第76話「苦しくなかった」
翌朝、ゴブと一緒に北口に向かった。
残留組の最後の一体——老齢のホブゴブリン、ナガシが今日外に出る予定だった。
ナガシは移動が特に遅い個体だった。移送の最初の段階から「自分が最後でいい」と言い続けていたそうだ。バインがそれを聞いて「なぜ最後でいいと思うのですか」と聞くと、ナガシは「若い者が先に出るべきだ。俺は長く生きた。急ぐ必要がない」と言ったという。
「バインはそれを聞いて、何と言ったのですか」と俺は聞いた。
「「では最後まで一緒にいます」と言ったそうです」とバインが答えた。
「「最後まで一緒にいます」か」
「はい。正直、その言葉しか思いつかなかったのですが」
「それで十分だったと思います」
ナガシが北口の石門に差し掛かったのは昼過ぎだった。
ゆっくりとした歩みで、止まることなく近づいてきた。
門の外で、バインが待っていた。
ナガシが石門をくぐった。
外の光の中に出た。
ナガシが立ち止まった。
それから、空を見た。
何も言わなかった。ただ、長い時間、空を見ていた。
「ナガシさん」とゴブが声をかけた。「外はどうですか」
ナガシが少し考えてから、答えた。
「広い」
それだけだった。
ゴブが「そうだな」と言った。
全員の移送が完了した後、俺はスキルを展開した。
【迷宮管理Lv.7:第七迷宮——在住知性体数:0(移送完了)/核状態:安定維持中(ドランの記憶統合)】
在住知性体数、ゼロ。
これで、第七迷宮は空になった。
「これで終わりか」とゴブが聞いた。
「移送は終わった」
「ドランは」
「核に残っている。ドランの記憶として、しばらくは安定を保てると思う」
「しばらく、というのは」
「わからない。でも、今は安定している」
ゴブが少し考えた。
「アシダは、これからどうするんだ」
「来月の村代表との対話がある。それと、カイルの報告を待つ」
「第七迷宮に、誰も住まなくなったら——お前の仕事はなくなるか」
「管理対象がなくなれば、そうなるかもしれない」
「……それは、困るか」
「困ることじゃないと思っている」
「なぜだ」
「ここが空になった、ということは——ここの知性体が外に出られた、ということだ。目的が達成された、という意味でもある」
ゴブが「なるほどな」と言った。
夕方、カイルから通信が来た。
『レン、聞こえるか』
「聞こえる。どうだった」
『……交渉が、成立した』
俺は少し止まった。
「成立したのか」
『ナハトと話せた。最初はなんか、すごく緊張したけど——「まあ」って言ったら少し落ち着いた』
「そうか」
『レンの言った通り、最初に「なぜ人間に来てほしいと言ったか」だけ聞いた。そしたら——長いこと話してくれた』
「何を話した」
『聞くだけで精いっぱいだったから、詳細はまた。でも——なんか、わかった気がした。話を聞くってどういうことか』
「そうか」
『あと——』
カイルが少し間を置いた。
『でも第四迷宮に——第23層の影が入ってきた』




