第77話「カイルの報告」
「詳しく話してくれ」と俺は言った。
『第四迷宮の深部で、ナハトが言っていた。「下から来るものがいる。それが来てから、調停者は戻らなかった」と』
「「下から来るもの」というのは」
『わからない。ナハトは「名前を知らない。ただ、来る」としか言わなかった。第七迷宮でもそういう話があったんじゃないか』
「ある。「アレ」と呼んでいた。第23層の影のことだ」
『それが今、第四迷宮の深部に入ってきている、とナハトが言った。ナハトはそれを恐れている。俺に「ここにいてくれ」と言った』
「ナハトはどこにいるんだ」
『第四迷宮の第十五層あたり。俺は入口から深部に向かって話しかけた。ナハトの声は——スキルなしでも届いた』
「スキルなしで届いた」
『俺は迷宮管理スキルを持っていない。でも、ナハトの声が聞こえた。これは——なんなんだ』
俺は少し考えた。
「ナハトが話す力を持っているのかもしれない。スキルが必要なのは俺の受信側の問題で、送る側が強ければ、スキルなしでも届く」
『そういうことか』
「ナハトは今も話せるか」
『……近くにいる気がする。さっきは距離があったが、今は——呼べば答えそうだ』
「カイル、一つ確認させてくれ」
『何だ』
「第四迷宮に、「下から来るもの」が入ってきた。ナハトはそれを怖れている。前の調停者はその後で戻らなかった。今カイルがそこにいる。危険な可能性がある、とわかった上で聞くが——続けられるか」
しばらく間があった。
『……できると思う。ナハトが「いてくれ」と言ってる限りは、俺がいることで何かが変わるかもしれない。変わらなくても——一人でいるよりはいい』
「なぜそう思う」
『ドランのことを聞いたからだ。三百年一人でいた話。俺はそれが——なんか、嫌だと思った』
「そうか」
『嫌と思ったら、いるしかない。ただし——』
「何だ」
『ナハトに「いつまでいられるか」と聞かれた。俺は「わからない」と答えた。それで正しかったか』
「正しい」
『「正直に言えばよかった」という感覚があったが、不安だった』
「正直に言えた。それが全部だ」
カイルとの通信を切った後、ゴブが「どうだった」と聞いた。
「交渉は成立した。ただ、第四迷宮に第23層類似の影が入ってきている」
「それは——やばいのか」
「わからない。第七迷宮のときと同じかもしれないし、違うかもしれない」
「カイルは」
「残ると言った」
「カイルが」
「そうだ」
ゴブが少し考えてから「アシダに似てきたな」と言った。
「そうか」
「そうだ。ドランが消えたことと、カイルが残ったことが——なんか、同じ夜に起きた気がして、変な感じがする」
「変な感じ」
「何かが終わって、何かが始まった、という感じ」
俺は「そうかもしれない」と思った。
その夜、カーラに通信を入れた。
「カイルの報告を聞きましたか」
「はい。ナハトとの交渉成立、第四迷宮での第23層類似の影の確認——両方入っています」
「第二迷宮の状況は」
「第二迷宮でも昨日、同様の報告が上がりました。「深部から何かが来た」という知性体からの接触があったと担当者が記録しています」
「担当者は、話を聞いたのですか」
「……逃げたそうです」
俺は少し黙った。
「それは」
「逃げたことを責める気はありません。訓練していない者には無理です。ただ——第二迷宮の知性体が、もう一度接触しようとするかどうか」
「わかりません。でも、一度逃げられた後は——難しい」
「そうですね」
「第二迷宮に、誰かを派遣できますか」
「今すぐは難しい。ただ、可能性がある人間が一人いる」とカーラが言った。
「誰ですか」
カーラが少し間を置いた。
「アレが増えている。七つの迷宮のうち五つで第23層類似の影が確認されました」




