第90話「罠と言われて」
「罠だ」という声に、議場がまたざわめいた。
俺はヴォルトに「聞こえたか」と念じた。
「聞こえた」
「何と答える」
少し間があった。
それから、議場の空気がまた変わった。
ヴォルトの「意志」が届いた。
言語ではないが、意味としては届いた。
「——罠を張るなら、こんな場所は選ばない」
今度は、音ではなかった。
概念として、直接頭に届く。
俺だけではなく——議場の全員に。
議員たちの顔が、一斉に変わった。驚き、戸惑い、恐怖——様々な反応があった。でも共通していたのは、「今、自分の頭の中に何かが届いた」という体験をした顔だ。
「罠だ」と言った傍聴席の人間も、黙った。
ヴォルトが続けた。
「——私はここにいる。お前たちが「脅威」と呼んでいたものが、ここにいる。しかし——話しに来た。聞く用意があるなら、話す」
今度は言葉に近かった。翻訳精度が上がっているのか、ヴォルト自身がこちらの言語に近づけてきているのか——わからないが、意味が届いていた。
議場が静まり返っていた。
俺はカーラを見た。カーラが前を向いたまま、わずかに頷いた。
「発言の機会をいただけますか」と俺は議長に向かって言った。
議長が少し間を置いた。
「……許可します」
「ヴォルトは罠を使っていません」と俺は言った。
「証拠は」
「今、全員が「頭に直接届く声」を聞きました。それが罠なら、俺が一人で演じることはできない。俺には、そのような能力がない」
「スキルを使えば」
「俺のスキルは「迷宮管理」です。人を惑わす能力は含まれていない。管理局でスキルの検査を受けてもらっても構いません」
ウォリック議員が立ち上がった。
「一点、確認させてほしい」
「どうぞ」
「ヴォルト——と呼ぶものは、今、どこにいるか」
「第七迷宮の第23層に、繋がっています。物理的には移動していません。スキルを通じて接続しています」
「物理的には移動していない」
「そうです」
「つまり——今ここに「いる」のではなく「繋がっている」という状態か」
「正確に言えば、そうです」
ウォリック議員が少し考えた。
「ヴォルトに、直接聞いてもいいか」
「どうぞ」
ウォリック議員が議場に向かって言った。
「お前が「外から来た」というのは事実か」
ヴォルトの概念が届いた。
「——事実だ。この世界の「外」から来た。選んで来たのではない。来るしかなかった」
「なぜ、来るしかなかったのか」
長い間があった。
「——帰る場所がなくなった。だから来た」
ウォリック議員が腕を組んだ。
それから——腕を解いた。
「……採決を取ります」と議長が静かに言った。




