先輩と湯上がり
世界一美しい光景を知っていますか?
アイスランドの青く輝く氷の洞窟『ブルーアイスケイブ』だろうか。違う。
アメリカアリゾナ州の幻想的な渓谷『アンテロープキャニオン』だろうか。違う。
今答えに至った。
美少女が温泉浴衣姿で「ごめん、待った?」と濡れた髪を揺らして恥ずかしそうに微笑みを向けてくれる光景。
それこそが至高だと、僕は思う。
「また変なことを考えているだろ悠木クン」
「いえ、世界の真理に触れていました」
茅野先輩はため息つく。
しかし嫌な気分にはならない。
先輩のツンとした見た目のせいか無下に扱われるとなんだか隠された可能性が目覚めそうだ。
先輩は自動販売機でビンのいちごミルクを買って飲んでいる。
「うまいっ!」と目をキラキラさせているが、そんなギャップもたまらない。
「そういえば、露天温泉に入っているとき外が騒がしかったがなにかあったのかい?」
「ああ、えっと。僕も旅館の仲居さんに聞いた話なんで詳しくは知らないんですけど……宿泊者のひとりが亡くなったそうなんですよ。しかも明らかな他殺で」
「な、なぜそれを知ったすぐに私に知らせないのだっ⁉︎」
「むむっ、それは僕に女湯に入ってこいと」
「男湯から教えるんだよ!……やっぱさっきの悲鳴はそういうことだったわけだね。よしっ、悠木クンようやく私たちの初推理だ。現場に向かおうではないか」
「あ、解決しましたよ」
興奮で満面の笑みであった美少女がまるでギリシア神話の怪物メドゥーサの瞳を直視したように固まった。
「自分の事を魔王だと思っている少年探偵だとか」
「なんだいその新ジャンル探偵は⁉︎」
「被害者は缶詰状態のミステリー小説家でした」
「殺人事件が起きた温泉旅館で缶詰?ミステリー作家なら取材の可能性もあるけど、少し変だね。かなりの変人か別の理由があったのかな」
「はい。どうやら彼は愛人との密会場所として泊まったそうです。殺人現場に知り合いが来るとは思っていなかったのだと思います」
「なるほどね。男はみんな浅はかだ」
「僕は先輩一筋ですけど?」
「はいはい。それで犯人は誰だったのかな。たまたま泊まっていた妻なんて、そんな偶然ないだろうけど」
「小説の進み具合を確認しに来た担当編集者だそうです。動機は自分は働き詰めなのに被害者は締め切りも守らず遊んでいるのが我慢ならなかったとか」
「……随分とシンプルな事件だったわけだね」
「でも密室犯罪みたいですよ」
「ほ、ほう」
(なんだその程度の事件か。なら他の探偵に先を越されても)と余裕そうだった顔が曇る。
「しかも殺人トリックのヒントは被害者が握りしめていたミステリー小説の原稿にあったみたいなんです」
「悠木クン……それ以上は教えなくて良い。嫉妬でどうにかなりそうだから」
単純なよくある事件から魅力的な事件に変わっていくのを我慢ならなかったみたいだ。
ちょっとだけ涙目になる茅野先輩。
密室事件をさぞかし解き明かしたかったのだろう。
けれどこの事件のオチは『締め切りは守れ。死ぬ気で働け』という、なんとも救いようのないものである。




