第58話「ゴブの証言」
ゴブの声は、思ったよりも通った。
「私の名前はゴブです」
最初の一文で、議場がまた静かになった。違う種類の静かさだった。「驚き」の沈黙。魔物が、滑らかな人語で自分の名前を名乗った、という事実への。
「第七迷宮に住んでいます。生まれてからずっと、あそこで暮らしていました」
ゴブは台本を持っていなかった。事前に「台本は作らない」と条件を出していた通りだ。
「私たちは——」
ゴブが少しだけ間を置いた。
「怖かった。ずっと、怖かった」
議場が、また静まった。
「第23層から、アレが来ました。私たちはそれを「アレ」と呼んでいました。本当の名前を知らなかった。ただ、それが近づいてくると、深いところから何かが揺れる感じがして——仲間たちが怯えた」
俺は演台の後ろから、ゴブを見ていた。
ゴブは前を向いていた。議員たちを見ていた。
「私たちは、逃げることにしました。でも、どこへ逃げるかがわからなかった。迷宮の外に出たことは、私も仲間もありませんでした。外が怖かった。でも、アレの方が怖かった」
俺は議員たちの顔を見た。
無表情の人間がいた。腕を組んでいる人間がいた。メモを取っている人間がいた。そして——静かに聞いている人間がいた。
「外に出たいと思ったとき、私は「調停者」という言葉を知りました。迷宮の古い言葉で、「外との橋渡しをする者」という意味です。そのポジションに、一人の人間がいました」
ゴブが少しだけ俺の方を見た。
「アシダという人間です。ランク外の門番です。私はその人間の扉をノックしました。夜に、一人で」
議場が静かなまま、ゴブの話が続いた。
俺との交渉のこと。外に出るまでの経緯。移送が始まったこと。ドランのこと。
ドランの話をするとき、ゴブの声がわずかに変わった。
「第七迷宮には、核と呼ばれる知性体がいました。名前はドランです。三百年、あの場所を管理し続けていた」
ゴブが少し間を置いた。
「ドランは、誰とも話せなかった。三百年間。王国の探索者たちは来たが、誰も話を聞こうとしなかった。ドランはそれを責めていなかった。ただ、そういうものだと思っていた」
声が平静だった。だからこそ、意味が重く届いた。
「アシダが来て、初めて話を聞いた。それだけのことで——ドランは、変わりました。移送に協力してくれました。最後まで、核の出力を保ちながら、全員を外に出そうとしてくれた」
ゴブが続けた。
「ドランは今、いません。移送を終えて、崩落しました。でも——最後に、「話せてよかった」と言いました。三百年で初めて、話せてよかったと」
議場が静まり返っていた。
ゴブが最後に言った。
「私たちは脅威ではありません。ただ、生きたかっただけです」
それから、深く頭を下げた。
しばらく、誰も声を出さなかった。
俺はカーラを見た。カーラは前を向いたまま、目を細めていた。
議場の空気が、変わっていた。
それだけはわかった。
最初に声を出したのは、前列右端の議員だった。
立ち上がった。
俺はその顔を見た。
目が笑っていない。




