第8話「23層が動いた」
38日目の夜。
スキルのアラームが鳴った。
今まで一度もなかったことだ。
【緊急警告】
第23層「支配の霧」——封印強度 急激低下
現在値:31%
推定消失まで:14〜21日(誤差あり)
14日。
一ヶ月あると思っていたのが、半分以下になった。
俺はすぐに前室に走った。
「ゴブ! ヴァル!」
深夜にも関わらず、二人はすぐに出てきた。眠っていなかったのかもしれない。
「スキルに警告が出た。封印強度が急激に落ちている」
ヴァルの顔が固まった。
「……いつから」
「今。原因はわかるか」
「わかる」
ヴァルが低く言った。
「上層から誰かが降りてきた。23層に入った」
「上層の民が自ら?」
「霧に引き寄せられた者がいる。上層に。強い魔力を持つ者ほど、引き寄せられやすい。その者が封印に近づくと——封印が弱まる」
「封印は魔力で維持されているのか」
「逆だ。封印は外部の魔力を『吸って』維持している。強い魔力が近づくと、吸収量が増えて封印が暴走する。壊れる方向に」
俺は整理した。
つまり——強い魔力の持ち主が23層に近づくほど、封印が早く壊れる。
「今、その者はどこにいる」
「24層。霧に引き込まれる直前だ」
俺は考えた。
選択肢は三つ。
一つ、何もしない。14日以内に王国が動くことを祈る。
二つ、グレンに緊急連絡を送る。王都まで5日。往復で何もできない。
三つ——
「ヴァル。24層まで行けるか」
「行ける。だが」
「その者を連れ戻してほしい」
ヴァルが俺を見た。
「調停者、わかっているか。24層は我々の上層だ。住民は下層の者を敵視している。俺たちが入れば戦闘になる」
「かまわない。対価は——」
「対価の問題ではない」
ヴァルが遮った。
「なぜそこまでする。その者がいなくなれば封印の消費が減る。それでいいのではないか」
俺はヴァルを見た。
「その者に家族がいるかもしれない。待っている人がいるかもしれない。消えていい命じゃない」
「だが——」
「ヴァル。俺は調停者として頼んでいる。できないなら無理には言わない。でも俺ができることをやり尽くしてから判断したい」
長い沈黙があった。
ゴブが口を開いた。
「俺も行く」
ヴァルがゴブを見た。
「ゴブ、お前は」
「調停者が全力を出している。俺たちだけ安全な場所にいるのは、筋が違う」
夜明け前、ヴァルとゴブと三体が出発した。
俺は扉の前で待った。
スキルを起動したまま、内部の状況を追い続けた。
【第七迷宮 24層】
ヴァル一行:戦闘中(軽傷)
目標人物:確認(24層深部)
23層境界:封印強度29%
戦闘が続いている。上層民と、下層から来たヴァルたちが戦っている。
俺にできることは——待つことだけだ。
今まで何かを待ってこんなに緊張したことはなかった。
前の世界でも、この世界でも。
夜明けから三時間後。
前室の扉が内側から開いた。
ヴァルとゴブが、一人の人間を担いで戻ってきた。
人間——女性。二十代。ローブを着ている。王国魔導師の服だ。意識はない。
「生きているか」
「生きている。ただ霧に少し触れた。目が覚めれば話せるはずだ」
俺はグレンへの緊急連絡を書きながら、女性の傍らに座った。
「ありがとう。二人とも」
「礼はいい」
ゴブが言った。疲れた顔をしていた。
「調停者の「なぜ」を聞いていれば、動かない理由がなくなる。それだけだ」
二時間後、女性が目を覚ました。
目が覚めた瞬間、彼女は飛び起きてヴァルとゴブを見て、悲鳴を上げかけた。
「大丈夫。敵じゃない」
俺が言った。
「……あなたは、人間?」
「門番です。ここは第七迷宮の出口前哨基地。あなたを助けてくれたのはゴブとヴァル。二人とも迷宮の民です」
女性が二人を見た。二人が無言で頷いた。
「……私を、助けた? なぜ」
「俺が頼んだからです」
「なぜ、あなたが」
俺は少し考えてから言った。
「待っている人がいると思ったので」
女性が黙った。それから目が赤くなった。
「……弟が、います。王都に」
「そうですか」
「心配するから、早く帰りたい」
「もう少し休んでから、帰れます」
女性は——泣かなかった。泣くまいとしているのが見えた。
代わりに、ゴブに向かって頭を下げた。
「ありがとうございました」
ゴブが少しだけ固まった。魔物に礼を言った人間が、過去にどれだけいただろうか。
「……次は一人で来るな」
それだけ言って、ゴブは奥に戻っていった。
【迷宮管理 Lv.2(経験値:89/100)】
あと少しでLv.3になる。
スキルを閉じながら、俺は思った。
Lv.3になれば、「迷宮の特定箇所を指定できる」。
23層の封印を、直接指定できるかもしれない。
◆ 次話「第9話:封印に、触れる」




