第56話「聞かなかった話」
宿に着いたのは夜だった。
カーラが手配してあった宿は、王都外れの小さな旅館だった。目立たない場所だ、とカーラは言った。軍の宿舎は使わない。理由は「記録が残ると困る」。俺は深く聞かなかった。
夕食を一緒に取ることになった。メニューは麦粥と干し肉。豪勢ではないが、十分だった。
「一つ、聞いてもいいですか」とカーラが言った。
「はい」
「あなたは後悔することがありますか」
俺は麦粥をすくいながら考えた。
「ゴブの仲間に、間に合わなかった個体がいます。移送の途中で倒れた。名前を聞けていなかった」
「それが後悔ですか」
「名前を聞けばよかったとは思っています。後悔というより、聞かなかったことの結果が残った、という感じです」
「違いは?」
「後悔には「やり直したい」が入ります。俺は「そういうことがある」という受け取り方をします。やり直したいとは、あまり思わない」
カーラが麦粥を混ぜながら、少し黙った。
「私は後悔します。よくします」
「そうですか」
「五年前の件も、今でも後悔しています」
「やり直したいということですか」
「……できないとわかっているのに、やり直したいと思う」
俺は何も言わなかった。
食事が終わってから、カーラが「少し話してもいいですか」と言った。
俺は「どうぞ」と言った。
「私が若かった頃——最初の現場配属のとき、部下が一人いました。新兵で、よく喋る子でした」
カーラはコップを持ったまま話した。俺は聞いた。
「その子が、ある夜、私に話があると言ってきました。私はそのとき、翌日の作戦の計画書を書いていた。「明日にしろ」と言いました」
「明日に話せなかったのですか」
「翌日の作戦中に、その子は死にました」
俺は何も言わなかった。
「「話があった」の内容が何だったか、今でもわかりません。作戦の不安だったかもしれない。友人のことだったかもしれない。ただの日常の話だったかもしれない。でも私は聞かなかった」
「聞けなかった、ということもあります」
「聞かなかったのです」とカーラは言った。「「明日にしろ」と言った。計画書を書くことを選んだ。その判断は、私がした」
俺は黙って聞いていた。
「それから、部下に話しかけられると——できるだけ、その場で聞くようにしました。それでも間に合わないことはある。でも、「明日にしろ」とは言わないようにしています」
「だから、北部村落の話も、三年間続けているのですか」
カーラがわずかに表情を止めた。
「……関係があるのかどうか、わかりません。でも、動き続けることで、あのとき止まったものが少し動く気がします。理屈ではないとわかっていますが」
「理屈じゃなくていいと思います」
カーラが俺を見た。
「あなたは、慰めが上手いわけではないですね」
「そうですね」
「でも、なぜか聞いてほしくなります」
俺は「それは、俺が何も言わないからだと思います」と答えた。
「……そうかもしれません」
翌朝、出発の前にカーラが言った。
「昨夜の話は、誰にも言わないでください」
「言いません」
「なぜそんなにすぐ言えるのですか」
「あなたが俺に話したのは、俺が聞いたからで、俺に話したかったからです。それを別の人間に伝えるのは、俺が聞いたことではなく、俺が聞いた話を使うことになります。それは違う」
カーラが少し目を細めた。
「……あなたは変わった思考回路をしています」
「よく言われます」
「門番らしくはないですね」
「だからランク外なのかもしれないです」
カーラが小さく、短く笑った。
俺は初めてカーラが笑うのを見た。




