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門番、魔王軍と交渉する〜ハズレジョブでも、話を聞く奴が世界を動かす〜  作者: ハル
門の外の世界

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第33話「文書は剣より重い」

三日間、という猶予をもらった。


 俺はその三日を全部、机に向かって過ごした。


 宿の部屋は狭い。窓から見える王都の景色は、どこか整然としすぎていて、かえって落ち着かない。ゴブは俺の荷物袋の中で丸まりながら、時々顔だけ出して「まだ書いてるのか」と呟いた。


「ああ」


「いつ終わる」


「終わったら終わり」


「それはそうだが」


 ゴブは深々とため息をついて、また荷物袋の中に引っ込んだ。


 俺が書いているのは、委員会に提出する運用案の文書だ。三十二枚になった。最初は十枚くらいで済むと思っていたが、書けば書くほど穴が見えてくる。穴を塞ごうとすると新しい穴が現れる。文書というのはそういうものらしい。


 柱は三つ。


 一、調停区の設置。


 二、双方管理者の配置。


 三、スキルログによる記録管理。


 この三つを中心に、具体的な運用手順を書き連ねた。誰が何をするのか。何か起きたときの報告経路はどうなるか。費用は誰が持つか。責任の所在はどこか。


 セルディン伯爵が委員会で言っていた言葉が頭に残っている。


「衝突が起きたとき、誰が責任を取るのか」


 それに全部答えるつもりで書いた。



 



 三日目の朝。


 委員会に提出する前に、俺は一人で迷宮管理局の建物を訪ねた。受付の若い書記に「ドレイク上席審議官に面会したい」と告げると、少し待たされたあとで、「お通しするように、と」と案内された。


 廊下を歩きながら、少し驚いた。


 普通、こういう役所の偉い人間に会おうとすると、まず事前の申し込みが要る。申し込んでも一週間待つこともある。それが即日通るということは、向こうも何かを待っていたということだ。


 応接室はこぢんまりしていた。


 ドレイクはすでに椅子に座って、茶を飲んでいた。


「早いな」と彼は言った。「三日目の朝に来るとは思わなかった」


「文書が仕上がりましたので」


「見せろ」


 俺は鞄から束を取り出して、テーブルに置いた。


 ドレイクは三十二枚をゆっくりとめくりはじめた。読むというより、流し読みに近い。それでも途中で手が止まる場面が何度かあって、そのたびに俺は少し緊張した。


「費用負担の項目が細かいな」


「責任の所在を曖昧にすると、何か起きたときに揉める元になります」


「魔物側の管理者というのは」


「ゴブがなれます。人間語が話せる。迷宮内の事情も知っている」


 ドレイクは顎に手を当てた。


「ゴブというのは、お前が連れてきているゴブリンか」


「そうです」


「それを公的な管理者として認定しろというのは、また大きな話だな」


「一時的な代理という形でも構いません。正式な認定は段階を踏んで取ればいい」


 ドレイクはしばらく文書を眺め続けた。


 室内は静かだった。廊下から遠く、書記たちの声が聞こえてくるくらいで、それ以外は何もない。


 やがてドレイクは文書を閉じて、俺を見た。


「アシダ。お前は何年門番をやっている」


「一年と少しです」


「その前は」


「ジョブ判定が出てすぐ、あの場所に配属されました」


「墓場の門、か」


「そう呼ばれています」


 ドレイクは何か言いかけて、やめた。代わりに立ち上がって窓のほうへ歩いた。窓の外には王都の屋根が並んでいた。


「セルディン伯爵が反対しているのは知っているな」


「はい」


「あの人間はな、正確にいうと反対ではない」


 俺は少し黙った。


「どういうことですか」


「あの人間は、前例が増えることを嫌がっている。魔物と交渉する前例、魔物側の代表者を認定する前例、スキルログを公的な証拠として扱う前例。一つ一つは小さく見えて、積み重なると今の仕組みを変えていく。それを恐れているんだ」


