第89話「ヴォルトの王都」
ヴォルトが王都に現れたのは、議会の開催三十分前だった。
「現れた」と言っても、物理的な姿はない。
俺が議場の前廊下でスキルを展開した瞬間、ヴォルトが繋がってきた。
「ここが王都か」
「そうだ」
「狭い」
「第23層より狭い」
「狭いが——にぎやかだ」
ヴォルトが何かを感じ取っているらしかった。人間の気配を感じているのかもしれない。
「今日、議員という人間たちにお前の声を届けたい。可能か」
「試みる。ただし——」
「ただし」
「私の声を聞けるかどうかは、聞く側の問題だ。私はスキルを持たない。お前を通じて話す」
「俺が翻訳する形になるか」
「そうなるかもしれない。ただ——」
スキルが少し変化した。
【迷宮管理Lv.7:ヴォルトとの接続——翻訳精度:七十一パーセント——外部出力試行中】
「外部出力試行中」
「何か変わったか」とヴォルトが言った。
「スキルが、お前の声を外に出そうとしているみたいだ」
「それは良い」
「議員たちが直接聞けるかもしれない。でも、どう届くかわからない」
「やってみるしかない」
「そうだ」
議場に入った。
今回は三十人より多い。緊急召集ではなく、正式な召集だった。五十人近い議員。傍聴席にも人が入っている。
カイルが前の方の席に座っていた。護衛のつもりなのか、あるいは証人のつもりなのか。入場したとき、軽く目が合った。
俺が演台の前に立った。
カーラが「本日の議題を説明します」と言った。
説明が終わる前に、傍聴席の一人が声を上げた。
「また「魔物」を連れてきたのか」
俺は演台の前から、声の方向を見た。
ヴォルトは「物理的な姿」がない。見えていない。でも気配は——ある。俺のスキルが展開されているときの、空気の変化。それを感じ取った人間が何人かいるようだった。
「本日は「第23層の主」ヴォルトに発言してもらいます」
「どこにいる」
「スキルを通じて繋がっています。聞こえる形になれば、直接声が届きます」
「信用できない」という声が、どこかから来た。
ヴォルトに「話してくれ」と念じた。
スキルが変化した。
そして——議場に、音が響いた。
音、というよりも、振動に近い。空気全体が揺れる。遠い雷が近づいてくるような。
議員たちが一斉に静まった。
ヴォルトの声が、届いていた。
言葉ではなかった。言語ではなかった。
でも——「意志」として伝わっていた。
「私はここにいる」という意志が、議場全体に広がった。
誰も声を上げなかった。
カイルが俺を見た。
俺はカイルに小さく頷いた。
それから、傍聴席の方向から声が聞こえた。
「これは罠だ。何かを使って人を惑わせているだけだ」




