第60話「数字で語る」
採決の前に、カーラが手を挙げた。
「追加のデータを、一点だけ提出させてください」
議長が「許可します」と言った。
カーラが書類を取り出した。
「第七迷宮との交渉を通じて得た迷宮産素材の、過去三年の経済効果です。王国財務局による試算です」
俺はその書類の存在を知らなかった。
カーラが数字を読み上げた。
「迷宮産素材の市場流通量は従来比三倍。換算すると年間四千ゴールド相当。それに加え、戦闘なしでの採取が可能になったため、探索者の死傷率が前年比六十パーセント減少しました」
議場がまた静まった。
「戦闘ではなく交渉で得た数字です」
採決は取られた。
賛成三十一、反対十八、棄権一。
議長の鎚が鳴った。
ゴブが俺の袖を引いた。
「これは、いいのか」
「北部村落への補償が通った」
「通った、とは」
「補償が出る、ということだ」
ゴブがしばらく黙った。
「それは、よかった」
俺も「よかった」と思った。声には出さなかった。
終了後、議場の外でカーラに声をかけた。
「財務局のデータは、いつ用意したんですか」
「三週間前です」
「なぜ俺に言わなかったのですか」
「言うと、あなたが「最初からそれを出してください」と言いそうだったので」
俺は少し考えた。
「言ったかもしれない」
「でも、感情論だと言われた後に出した方が効く。そう思いました」
「……計算ずくでしたか」
「それが私の仕事です」
カーラが少しだけ笑った。昨夜に続いて、二度目だ。
「あなたが手順の話をしている間、ウォリック議員の顔を見ていました」
「どうでしたか」
「少し、揺れていました」
「揺れても反対に入れましたが」
「今回は。でも次は違うかもしれない」
俺はゴブを見た。ゴブは議場の外で、衛兵の一人をじっと見ていた。衛兵も困惑した様子でゴブを見ていた。
「次の課題が何かは、わかりますか」
「わかります」とカーラは言った。「もう一人のウォリックを、どう動かすか」
「ウォリック議員を、という意味ですか」
「いいえ。もう一人のウォリック——あなたはさっき「感情論ではなく手順の話だ」と言いました。ウォリック議員は、頭では理解したかもしれない。でも、胃のあたりではまだ受け入れていない」
俺は「なるほど」と思った。
「それを動かすには」
「時間か——もう一つの場面か」
「もう一つの場面、とは」
「北部村落の代表者との対話です」
ゴブが戻ってきた。
「衛兵に、「あなたは危なくないのですか」と聞かれた」
「何と答えたのですか」
「「危なくないですよ。あなたが危なくなければ」と言ったら、固まった」
俺は「それは正解だ」と言った。
「本当か?」
「相手の前提を確認した。それは正しい返し方だ」
ゴブが少しだけ、胸を張った。
カーラが退場する議員たちの方を見ていた。
ウォリック議員が扉から出る直前、振り返った。
目が合った。
目はまだ笑っていなかった。
でも——少しだけ、以前と違う何かがあった。




