第7話「グレンが本気になった」
グレン査察官が戻ってきたのは、報告書を送ってから八日後だった。
今回は騎馬五騎ではなかった。
十五騎。うち三人は王国魔導師のローブを着ていた。グレンの表情が、前回と違った。
「レン・アシダ」
名前で呼ばれた。前回は「門番」だった。
「はい」
「報告書を読んだ」
「はい」
「全部本当か」
「はい」
グレンが馬を降りた。今回は俺のそばまで歩いてきた。
「……証拠はあるか」
「直接的な証拠はありません。ただ、スキルのログがあります」
俺はスキルを起動して、グレンに画面——空中に浮かぶ文字——を見せた。
【第七迷宮 現在状態】
第23層「支配の霧」封印強度:59%(低下中)
推定封印消失まで:51日
51日。
二ヶ月が、51日になっていた。
グレンが数字を見た。黙った。長い沈黙があった。
「……57日前は100%だったのか」
「違います。私が着任した時点で67%でした」
「それ以前から低下していた?」
「おそらく。前任者が記録していれば確認できましたが——」
「前任者は死んだ」
「はい」
グレンは俺の小屋に入った。俺が出した茶を飲んだ。長い時間黙っていた。
「魔導師に封印を調査させたい。前室まで入らせてくれ」
「できません」
「なぜ」
「前室に難民がいます。武装した王国の魔導師が入れば、戦闘になります。私が難民に保証した安全を侵害することになる」
グレンが目を細めた。
「難民。魔物をそう呼ぶのか」
「実態がそうなので」
「……ギルドには魔物の難民を受け入れる規定はない」
「知っています。ただ規定にない行動を禁じる規定もありません。そして彼らが提供してくれた情報がなければ、今でも私は『異常なし』と報告し続けていた」
グレンが俺を見た。
「お前は王国よりも魔物を優先するのか」
「どちらも優先します。矛盾するなら調整します。それが調停だと思っています」
「……調停者か。その言葉を使ったのは報告書が初めてだったが」
「向こう側の呼称です。私は門番です」
グレンが少し笑った。初めて見る表情だった。
「変わった子供だ」
「よく言われます」
「条件を提示する」
グレンが言った。
「前室への立ち入りは禁止する。代わりに、お前が聞いた情報を全て提供しろ。23層の封印について、魔導師が外側から調査する。その結果はお前にも共有する」
「それと」
「それと?」
「難民の安全を保証する文書が欲しい。王国の査察官の名義で」
グレンの眉が動いた。
「魔物に、王国が安全を保証する文書を書けということか」
「書けないならこの交渉はそこで終わりです」
沈黙。
グレンが深呼吸した。
「……書く。ただし極秘扱いだ。王国の上層部に知られたら私のクビが飛ぶ」
「了解しました」
「それと、お前への条件がある」
「聞きます」
「月に一度、直接私に報告しろ。報告書だけでは状況が掴めない。お前の判断が必要だ」
俺は少し考えた。
「わかりました。ただし私はここを離れられません」
「私が来る」
「では」
俺たちは握手した。
夜、ゴブに経緯を話した。
「王国の者と取引したのか」
「した。あなたたちの安全を保証する文書を取った」
ゴブが黙った。少しの間、何も言わなかった。
「……なぜそこまでする」
「51日しかない。一人でできることには限界がある」
「だが王国を信用するのか」
「グレンを信用している。王国全体は信用していない」
「その違いは」
「グレンは今日、自分のクビをかけた。それが信頼できる根拠だ」
ゴブがため息をついた。人間みたいなため息だった。
「調停者は、どこまで動くつもりだ」
「23層の封印が保つまでに、何とかする」
「何とか、とは」
「まだわからない。でも選択肢が増えれば何かできる」
ゴブが静かに言った。
「……俺たちは、外に出られるのか」
初めて聞かれた問いだった。
「いつかは」
「いつか」
「まず生き残る。その後のことはその後に考える」
ゴブが空を見上げた。屋根のない前室から、夜空が見えた。
「調停者は、外の空はどんなものだと思うか聞いてくる。毎晩、子供たちが」
「どう答えている」
「広い、と言っている。それしか知らないから」
俺も空を見た。
「広いのは本当だ。ただ、何もない空より、誰かと見る空の方が広く感じる。俺はそう思っている」
ゴブが俺を見た。
「……それは迷宮語にない概念だ」
「翻訳しなくていい」
◆ 次話「第8話:23層が動いた」




