第52話「議会を止める方法」
カーラの話を最後まで聞いたのは、夜が深くなってからだった。
北部三村落への被害補償は、三年前の溢出が原因だった。魔物が境界を越えて農地と集落を壊滅させ、二十七人が死亡、百人以上が家を失った。王国が「被害は迷宮管理の失敗によるもの」と認定すれば、補償が出る。ただしそのためには「迷宮が危険な状態でないことを認めること」と矛盾する。だから議会は動かない。
「論理が逆なんです」とカーラは言った。「補償するには危険を認める必要があり、危険を認めると対応策の失敗も認めることになる。そこで立ち往生している」
「つまり、補償の話ではなく、議会が自分の失策を認めない話だ」
「……そう、です」
俺は少し考えた。
「安全保障の懸念を崩すには、その懸念が最初から正確ではなかったことを示せばいい」
「そうです。迷宮の知性体が脅威ではなく、むしろ封印の維持者だった——その事実を提示すれば、安全保障論は崩れる。補償の否決理由が消える」
「感情論は残るが」
「はい」とカーラは静かに言った。「でも、論理が崩れれば、次の採決で勝てる可能性がある」
俺は空のコップを机に置いた。
「知性体に証言させる、ということの意味を理解していますか」
「わかっているつもりです」
「わかっていないと思います」
カーラが顔を上げた。
「ゴブは、人語が話せます。賢い。礼儀もある。それでも、議会の場に連れていけば、半数の議員は話を聞く前に結論を出す。魔物が議場に入ってきた、それだけで思考が止まる」
「……わかっています」
「わかっていてもやると言うなら、それは覚悟の話になります」
カーラは少し間を置いてから、答えた。
「やります」
声に迷いはなかった。
「理由を聞いてもいいですか」
「三年間、やれることをやってきました。書類を出した、議員に頭を下げた、数字を揃えた。それでも動かなかった。残っている手段がこれしかない」
俺は頷いた。
「ゴブに相談してみます。ただし、ゴブが嫌だと言えば終わりです」
「もちろんです」
「あと、議場の設定、移動手段、安全の確保——それはあなたが全部手配してください。俺にできるのは、ゴブを説得することだけです」
「わかりました」
翌朝、ゴブへの通信を入れた。
事情を説明すると、ゴブは少しだけ黙った。
『俺が、王都で話す?』
「そうだ。人間の議会の前で」
『……どんな人間がいる?』
「議員と呼ばれる人たちだ。偉い人たちが集まって、決定を下す場所だ」
『俺を見て逃げるか?』
「見て逃げる人間と、見て武器を持つ人間と、座ったまま怒鳴る人間と、黙って聞く人間がいると思う」
また沈黙。
『俺は構わない。ただし——』
「条件があるか」
『ある』
俺は「わかった、聞く」と言った。
ゴブが言ったことを俺はその場でメモした。それをカーラに渡したとき、彼女は少し目を見開いた。
「これは……」
「ゴブの条件です」
「私の権限を超えることが含まれています」
カーラは書かれた文字をもう一度読んだ。
「でも——」
彼女が顔を上げた。
「やります」




