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門番、魔王軍と交渉する〜ハズレジョブでも、話を聞く奴が世界を動かす〜  作者: ハル
門の外の世界

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第47話「三日で返事をくれ」

王都に戻って二日目の朝だった。


 管理局の応接室に再び通されたとき、俺はすぐに気づいた。椅子の配置が変わっている。前回は俺が一人で座る側に、向かいに三人が並んでいた。今日は、丸テーブルが置かれていた。


 細かいことだが、細かいことが大事だ。


「アシダさん、座ってください」


 ネイハルトが言った。前回と違って、声に棘がない。疲れている、というほうが正確か。彼の目の下に、昨日はなかったものが刻まれていた。


「昨夜、協議しました」


 俺は黙って椅子を引いた。


「北崖窪地の件、上位三名の連署で仮承認が降りています」


 仮承認。


 まあ、聞いてから判断しよう。


「仮というのは」


「恒久的な帰属決定には議会の承認が必要です。ただし、緊急措置として管理局が六十日間の暫定管理権を持つことができる。その枠で動かします」


 六十日。移送自体は三日以内に動かさなければならないが、移住先としての使用権が六十日あれば、その間に正式な手続きを踏める。


「カーラ副司令は」と俺は聞いた。


「今日はいません」


 ネイハルトは一瞬だけ視線を落とした。


「軍部との調整は、引き続き私が行います」


 つまり、カーラは反対のままということだ。ただし、上が動いた。軍部の一意見より、連署の重みが上回った。そういうことだろう。


「ドランの件について」


 ドレイク上席審議官が口を開いた。この人物は昨日からずっと、しゃべる量が少ない。しかし、しゃべるときは核心しか言わない。


「制御放棄の順序を、こちらで確認する方法はありますか」


 俺はスキルウィンドウを開いた。


【迷宮管理Lv.6:ドラン通信チャンネル・開放中 / 内部状態確認可能 / 残存出力71.4% / 臨界まで推定127時間】


「スキルを通じて、現在の内部状態を数値で見ることができます。崩落が始まれば、それ以前に数値が急落します。数値の共有は、俺の口頭報告か、この部屋でのスキルウィンドウ確認であれば可能です」


「常駐してもらう必要があります」


「わかってます」


 俺はそのつもりで来た。


「ゴブとも連絡が取れる状態です。内部の移送準備は、彼が仕切っています」


「ゴブというのは」


「第七迷宮、第四層の小隊長。俺が最初に交渉したゴブリンです。人間語が話せます。内部の知性体たちと俺の間をつないでいる」


 ドレイクがメモを取った。


「移送の順序について」俺は続けた。「ドランからの提案では、第四層以浅の知性体から外へ。次いで中層、最後に第十七層周辺の守護体群という段取りです。俺とゴブで動線を確認してあります。北口から出て、北崖窪地まで最短で半日の道程」


「人間との接触は」


「移送路は既存の街道を避けた北回りのルートを取ります。ただ、万が一の接触があったとき——向こうも怯えています。こっちも怯える。怯えた側が先に手を出す可能性がある」


 俺は一呼吸置いた。


「移送路に、管理局側の案内役を一名か二名、配置してほしい。武装不要。旗か腕章があれば十分です。衝突を止めるより、衝突の原因を消す」


 ネイハルトとドレイクが目を合わせた。


「それは」ネイハルトが言いかけた。


「今すぐ返事をもらう必要はないです」俺は言った。「ただ、移送開始は明後日の夜明けを想定しています。それまでに判断してください」


 沈黙があった。


 長くなかった。


「わかりました」ドレイクが言った。「人を出します」


 ネイハルトが少し驚いた顔をした。俺も少し驚いた。上席審議官というのは、実務の話になると早い人らしい。



 



 管理局を出て、俺はすぐにゴブとの通信を確認した。


【迷宮管理Lv.6:ゴブ通信 / 音声記録モード】


「ゴブ、聞こえるか」


 応答まで少し間があった。


『聞こえる。今、三層と四層の間にいる。長老のナガシが揉めてる』


「どんな揉め方だ」


『「外に出たら殺される」って。百年以上そう信じてきたから、急に違うって言っても信用できないって。当然だと思う』


「そうだな」


 俺は歩きながら答えた。王都の路地に、朝の市が立ち始めていた。魚売りが声を張っている。


「ナガシに、移送後に確認できる事実を一つ示せるか。誰かが先に出て、無事だったという報告」


『……先行部隊か』


「志願者がいれば。強制はしなくていい。一組でいい」


 しばらく沈黙があった。


『俺が聞いてみる』


「頼む。もう一つ」


『何だ』


「守護体たちの状態は」


『ドランが抑えてる。ただ、あいつらは静かすぎて怖い。何か考えてる感じがする』


 俺はそれを頭に留めた。守護体は交渉の相手というより、ドランの延長に近い存在だ。ドランが動けば、守護体も動く。逆もしかり。


「わかった。明後日の夜明けまでに移送開始できるか」


『長老たちの承認次第だけど——やる。やらないと間に合わない』


「ゴブ」


『何だ』


「無理に全員動かそうとするな。動ける者から動かす。残った奴の分は、後で考える」


 また間があった。


『……お前は、残る奴のことも考えてるんだな』


「当然だろ」


 通信が切れた。



 



