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門番、魔王軍と交渉する〜ハズレジョブでも、話を聞く奴が世界を動かす〜  作者: ハル
門の外の世界

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第45話「三者の席」

第十七層の空気は、外とも上層とも違う。


 湿度が低い。石の匂いがしない。かわりに、何か古い紙を大量に積み上げた書庫みたいな気配がある。ドランが三百年かけて作り上げた空間は、生きた迷宮というよりも、静かに眠り続ける図書館に近かった。


「外の調停者」


 ドランの声は昨日と同じだ。音というより、頭の中に直接届く感触。ゴブは毎回ぶるっと肩を震わせるが、もう逃げようとはしない。


「聞こえてる」と俺は答えた。「昨日の続きをしたい。できれば今日中に」


「……急かすか」


「残り六日を切ってる。俺が急かさなくても時間が急かしてる」


 少し間があった。


 ドランが何かを考えているとき、迷宮全体がわずかに息を止める。壁の文様が淡く点滅して、スキルのログが流れた。


【迷宮管理Lv.6:制御核出力94.1% 限界まで6日2時間(現在時刻基準)】


 昨日より少し削れている。


「条件を整理する」と俺は言った。「ドランが望むのは三つ。内部の知性体に出口を。外の者に安全を。自分には休息を。合ってるか」


「合っている」


「俺が動かせるのは二つ。外側のルートと、王国側の説得だ。内部の知性体を束ねる交渉は、ゴブに任せたい」


 隣のゴブが小さく跳ね上がった。


「わ、わたしが、ですか」


「お前が一番、迷宮内の連中に顔が利く。それに俺の言葉を魔物語に変換できるのはお前だけだ」


「でも、上層の者たちはわたしの話を——」


「聞かないかもしれない」と俺は言った。「聞いてもらうための話し方を、一緒に考えよう。それが終わってから動けばいい」


 ゴブはしばらく俺の顔を見ていた。それから、小さく頷いた。


「……わかりました。やってみます」


「ドラン」と俺は天井に向けて言った。「内部の知性体たちに俺たちの提案を伝えてもらえるか。お前の声なら全層に届くだろう」


「届く」


「内容は、三つ。一、迷宮崩落の前に段階的に外へ移動すること。二、移動の際に俺が交渉窓口となり王国側の攻撃を止めること。三、移動後の生活区域については改めて交渉する。この三点を告げてくれ」


 また間があった。今度は長い。


 三十秒ほど経って、ドランが答えた。


「……伝えた」


「反応は」


「様々だ。信じる者もいる。怒る者もいる。逃げるくらいなら戦うと言う者もいる」


 まあ、そうだろう。


 いきなり知らない人間が来て「外に出ろ」と言われても、誰も素直に頷かない。


「怒ってる連中の言い分を、もう少し詳しく教えてくれるか」


「……なぜ」


「怒りには理由がある。理由がわかれば、答えられることがある」


 今度の間は短かった。


「——彼らは問う。外に出て、どこへ行けというのか。人間の土地に出れば殺される。森は人間の狩り場だ。山は別の勢力が押さえている。逃げ場などない、と」


「それは正当な怒りだ」と俺は言った。「答えは出せるか?」と自分に問いかけた。


 出せる。かどうかはわからない。でも、出す方向での話はできる。


「ドラン、もう一つ聞いていいか」


「聞け」


「第七迷宮の北口から東に二十分ほど歩くと、崖沿いに窪地がある。あそこはどういう土地だ」


 スキルのログが一瞬明滅した。


【迷宮管理Lv.6:外部地形参照——対象エリア「北崖窪地」 王国管轄外(未登録地) 土地属性:迷宮隣接 特記:過去の管轄争いにより帰属未定のまま放置(記録年:62年前)】


「……あの土地は、六十年以上誰も手を付けていない」とドランは言った。「人間も使わず、魔物も定住していない。理由は古い境界争いの痕跡が残っているからだ」


「つまり、空白地帯だ」


「形式上は」


「それで十分だ」


 俺は頭の中でプランを組み立てた。ゴブが俺の横顔を見上げている。


「外の調停者、何か考えましたか」


「まだ荒削りだが、聞くか」


「聞きます」


「まず、あの窪地を緩衝地帯の拡張区域として使う。既にネイハルトさんと話した緩衝地帯の正式認定がある。あそこを含める形で再交渉する。王国側は未登録地に関して管轄を主張できない。だから、俺たちが先に実績を作れば、後から文句を言いにくくなる」


「実績というのは」


「今から俺が王都に戻って、ネイハルトさんとドレイク上席審議官に報告する。臨界まで六日。王国に選択肢を突きつける。迷宮が崩落した場合の被害試算と、移送プランを受け入れた場合の試算を並べて見せる」


「……脅すのですか」


「脅しじゃない。情報の提示だ。判断するのは向こう。ただ、判断に必要な材料を全部揃えて持っていく」


 ゴブはしばらく考えてから言った。


「もし、王国が受け入れなかったら」


「まあ、聞いてから判断しよう」


 俺が言うと、ゴブは口を閉じた。それから、なぜか少し笑った顔になった。


「……外の調停者がそう言うなら、きっと何かあるのでしょう」


「根拠のない信頼はやめろ」


「でも、今まで全部うまくいきましたよ」


 それは俺のせいじゃなくて、全部お前らが話を聞いてくれたせいだ。とは言わなかった。


「ドラン」と俺は改めて呼んだ。「俺は一度外に出る。王国側と交渉してくる。それが終わったら戻ってくる。その間、崩落の速度を可能な限り抑えてくれるか」


「……抑制には出力を使う。出力を使うほど限界は近づく」


「わかってる。ただ、交渉に必要な時間が欲しい。難しければ難しいと言ってくれ」


 間があった。


「——三日。外出力を最小化すれば、三日は現状を維持できる。ただし、その後の急速劣化は止められない」


「三日あれば動ける」と俺は言った。「ゴブ」


「はい」


「お前はここに残れ。ドランの補助を頼む。内部の知性体たちへの説明も、お前の声の方が通りがいい。俺が戻ってくるまでに、移動に同意した者と同意しない者のリストを作っておいてくれ」


