第5話「スキルが覚醒した夜」
シャーマンたちは夜明け前に来た。
ゴブリンシャーマンは普通のゴブリンより頭一つ背が高く、杖を持っていた。三体。全員が白い布を掲げていた。
どうやら「白旗外交」はゴブリン共通の文化らしい。
「調停者に会いに来た」
リーダー格が言った。ゴブより流暢な人間語だった。
「聞いています。どうぞ」
「……話が早い」
「あなたたちが白旗を持っている。戦いに来たわけじゃないことはわかる」
シャーマンたちの用件は二つだった。
一つ目。ゴブたちの「難民認定」を正式に要請したい。前室に留まることを、調停者として承認してほしい。
「承認します」
「……条件は」
「ゴブが来た時と同じです。外に出ない。情報を共有する。対価として素材を提供する」
シャーマンたちは互いに顔を見合わせた。何かを迷っているように見えた。
「条件が軽すぎる」
「そうですか」
「普通、外の者はもっと要求する。我々の弱みを握って、全てを奪おうとする」
「そうする理由がない」
「なぜ」
「持続しないからです。全部奪えば関係が終わる。長く続く取引の方が双方に得だ」
またシャーマンたちが顔を見合わせた。
「……本当に人間か」
「人間です。多分」
二つ目の用件は、最初より重かった。
「23層の影について、調停者に知っておいてもらいたいことがある」
リーダー格のシャーマン——名前はヴァル——が静かに言った。
「あれは『支配の霧』だ。古代の封印から漏れ出している」
「古代の封印」
「第七迷宮が造られた時、最初からそこにあった。何百年もの間、23層に閉じ込められていた。だが三ヶ月前——何かが変わった」
「何が変わったのか」
「わからない。ただ、封印の一部が解けた。それだけは確かだ」
俺はスキルを起動した。
【特記事項:第23層「支配の霧」——封印強度 67%(低下中)】
67%。
「封印が完全に解けたらどうなる」
ヴァルが答えるまで、少し間があった。
「霧が広がる。霧に触れた者は意思を失い、霧の意思に従う。迷宮の中だけに留まらない。地上にも広がる」
地上にも。
「それはいつになる」
「封印強度がゼロになった時だ。今の速度なら——」
ヴァルは指を折った。
「二ヶ月」
俺はしばらく黙って考えた。
問題を整理すると、こうなる。
二ヶ月後に、自律的に拡散する「支配の霧」が迷宮から溢れ出す。それが地上を覆えば、文明が終わる。
王国にこれを伝えるべきだ。だが——
「証拠があるか」
「ない。だが俺たちの仲間が変えられていくのを見ている」
「王国に伝えたことは」
「ない。伝える手段がなかった。調停者がいなかった」
俺は報告書を思い浮かべた。「異常なし」と書いた紙を。
「わかった。王国に伝える」
「信じてもらえるか」
「信じてもらえるかどうかは、伝えてみないとわからない」
ヴァルがじっと俺を見た。
「……伝え方は考えるか」
「考えます。伝え方が重要な場合があります」
「なぜそれがわかる」
「経験です。前の世界での」
言ってしまってから、俺は口を閉じた。ヴァルは何も聞かなかった。
シャーマンたちが去った後、俺は一人で座っていた。
月銀石が手の中にある。重い。
スキルが鳴った。
【迷宮管理 Lv.1→Lv.2 解放】
【新機能:交渉強化 ——「調停モード」使用可能】
調停モード:知性体との交渉中、相手の「本当の要求」が見えるようになる
本当の要求。
俺はそれを見て、少し笑った。
正直、これまでも大体わかっていた。
でも、数値になるのは助かる。
翌朝、俺は新しい報告書を書き始めた。
今度は「異常あり」と書いた。
内容は全部書いた。ゴブのことも、ヴァルのことも、23層の封印のことも。証拠がないことも、俺の判断で難民として前室に留めていることも。
全部。
嘘をついても、時間を稼いでも、結局二ヶ月後には意味がなくなる。なら今、全部話した方がいい。
書き終えて、封をした。
使者に渡す前に、もう一度開けた。
最後に一行だけ付け加えた。
「このことを信じるかどうかは、あなた方が決めることです。ただ私は調停者として、知っていることを全て伝える義務があると判断しました」
それで封をした。
◆ 次話「第6話:同期が来た」




