不意に一つの影が横を通り過ぎる。


 (ヴィンス!)


 先生に片付けでも頼まれていたのか、皆から遅れて帰る方向へと向かっている。無表情のヴィンスはチラッとこちらを一瞥して、表情も変えず何事も無かったかのように行ってしまった。


 「びっくりした。止めに来たのかと思ったけど、別れたって噂は本当だったんだ?で、どうかな?」

 「今は考えられないので……ごめんなさい」

 「そっか残念だな。気が変わったら声かけてね」


 そう言って行ってしまった。


 (…………びっくり……した………)


 体全身から力が抜ける。告白を受けた事よりも、ヴィンスが通り過ぎた事に驚いて腰を抜かしそうになった。

 胸がズキンと傷む。あんな表情をヴィンスに向けられて、本当に私に興味が無くなってしまったように感じる。


 (別れたフリ…だよね……?)


 この日から呼び出しを受けては告白される事が増えた。その大半はフローレス家のネームバリューが欲しいだけだろう。家格が上なのをいいことにしつこく言い寄ってくる人もいたけど、お兄様の助言通り『私では判断出来ないのでフローレス家までどうぞ』と返事をしておいた。


 レオはヴィンスから既に聞いているのか何も触れずにいつも通りでいてくれた。


 新学期始まってからの私の生活はヴィンスと出会う前に戻ったようで、ヴィンスと過ごした日々が夢だったのではないかと感じるほどだった。



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