先輩と旅館飯
牛肉のしゃぶしゃぶ、温野菜。
大きなお皿で出される色とりどりの新鮮な魚のお刺身。
これぞ旅館飯。
具をいっぱいに箸で掴んで口に放り込む。
目を閉じると楽園が広がっていた。繊細でそれでいて大胆なお味。
大草原で色っぽい牛さんたちが「もぅ」と鳴いた。
茅野先輩に視線を向けると頬っぺたとろけそうなほどの幸せな顔で小さな口に食べ物を押し込んでいる。
「……ん。あまりジロジロ見ないでよ。これでも私も女の子なんだ」
「食べているお姿も素敵です」
「そっか。ならこれは君にサービスってことで」
「ちょっ!それは僕の牛肉っ!」
「ふふん、素敵な私をもっと見せてあげよう」
僕から奪った牛肉をしゃぶしゃぶしていたずらっ子みたく笑って口に運ぶ。
牛肉をひとつ食いそびれた残念さよりも、茅野先輩の可愛さが勝った。
大人っぽく見えるが以外にお茶目なところも素晴らしい。
「それにしてもどうして部屋をひとつしか借りてないのかな悠木クン?私は二部屋と頼んだよね」
「いやぁ高校生のお財布事情では一部屋が精一杯でした」
「君は世界有数の大富豪の御曹司じゃなかったっけ?それに私が出すから金銭面は任せて。と言ったのを忘れたのかな」
「まー、浮いたお金は明日の旅行先のデート代にしましょ。この近くに有名な水族館があるんですよ。先輩はタツノオトシゴ好きですよね」
「まるでこうなることが分かっていたような段取りの良さなんだけど」
「まさか。もしもに備えてこそ、出来る男の条件です」
ドヤ顔をしてみたら「ふっ」と鼻で笑われてしまった。
大丈夫だ。こうしてポーカーフェイスを続けていれば「先輩と同じ部屋で一夜過ごしたかった」というやましい考えは悟られない。
「バレてるぞー」と聞こえている気がするが幻聴だ。
すっ。
「う、うわっ!びっくりした!」
「どうした悠木クン。話を変えようとしたってダメだよ。でも部屋の予約を君に任せた私の落ち度か。今回だけは許す。けれど次はないからね」
「そ、そんなことより今窓の外で人影のようなものがすっと……なんか浮いてました。そんで真っ青な足がちらっと」
「ここは三階。窓の外に人が見えるわけがないでしょ」
「幽霊、では?」
「はぁ。探偵の私に向かって幽霊とは……ほら、自分の目で確認するといいよ」
荒い手つきで窓をがらがらっと開ける茅野先輩。
僕はそーと首だけを外に出して確認する。
人が歩けるような足場も、人を吊るせるようなワイヤーもない。
白い虫除け網があるだけ。
「でもここって言ってしまえば殺人事件が続けてあったわけで、怨霊様がいらっしゃる可能性が」
「それでも君は探偵の相棒かな。幽霊などこの世に存在しない」
「なら僕だけ怖いんで今日は一緒のベットに」
「本性出たな、すけべ少年」
ぺしんっとおでこにデコピンをくらった。
……でも確かに見たのだ。
ボロボロの白い喪服を着た真っ青の瘦せこけた女を。
ぞぞぞっ。




