先輩と温泉
温泉旅館というだけあって本格的。
露天の湯を肩まで浸かると疲れが嘘のように抜けていく。
そして何より女性の露天温泉を仕切るのは2メートルほどの木の壁。
つまりジャンプでもしたら向こうが簡単に覗けるし、話し声なんて鮮明に聞こえてくる。
「今回は兄妹の探偵だったみたい。この間はメイド服の探偵、その前は渋いおじ様の探偵……同一犯ではないだろうが、どうしようもなく敵意を感じる。私になんとしても推理をさせたくない同業者がいるに違いない。ああ憎いっ!私のことが気に入らないのならば正々堂々ミステリーで勝負するべきだよね?そう思うよね悠木クンっ⁉︎」
「あー、いい湯ですねぇ。しかもこの壁の向こうでは先輩も同じ湯に浸かっていると考えたらなんとも、そそりますなぁ」
「……君ってやつは。これは探偵の相棒である君にとっても大事な話だよ?私たちの未来に関わる問題だ」
「なるほど。子供は3人欲しいです。一軒家を買うのも良いですが家族でキャンピングカーで生活するのも夢がありますよね。それから─」
「い、いい加減にしたまえッ‼︎」
僕のおふざけに呆れ果てたのか女湯の方からケロリン桶(プラスチック製の黄色い湯桶)が飛んできた。
見事に僕の頭部を打ち抜く。
普通の旅館であるならば温泉でこんなに騒いでいたらどやされる場面だが一週間前に事件があったせいで客はいない。
旅館内で数人見かけたが探偵らしき団体や冷やかしで来た連中くらいだろう。
「ん?……なにか旅館のほうで聞こえた気がする」
「どうでしょう。僕は女湯の音を聞くのに精一杯でなんにも」
温泉の湯の流れを感じ取れれば先輩の身体のラインを知ることが可能。
この技を極めればほくろの位置まで把握できる、とかだったら良いのに。
「悲鳴。あれは間違いなく悲鳴だったよ」
「幻聴じゃないですか?流石に殺人事件があった旅館で不幸が続くとも思えません。ミステリーに飢えすぎて聞こえてきた幻聴ですよ。それか旅館にGでも出たんでしょう」
「そう言われてしまうと、自信がなくなるじゃないか」
「とりあえず僕はそろそろ湯から上がります。ビンのコーヒー牛乳でも飲んで温泉の待合室で待ってますね。先輩はゆっくりでいいですよ」
「別に部屋で待ってて良いよ?私は湯に浸かる時間が長い。待たせてはわるいからね」
「いえ、温泉上がりたての先輩が見たくてたまらないので待っています」
「……君ってやつは本当にざんねんな後輩だよ」
正直ミステリーは二の次で温泉上がりに湯気をまとった色っぽい先輩を見たいがためにこの旅館に来たと言っても過言ではない。
そうして僕はすぐさま身体を拭いて旅館が用意した浴衣に着替えた。
自動販売機でコーヒー牛乳を買って、一気に飲み干す。
「さ、お手並拝見といきましょうか。探偵さんたち」
スマホを片手に悪役みたく笑って見せた。
別にこれから盗撮に行くわけではない。




