第83話「恐くないのか」
「俺の言い方は変か」と俺は聞いた。
「変ではない。ただ——初めてだ」
「何が初めてなのか」
「「聞かないと損」という考え方が」
スキルの翻訳精度が少しずつ上がってきた。概念から言葉へ、少しずつ変換の精度が高くなっている。主が、俺の言語に近づこうとしているのかもしれない。
「俺もわからない。気づいたらそういう考え方になっていた」
「学んだのではないか」
「学んだのかもしれない。前世の記憶が薄いので、どこで覚えたかは思い出せない」
「前世」
「俺は転生者だ。別の世界から来た」
長い間があった。
「別の世界——外から来た、ということか」
「そうだ。でも、この世界に生まれ直した。だから「外」の記憶はほとんどない」
「……私も、外から来た」
「そうだと聞いた。ナハトという知性体から」
「ナハトが話したのか」
「そうだ。第四迷宮にいるカイルという人間が聞いた」
また間があった。今度は少し違う種類の間だった。
「……「カイル」という者が、ナハトと話したのか」
「そうだ。ナハトは「話したがっていた」と言った。アレ——つまりあなたが、三百年待っていたと」
「ナハトは——よく見ていた」
「一つ、聞いてもいいか」と俺は言った。
「聞け」
「お前が外から来たとき——来たかったから来たのか。それとも、来るしかなかったのか」
スキルが一度大きく揺れた。
それから、言葉が届いた。
「来るしかなかった」
「理由は」
「いた場所がなくなった」
「いた場所がなくなった、とは」
「この世界のことではない。別の言い方をするなら——「帰れる場所」がなくなった。だから来た。選んで来たのではない」
俺はその言葉を受け取った。
「なくなった理由は」
「……それは、長い話になる」
「時間はある」
「……本当に、聞くつもりか」
「そうだ」
また間があった。
今度は、今日一番長い間だった。
俺は何も言わずに待った。
最終的に、主は話し始めた。
「長い話だ。お前に理解できるかどうか、わからない。でも——話す」
「聞く」
「三百年——いや、それより前から。この世界で言う「時間」で測ると、長すぎる。ただ」
主が少し間を置いた。
「長い時間、一人だった。誰も聞かなかった。お前が初めてだ。だから話す」
「わかった」
「ただし——」
「ただし」
「怖くないか、ともう一度聞く」
「恐い。でも聞く。聞かないと損だ」
主がまた黙った。
今度の沈黙は——俺には笑っているように感じられた。
「……奇妙な者だ」
「よく言われる」
「奇妙だが——良い」
スキルの翻訳精度が、ここで一段階上がった。
【迷宮管理Lv.7:翻訳精度:五十三パーセント——向上中】