「……わたし一人でやるんですか」


「俺が作ったお前への信頼は根拠がある」


 ゴブは一瞬きょとんとした顔をして、それから背を伸ばした。


「わかりました。やります」


「無理なことがあったら、ドランに伝えろ。俺のスキルにも届くかもしれない」


「届く」とドランが言った。「この者は今や、迷宮内部の記録に接続されている。最低限の通信であれば可能だ」


 それは初耳だった。スキルのログを確認すると、新しい項目が増えていた。


【迷宮管理Lv.6:内部連絡機能 開放——対象「第四層登録知性体(ゴブリン/ゴブ)」との通信チャンネル確立】


「……お前が開けてくれたのか」


「必要だと判断した」


 ドランは、必要なことを必要なタイミングでやる。三百年生きてきた知性体だ。俺が説明しなくても、要点を掴む。


「ありがとう」と俺は言った。


 返事はなかった。でも、文様がわずかに揺れた。



 



 上層への帰り道は速かった。


 十七層から十二層までは昨日守護体が開けた通路がそのまま残っていた。途中でスキルのログが何度か流れた。


【迷宮管理Lv.6:上層知性体反応——第8層、移動群あり(種別:コボルト×11、方向:北口)】


【迷宮管理Lv.6:上層知性体反応——第5層、集会状態確認(種別:混合 規模:推定40体以上)】


 ゴブからの連絡、か。あるいはドランの伝達が既に届いているのか。内部の知性体たちが動き始めている。


 混乱が起きる前に王国と話をつけなければ、流れが制御できなくなる。


 地上に出ると、昼過ぎの光が眩しかった。迷宮の中にいると、時間感覚が少しずれる。


 北口の待機エリアには、エドゥスが立っていた。


「……戻ってきましたね」


「心配したか」


「しませんよ。貴方が迷宮で死ぬイメージが湧かないので」


 エドゥスは商会の連絡役として、俺が王都にいる間の現地管理を任せている。馬鹿にしているわけではなく、本当に死ぬイメージが湧かないというのはわかる。俺も自分が迷宮で死ぬイメージが湧かない。ただの門番がなぜ十七層まで行けたのかという話になると、答えに困るが。


「ゴブは」


「残ってもらった。内部の取りまとめを頼んだ」


「——ゴブさんを一人で」


「心配か」


「……心配です。かなり心配です」


「ゴブを信頼してる」


「それはわかります。わたしも信頼しています。ただ、迷宮内部で魔物四十体以上を相手にして——」


「交渉だ。戦わなくていい」


「でも、何十体も相手に話を——」


「俺がよくやってることだ」


 エドゥスは口を閉じた。それから、小さく呟いた。


「……貴方がよくやってることを、ゴブさんにやれと言うんですか」


「ゴブはできる。今までゴブが俺に話を持ってきたのを思い出せ。あいつが仲間の代わりに動いてきたのを」


 エドゥスは考えた。


「……そうですね」


「俺は王都に行く。ネイハルトさんとドレイク審議官に会わないといけない。馬を一頭借りられるか」


「段取りはします。でも——」


「でも?」


「ドレイク審議官は今、王都にいません」


 俺は立ち止まった。


「……どういうことだ」


「三日前、北方の視察に出たという情報が入っています。戻りは五日後とも七日後とも」


三日後には臨界が急速に進む。七日後では遅い。


「ネイハルトさんは」


「王都にいます。ただ、审議官不在の間は彼女単独では大きな決定を——」


「わかった」


 俺は考えた。五秒ほど。


「ドレイク審議官がいなくても動ける枠組みを作る。ネイハルトさんに話して、緊急権限の発動を引き出す。前例があれば動ける」


「緊急権限、というのは」


「第三章第七条。審議官不在時に、上席書記官が局長名義で仮決定を出せる条文だ。十五年前の洪水対応で一度使われてる」


 エドゥスが目を丸くした。


「……なぜそれを知ってるんですか」


「ミッツさんが渡してくれた記録の中にあった」


 四十話で受け取った十三年分の非公式記録。あの中に、迷宮管理局の内規と過去の緊急対応事例が含まれていた。読んでいなければ気づかなかった話だ。


「馬の手配を頼む」


「わかりました」


 エドゥスが走り始めた。


 俺は北崖の方向を一度見た。


 窪地はそこにある。六十年間、誰も手をつけなかった空白の土地。


 移送プランの核心は、あそこをどう使うかだ。緩衝地帯の拡張。王国の未登録地。先に実績を作る。


 交渉の順番が決まった。


 ネイハルト→緊急権限の確認→北崖窪地の事前調査記録の提出→移送プランの仮承認。その全部を、残り三日で通す。


 馬が連れられてきた。


「外の調停者」


 スキルではなく、耳に届く声だった。


 振り返ると、誰もいない。でも、音だけが残っていた。ドランの声だ。迷宮の外まで届いた。


「——急いでくれ」


「わかってる」


 俺は馬に跨がった。


 手綱を引く前に、もう一度だけ北崖の窪地を見た。


 あそこに、内部の知性体たちが来る場所を作る。その先に、誰も傷つかない着地点を置く。


 まあ、全部聞いてから決めよう。でも、動かなければ何も変わらない。


 馬が走り出した。王都まで、半日の道だ。

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