第99話「怖いままで聞く」
議長への署名交渉は、ウォリック議員が担当することになった。
俺は待った。
ゴブへの通信で、バインから「代表者会議で合意が取れた」という連絡が入った。
「全員か」と俺は聞いた。
「全員ではありません。百七十体中、代表者が九十三体分の同意を持ってきました。反対が二十一体、保留が残り。ただし、反対の理由のほとんどは「まだ外の状況がわからない」というものです」
「わからないからまだ決められない、という意味か」
「そうです。反対、というより「判断を保留している」という方が正確です」
「保留の者たちへの対応は」
「「行き来できる道ができたら、来て確認できる」と伝えると、保留のまま合意する者が増えるかもしれないと思っています」
「道ができてから確認すればいい、ということだ」
「そうです。道を作ること自体には反対していない。ただ、戻ることへの判断は保留したい」
「わかった。バインとゴブが代表として署名する形でいいか確認してほしい」
「確認します」
二日後、ウォリック議員から「議長が話を聞くと言っている」という連絡が来た。
俺は議事堂へ行った。
議長室は三階の奥だった。
議長は六十代の白髪の人物で、議場で俺を見たときと、表情が違った。場の前ではなく、一対一の場での顔だった。
「アシダ・レン殿か」
「はい」
「ウォリックから話を聞いた。署名の件だ」
「そうです」
「一つ、聞いていいか」
「どうぞ」
「この署名は——何を意味するのか」
「迷宮と外界を繋ぐ安定した経路の設計に、王国が合意する、という意味です」
「合意した後、王国は何をするのか」
「道を守ることです。一方的に閉じない。知性体が来たとき、攻撃しない。行き来が安全にできるよう、管理する」
「それは——義務か」
「義務というより、約束です。スキルの仕様上、合意が崩れると道は閉じます」
「つまり——守らなければ、道がなくなる」
「そうです」
議長が少し考えた。
「強制力があるわけではないが、約束を守らないと損をする仕組みだ」
「そういうことです」
「……「聞かないと損」と同じ考え方だな」
俺は少し止まった。
「ウォリックから聞きました」と議長が言った。「あなたがそういう考え方をしている、と」
「そうですか」
「面白い考え方だ。強制ではなく、損得で動かす」
「強制は続かないです。損得なら、自分の意志で続けられる」
議長が書類に署名したのは、その日の夕方だった。
カーラが「これで全員分揃ったか」と確認した。
「ウォリック議員が動いてくれました」
「……あの人が、ここまで動くとは思っていませんでした」
「怖いままで動いてくれた、ということだと思います」
「怖いまま?」
「俺の言葉を、そのまま使ったのかもしれない。「怖くなくなってから動こうと思っていた。でも、怖いままでも動けるのかもしれない」と言っていた」
「……そうですか」
カーラがスキルを見た。
俺もスキルを見た。
【迷宮管理Lv.7:通路設計——全当事者合意確認済み。設計可能状態に移行】