 昼を過ぎた頃、俺は宿に戻った。


 バインが来ていた。元調査隊長。北部の地理に詳しい人物で、北崖窪地への道程を確認したくて昨日連絡していた。


「移送路の件だが」バインは地図を広げた。「北口から窪地まで、俺が知ってるだけで三本のルートがある。最短は確かに半日だが、二月前に土砂が出てる」


「迂回できますか」


「できる。ただ一時間は余計にかかる。あとここ」バインが地図の一点を叩いた。「昔、猟師の小屋があった。今は廃屋だが、雨風は凌げる。万が一のとき、小規模な群れなら一晩は持つ」


「知っておきます」


「俺も行こうか」


 俺は少し考えた。


「来てもらえるなら助かります。ただ、安全は保証できない」


「保証してくれたほうが怖い」バインは笑った。「保証できる奴は嘘をついてる」


 この人は本当に実務が好きなんだろうと思った。



 



 夕方、想定していなかった訪問者が来た。


 マイだった。


 薬師街の彼女が、宿まで来るとは思っていなかった。


「ドランから、今朝、声が聞こえました」


 彼女は入り口に立ったまま言った。中に入ることを少し迷っている様子だった。


「どうぞ、入ってください」


 マイは椅子に座り、膝の上で手を組んだ。


「いつもと違う声でした。強さというか、密度が違う。それで、何か動いてるんだと思って」


「動いてます」


 俺は今の状況を、必要な部分だけ話した。臨界まで残り五日強。移送計画。王国側の仮承認。


 マイは黙って聞いていた。


「ドランの声は、今日はどんなでしたか」と俺は聞いた。


「……静かな声でした」マイは少し考えながら言った。「いつもは同じ言葉を繰り返すんです。でも今日は違った。繰り返さなかった」


「何て言ってましたか」


「『もう少し』と」


 俺は何も言わなかった。


 三百年間、同じ言葉を繰り返していた知性体が、今日だけ違う言葉を言った。


 その意味を、俺はたぶん正確には理解できない。


「ありがとう、来てくれて」


「役に立てることがあれば」マイは立ち上がりかけて、止まった。「石板は、ちゃんと届きましたか」


「届きました。おかげでドランと話せた」


 彼女は短く頷いて、出て行った。



 



 夜、俺はスキルウィンドウを長い間見ていた。


【迷宮管理Lv.6:ドラン残存出力68.9% / 臨界まで推定119時間 / 内部知性体活性度:高 / 第一層〜第四層:移動準備態勢 / 第十七層:安定】


 数値は少しずつ落ちている。


 動ける者から動かす。残った奴の分は後で考える。


 ゴブにそう言ったが、本当は全員動かしたい。ドランも含めて。ただ、ドランが動けるかどうかは、俺にはまだわからない。知性体というのが、場所に紐付いているのか、それとも切り離せるものなのか。


 まあ、聞いてから判断しよう。


 明後日の夜明けまでに、聞く場所に戻らなければいけない。


 俺は地図を手元に引き寄せた。バインの書き込みが細かく入っている。廃屋の位置。土砂の出た場所。窪地の入り口の目印になる岩の形。


 こういうものが、最終的に命を救う。


 大きな交渉が成立しても、道の途中で土砂崩れがあれば終わりだ。


 俺は書き込みを全部、頭に入れた。



 



 翌朝、ネイハルトから使いが来た。


 手紙には短く書いてあった。


「移送路の案内役、二名を手配しました。明朝、北門に待機します。腕章は白と青の縦縞。軍人ではなく、管理局の現地調査員です」


 俺はその手紙を折りたたんで、上着の内ポケットに入れた。


 もう一通あった。


 差出人の名前を見て、俺は少し止まった。


 カイル・ベルグ。


 開いた。


「聞いた。迷宮が崩落するかもしれないと。お前が動いてると。——お前の邪魔はしない。ただ、何かあれば言え。俺にできることがあれば」


 それだけだった。


 カイルらしいといえばカイルらしい。謝罪でも感謝でもない。ただの申し出。


 俺はしばらく、その手紙を見ていた。


 返事を書こうとして、やめた。


 言葉より、結果を見せたほうがいい。


 俺は荷物をまとめ始めた。移送が始まれば、この宿には当分戻れないだろう。


 ゴブとの通信を開いた。


「ゴブ、先行部隊は出せそうか」


 今日は応答が早かった。


『出せる。二組、志願が出た。ゴブリンとスライムが一体ずつ』


「明朝の夜明けに北口で合流できるか」


『できる。ナガシの爺さんが、「全員の目の前で送り出す」って言ってる。言葉より行動だって』


「いい爺さんだな」


『お前と似てる、って言ったら怒ってた』


 俺は少し笑った。


「明朝、北口で待つ。管理局の案内役も来る。白と青の縦縞の腕章をつけてる。怖がらなくていいと、伝えておいてくれ」


『わかった。——アシダ』


「何だ」


『上手くいくか?』


 俺は少し考えた。


「わからん。でもやるだけやる」


『……お前って、本当に頼りになるんだか、なんないんだかわからない』


「俺もわからん」


 通信を切って、俺は窓の外を見た。


 北の空に、厚い雲がかかっている。


 明日の夜明けに、すべてが動き出す。


 あとは、動きながら考える。それしかない。


 問題は、ドランが——三百年間その場所にあり続けた知性体が——最後に何を選ぶか、だ。


 俺はまだ、それを聞けていない。

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