第71話「二つの要請の間で」
「俺が行く」というカイルの言葉を、俺はすぐには返さなかった。
スキルのアラートをもう一度確認した。
【迷宮管理Lv.7:第四迷宮——緊急アラート受信。管轄外情報として通知——「調停者死亡。代替を求む」発信元:第四迷宮第23層類似区域——知性体識別名「ナハト」】
「ナハト」
「何だ」とカイルが聞いた。
「発信元の知性体の名前だ。第四迷宮の第23層類似区域にいる」
「ゴブみたいなやつか」
「わからない。でも、スキルが「知性体」と識別している」
カイルがしばらく考えた。
「調停者が死んだ、というのは——王国側の担当者が死んだということか」
「多分そうだ」
「戦闘で?」
「わからない。でも「代わりを求む」という発信があった。これは知性体側から来ている」
「……知性体が、人間に来てほしいと言っている」
「そうだ」
カイルが「なんか、ゴブの逆だな」と言った。
「どういう意味だ」
「ゴブは人間の扉をノックした。今度は知性体が「来てほしい」と言っている」
俺は「なるほど」と思った。
「話を聞きに行ける状態なら、行く価値がある」
「俺が行けるか、という話だ」
ゴブを呼んだ。
残留体の報告を一通り聞いた後で、第四迷宮の話をした。
ゴブが「カイルが一人で行くのか」と言った。
「選択肢を整理する。一つ目、カイルが単独で行く。二つ目、俺が第七迷宮を離れてカイルと一緒に行く。三つ目、誰も行かない」
「三つ目は」とゴブが言った。
「ナハトが待ち続けることになる」
「それは、俺たちが外に出られなかった頃に似てる」
「そうだ」
「じゃあ三つ目はない」
「二つ目は」
ゴブが少し間を置いた。
「核の安定は、どのぐらい続くんだ」
「今日の時点では、一週間は保てる可能性がある。変動幅が収束しているから」
「一週間、アシダがいなくても大丈夫か」
「バインがいれば、観測はできる。でも、核がまた「窓がない」と感じ始めたら——安定を保てるかわからない」
「じゃあ、難しい」とゴブが言った。「アシダが離れるのは」
「そうだ」
「俺が決めることじゃないけど、アシダが一人で行くのは難しい、ということだ」
「そうだな」
三人で沈黙した後、カイルが口を開いた。
「一つだけ確認させてくれ」
「どうぞ」
「俺が行って、失敗する可能性は高いか」
俺は正直に答えた。
「高い。ナハトが何者かもわからない。お前が一人で話せるかもわからない」
「でも、行った方がいい可能性もある」
「ある」
「じゃあ——」
カイルが俺を見た。
「俺に、できるか」
「わからない」と俺は答えた。「でも——」
俺は少し考えた。
「やってみるしかない、だろ」
カイルが口の端を動かした。
「……それはお前が言うな」
「言った」
「わかってる」
その夜、カーラへの通信を入れた。
「第四迷宮の調停者が死亡しました。カイルを先行させます」
『わかりました。護衛は』
「カイルは剣士です。戦闘能力は問題ない」
『問題は、交渉の方ですね』
「そうです」
『一点、追加情報があります。第四迷宮の直前の担当者——死因について、報告が入っています』
「何だったのですか」
『戦闘ではありません。第十七層より深い場所に、許可なく降りて——戻ってこなかったと』
俺は少し考えた。
「迷子になったのですか」
『それだけではないかもしれません。現地の報告では「奥に引き込まれた」という言い方をしています』
「引き込まれた」
「……知性体が、引き込んだのかもしれない」
『わかりません。でも——カイルさんに、それを伝えてください』
「伝えます」
通信を切った後、カイルにその話をした。
カイルが少し黙ってから言った。
「「第十七層より深い場所には行くな」ということか」
「そうだ。聞けることは、入口で聞く」
「わかった」
「あと——」
「何だ」
「失敗しても笑わない」
カイルが少し止まった。
「……なんでそれを言う」
「お前が「失敗したら」と考えてる顔をしているから」
「お前、顔を読むな」
「読んでいない。言葉で読んだ」
カイルが「どんな言葉だ」と言った。
「「できるか」という問い方だ。失敗を怖がっている人間の聞き方だ」
「……そうかもしれない」
「失敗しても来い。それだけだ」




