第55話「王都への道」
王都に向かう馬車の中で、カーラは最初の一時間ほど書類を読んでいた。
俺は窓の外を見ていた。エルガ山脈が徐々に小さくなっていく。第七迷宮は見えなくなった。
「一つ、聞いてもいいですか」
書類をめくる音が止まった。
「どうぞ」とカーラが言った。
「カーラ副司令は、なぜ北部村落の件にそこまで関わるのですか」
彼女は少し間を置いた。
「担当だからです」
「それだけではないと思います」
カーラが書類を膝に置いた。
「なぜそう思うのですか」
「三年間、同じ壁を叩き続けた人間の顔をしていたので」
今度は長い沈黙だった。
窓の外で木立が流れていく。
「……私の管轄区域で、最初の溢出が起きたのは五年前です」とカーラは言った。「そのとき私は現地に向かいました。ただし、到着が一日遅れた」
「理由は」
「議会への報告書の作成が必要でした。上の判断では「書類が優先される」。私はそれに従いました」
「その間に」
「被害が拡大しました。死者が十七人から二十七人に増えました」
俺は何も言わなかった。
「書類を優先した私の判断が正しかったかどうか、今でもわかりません。ただ——」
カーラが窓の外に視線を向けた。
「一日早く動けていたら、という問いはずっとあります」
昼を過ぎた頃、馬車が宿場で止まった。
ゴブを移動させるための特別馬車が、三日後にここで合流する予定だ。カーラが手配した閉鎖型の荷台で、外から見えないように改造してある。
食事をしながら、カーラが聞いた。
「あなたは、なぜ話を聞けるんですか」
俺は「よく聞かれる質問です」と答えた。
「ドランにも聞かれましたか」
「はい」
「何と答えたのですか」
「聞かないと損だと思っている、と」
カーラはコップを持ったまま、少し考えた。
「損、ですか」
「そうです。話の中に、いつも何か大事なものが入っている。聞き逃すと、後で後悔する。だから聞く」
「それは、習慣ですか」
「習慣だと思います。いつからそうなったかはわからない」
「……私は、話を聞けていなかったのかもしれない」
俺は「どういう意味ですか」と聞いた。
「議会の書類を優先したとき、現地からの報告は来ていました。でも私は数字だけを見た。「被害十七名、拡大の可能性あり」という報告の、「拡大の可能性」という部分を——軽く読みました」
「軽く読んだというのは」
「読んだけれど、聞かなかった。意味を受け取らなかった。数字は見たが、その後ろにある意味が届かなかった」
俺はパンを口に入れながら、しばらく考えた。
「それは、話を聞けなかったのではなく、判断の優先順位が間違っていたんだと思います」
「同じことでは」
「違います。聞く能力がなかったのではなく、聞く前に「書類が優先」という答えが出ていた。だから聞けなかった。本当に聞けない人間は、聞けなかったことに気づかない」
カーラが少し眉を上げた。
「あなたは気づいている。だから今、俺に同じことを聞いている」
彼女は何も言わなかった。
「それは、聞けるということだと思います」
夕方、馬車が再び動き出してから、カーラが窓の外を見たまま言った。
「あなたみたいな人間が、なぜ門番なんですか」
俺は少し考えた。
「ジョブ判定で、そう出たからです」
「それだけ?」
「それだけです」
カーラが「……そうですか」と静かに言った。
答えが物足りなかったかもしれない。でも、本当にそれだけなので、それ以外の答えがない。
ただ——ランク外のジョブを引いて、墓場の門に立って、ゴブと話したことは、全部つながっている。
話したから、今ここにいる。
それだけだ。




