第75話「第十七層の後」
ゴブが泣いていた。
通信を受ける前に、俺はそれに気づいていた。ゴブが顔をゆがめた後、静かに床に座り込んで、小さな背中を丸めていた。
声は出していなかった。ただ、肩が少しだけ動いていた。
俺は声をかけなかった。
しばらく、第十七層の中で、二人とも黙っていた。
核の振動が止まっていた。
それが——なぜか、怖くなかった。崩落の静寂ではなく、眠りに似た静けさだった。
スキルが「核安定度:維持」と表示し続けていた。
「一つだけ、聞かせてくれ」
ゴブが口を開いたのは、十分ぐらい経ってからだった。
「何だ」と俺は答えた。
「ドランは——」
声が少し詰まった。
「ドランは、こわかったか。最後に」
俺は「わからない」と言いかけた。
でも、考えた。
「「知らなかった。そんなにいたのか」と言った。それが——最後だった」
「怖いというより」
「怖いよりも、驚いていた気がする。三百年、ずっと一人だと思っていたのに、そうじゃなかった、ということに」
ゴブが少し黙った。
「……それなら、よかった」
「よかった、か」
「驚いて終わるのは——いい終わり方だと思う。俺の感覚だが」
「そうかもしれない」
ゴブが顔を上げた。目が赤かった。
「アシダ」
「何だ」
「ありがとう。ドランに、話を聞かせてくれて」
俺は「俺が聞きに行ったんだ」と言った。
「でも、聞いてくれなかったら、ドランは話せなかった」
「まあ、そうだな」
「ありがとう」
俺は「礼はいい」と言おうとした。でも、今回は言わなかった。
「ゴブ」
「何だ」
「ドランが「頼む」と言った。俺は「わかった」と言った。だから——何かあったら言え」
「わかった」
「言わなかったら、俺が聞きに行く」
「それも、わかった」
それからしばらくして、カイルからの通信が入った。
俺はゴブに「少し離れる」と言って、廊下に出た。
『レン、聞こえるか』
「聞こえる。どうした」
『第四迷宮に着いた。今は入口の前にいる』
「入ったか」
『まだ。入る前に、一つ聞かせてくれ』
「何だ」
『緊張してる場合に、どうすれば落ち着く』
俺は少し考えた。
「俺はよく「まあ」と言う」
『意味あるのか、それ』
「少し間が生まれる。急いで答えを出さなくていい、という自分への合図だ」
『……なるほど』
「あとは——聞こえなくなったら声に出せ。声を出すと、黙っている時間ができる」
『声を出すと黙れるのか』
「出した後に息を吸わないといけないから、自然と間が生まれる」
『それ、お前が無意識にやってることじゃないか』
「そうかもしれない」
『……まあ、やってみる』
「行けるか」
『行く。失敗しても笑わないって言ったよな』
「言った」
『じゃあ行ってくる』
「頼む」とカイルへの通信を繋いだまま、俺はゴブのいる第十七層を見た。
ゴブが床に座ったまま、こちらを見ていた。
目が、少し落ち着いていた。
「カイルから通信が入ってます」とバインの声が別のチャンネルに入ってきた。
俺は「わかった」と言って、通信を繋いだまま待った。




