第98話「セルディンの本音」
「一つ、聞いてもいいですか」と俺は言った。
「聞け」
「なぜ反対したのですか」
ウォリック議員が少し間を置いた。
「理由は言った。安全保障の問題だ。感情論ではなく、数字で語る——お前がそう言ったときに、俺も数字を見た。ただし」
「ただし」
「数字は、正しい。出力が下がったのも、溢出がゼロになったのも、事実だ。俺はそれを認めた上で、反対した」
「なぜですか」
「怖いのだ」
ウォリック議員は、そう言ってから少し止まった。
自分で言った言葉に、少し驚いているような顔をしていた。
「——怖いのだ。今まで通りでないものが、怖い」
「今まで通り、というのは」
「魔物は怖い。封じ込める。近づかない。そういう対応を、三十年やってきた。それが正しいと思ってきた。それが——一人の若造が来て「交渉できる」と言い始めて、迷宮が変わって、「外から来たもの」が王都の議場に声を届けてきた」
「変わりすぎて、怖い」
「そうだ」とウォリック議員は言った。「今まで通りでないものが、怖い。俺は——老いたかもしれない」
俺はしばらく、黙って聞いていた。
「わかります」と俺は言った。
ウォリック議員が俺を見た。
「わかる?」
「俺も最初は怖かった。ゴブが扉をノックしてきたとき。第23層のデータが出てきたとき。ドランと話したとき。毎回、怖かった」
「怖くなくなったのか」
「なっていません」
「では、なぜ動けた」
「怖いままで聞いた」
ウォリック議員が「……怖いままで」と繰り返した。
「聞くのに、怖くなくなる必要はないと思っています。怖いまま「話を聞いてから判断しよう」と思うことは——できます」
「怖いまま判断する、ということか」
「怖いまま聞く。聞いてから判断する。怖さが消えないまま、次の行動に移る」
ウォリック議員がしばらく机の上を見ていた。
「……俺は、怖くなくなってから動こうと思っていた。そういう人間だった」
「その怖くなくなる、を待ち続けていたのかもしれない」
「……そうかもしれない」
ウォリック議員がしばらく黙っていた。
長い沈黙だった。
俺は黙っていた。
「一つ聞かせてくれ」とウォリック議員が言った。
「どうぞ」
「あなたは、怖くなくなったのか」
「なっていません。今も怖い」
「何が怖い」
「封印が弱まっている。外から何かが押している。それを止める方法がまだわかっていない。それが怖い」
「それでも、動いている」
「怖いまま動くしかないです」
ウォリック議員が少し考えた。
「……なるほど」と彼は言った。
「それで十分です」
「十分なのか」
「怖いままで聞けた。それで十分です」
ウォリック議員が、長い沈黙の後に言った。
「……署名する」
俺は「ありがとうございます」と言った。
「礼はいい。俺がやりたくてやることだ」
「わかりました」
「ただし——」
「ただし」
「俺は委員長にはなれない。別の人間を立てる。その人間が署名する形にしたい」
「誰ですか」
「議長だ。議長に話す。議長が署名した方が、効力が上だ」
「……それは、ウォリック議員にしかできない話だと思います」
「そうだ。だから俺が動く」




