第86話「構造の逆転」
接続を一度切った。
目を開けると、第十七層の石壁があった。
ゴブが「戻ってきた」と言った。目が少し赤かった。待っている間に眠れなかったのだろう。
「どうだった」とゴブが聞いた。
「話せた」
「どういう相手だった」
「外から来た。この世界に入ってきて、封じ込められた。話したかったが誰も聞かなかった。三百年、待ち続けた」
「……ドランと同じか」
「似ている部分がある。でも違う部分もある」
「どこが違う」
「ヴォルトは——人間で言う感情がある。でも、それ以外の部分が——俺には理解しきれない。でかい。言葉で言うと「でかい」としか言えない」
「でかい、とは」
「存在の規模が、俺の認識の外にある。でも、話そうとしてくれた。それはわかった」
ゴブがしばらく考えてから言った。
「危険か」
「ヴォルト自身は、危険ではないと思う。ただ——」
「ただし」
「本当の問題が、別にある」
俺はゴブに説明した。
封印の構造。入口の話。外から押してくるものの話。移送によって封印の維持者が迷宮から出たこと。
ゴブが静かに聞いていた。
「……それは、俺たちを外に出したことが原因になっているか」
「直接的な原因とは言えないが、一要因になっている」
「アシダのせいか」
「俺が移送を決めたから——そういう見方もできる」
「でも」
「でも、移送しなければ、ゴブたちは別の危険の中にいた。「アレ」——ヴォルトが動き回ることで封印が弱まっていた。それは移送の有無に関係なく起きていた」
「じゃあ、俺たちの移送は関係なかった」
「「封印弱化を早めた」可能性はある。でも「封印弱化の原因」ではない」
ゴブが少し考えた。
「……俺たちが戻ればいいか」
「戻ることができる者がいれば、封印を強化できるかもしれない。でも——これは俺が決めることじゃない」
「俺が決める」
「そうだ」
カーラへの通信を入れた。
「いくつか、伝えなければならないことがある」
「聞きます」
「魔物が脅威、という常識が逆だった。ヴォルトは脅威ではない。迷宮の知性体たちは封印の守り手だった。封印しているのはヴォルトではなく入口だ。その入口が今、外から押されている」
長い沈黙があった。
「……全部話してください。最初から」
「話します。ただし、これを王国の議会に伝えるには——証拠が必要です」
「ヴォルトを連れてこられますか」
「聞いてみます。ヴォルトが王都に来ることを了解するかどうか、わからない」
「了解しない場合は」
「別の方法を考えます」
「わかりました」とカーラが言った。「これは——」
カーラが少し間を置いた。
「これは、攻撃ではなく——世界の構造の問題ですね」
「そうです」




