第66話「弟子候補」
カイルから返事が来たのは、翌々日だった。
管理局の廊下で俺を見つけて、「行く」と言った。それだけだった。
「わかった」
「条件がある」
「聞く」
「第七迷宮に行った後、俺が「やれない」と判断したら、その場で戻る。引き留めない」
「わかった」
「あと、訓練みたいなことはしないでくれ。普通に仕事をしてるところを見せてくれれば、それでいい」
「わかった。その方が俺も助かる」
カイルが少し顔をしかめた。
「お前、師匠みたいな顔をするなよ」
「してない」
「してる。自覚がないだけで」
俺は「そうか」と言った。
出発は三日後と決めた。
ゴブは先に第七迷宮に帰る必要があった。残留組の状態確認と、バインへの報告がある。
「カーラさんと話したか」と俺は聞いた。
「昨日、少し話した」とゴブが言った。
「村の代表者との対話の件は」
「来月まで待ってくれるそうだ。その間に、残留組の適応を終わらせる」
「バインは」
「バインは「できる」と言ってた。あの人は「できます」しか言わないな」
「できない、と言ったことはあったか」
「一回もない」
「それは、頼もしい」
「そうなのか。俺には少し怖い」
俺は「バインが「できません」と言ったときの方が、状況は深刻だ」と思った。
ゴブが出発する前夜、二人でしばらく話した。
「議場は、怖かったか」とゴブが聞いてきた。
「少し」
「俺はかなり怖かった。ウォリックというやつが立ち上がったとき、足がすくんだ」
「よく話せた」
「アシダが横にいたので」
「俺はただ横にいるだけだった」
「それが大事なんだ」とゴブは言った。
俺は何も言わなかった。
「一人でいたら、俺は固まってた。でも横に誰かいると、固まりきれない。不思議だ」
「固まりきれない、というのはいい表現だな」
「本当のことだ。言葉が出てきたのも、固まりきれなかったからだと思う」
ゴブがしばらく黙ってから言った。
「来月、また会えるか」
「来月は、村代表との対話があるから行く」
「北部の老女が来るやつか」
「そうだ」
「怖い」
「そうだろうな」
「でも行く」
「わかった」
ゴブが「アシダ」と言った。
「何だ」
「手を叩いてくれるの、忘れるなよ」
「忘れない」
「本当だな」
「本当だ」
ゴブが少しだけ、安心したような顔をした。
翌朝、ゴブが幌馬車で出発した。
馬車が見えなくなった後、カイルが隣に来た。
「ゴブって、意外と普通だな」
「普通だ」
「あんな小さいのに、議場で話したのか」
「台座に乗っていた」
「……そうか」
カイルがしばらく、馬車が消えた方向を見ていた。
「一つだけ聞かせてくれ」
「どうぞ」
「なぜお前は聞けるんだ」
俺は少し考えた。
「聞いてみたいと思うからだ。何が入ってるかわからないから」
「何が入ってるか、というのは」
「話の中に、必ず何か大事なことがある。何かはわからないけど、あるのだけはわかる。だから聞く。聞かないと、それを逃す」
カイルがしばらく黙った。
「……俺は今まで、聞く前に答えを持ってた気がする」
「多分そうだ」
「それで損したことがあるか、と聞かれたら——あったような気がする。でも気づかなかった」
「気づいたなら、今日からやり直せる」
「お前みたいなことを言うな」
「言った」
「わかってる」
第七迷宮からゴブの緊急通信が入ったのは、その夜のことだった。