「変えることが怖い、ということですか」


「変えることで、今持っている権限が薄まることを恐れている。正確にはそっちだ」


 俺はしばらく考えた。


「俺は権限を奪いに来たわけじゃないです」


「知っている」とドレイクは言った。「だが伯爵はそう見えない」


 まあ、聞いてから判断しよう、と俺は思った。


 今、向こうがどう見えているかは関係ない。重要なのは、この文書が委員会で通るかどうかだ。


「一つ聞いていいですか」


「聞け」


「この文書が委員会を通る可能性は、今どのくらいですか」


 ドレイクは振り返った。その顔には、何かを測るような表情があった。


「正直に言うか」


「はい」


「低い。四割あるかどうか」


 俺はうなずいた。


「その四割を上げるために、何が必要ですか」



 



 ドレイクが出した答えは、意外とシンプルだった。


「味方を増やせ。委員会の外から」


「外から」


「委員会の中の票を動かすには、外の圧力がいる。商人でもいい、貴族でもいい、軍部でもいい。誰かが動けば、中も動く」


 俺は宿に戻りながら、頭の中で整理した。


 商人。そこには一つ心当たりがある。


 第一章のころ、ゴブが持ってきた迷宮産の素材に目を輝かせていた王都の商人がいた。あの男は今でも定期的に墓場の門に来て、素材を買い付けていく。名前はエドゥス。小柄で、よく笑い、銀貨の計算だけは恐ろしく早い。


 彼に連絡を取れるか。


 取れる。


 宿に戻ると、ゴブが荷物袋から頭だけ出して俺を見た。


「どうだった」


「委員会が通る確率は四割以下だそうだ」


「……それは、どう受け取ればいいんだ」


「六割の壁を崩す必要がある」


「崩せるのか」


「やってみないとわからない」


 俺は机に向かって、今度は別の文書を書きはじめた。


 エドゥスへの手紙だ。



 



 返事は翌朝に来た。


 そのこと自体が驚きだった。王都にいたのか、それとも早馬で届けたのか。どちらにしても、あの男は動きが早い。


「会おう。昼、南門近くの食堂で」


 それだけ書いてあった。


 食堂は混んでいた。昼時だったからだろう。エドゥスはすでに来ていて、窓際の席で何かを食べながら手を振った。


「アシダくん。久しぶりだな。顔色が悪い」


「三日間、文書を書いていました」


「それは辛い」とエドゥスは笑った。「座れ。飯を食え。話はそれからだ」


 俺は向かいに座って、出てきたスープを飲んだ。ちゃんとした食事は三日ぶりだった。


「手紙に書いてあったことは読んだ」とエドゥスは言った。「緩衝地帯の話か」


「そうです」


「それが委員会で揉めている」


「セルディン伯爵が反対しています」


 エドゥスは指でテーブルを軽く叩いた。何かを考えるときの癖だ、と俺は過去の取引の中で覚えた。


「セルディンねえ。あの人は第六迷宮の採掘権を持っている。独占契約だ」


「それが関係するんですか」


「緩衝地帯が成立したら、迷宮への流通経路が増える。経路が増えたら、独占の旨みが薄まる。そういう計算じゃないか」


 俺は少し考えた。


「じゃあ根本的には、権益の話ですか」


「政治なんてだいたいそういうものだよ」とエドゥスは笑った。「理念で動いている人間より、損得で動いている人間のほうがずっと多い」


「エドゥスさんは、緩衝地帯が成立したら得をしますか」


「する」と彼は即答した。「今、俺は墓場の門まで自分で素材を取りに行っている。往復で三日かかる。緩衝地帯が公認になって流通経路が整備されれば、代理で動く業者を使えるようになる。コストが下がる」


「それなら、支持してもらえますか」


 エドゥスはまたテーブルを叩いた。


「支持する。但し条件がある」


「聞きます」


「緩衝地帯での取引に、商業ギルドを正式に関与させること。個人取引だけにすると、後で揉める。商業ギルドが入れば、品質保証や紛争処理の仕組みを使える」


 俺はしばらく考えた。


 それは元々の案には入っていなかった。でも、筋は通っている。


「文書に追記することになりますが、構いません」


「じゃあ話は早い」とエドゥスは言って、スープを一口飲んだ。「商業ギルドの代表に話を通す。彼が委員会に口添えをすれば、伯爵も無視できない」


「一つ確認していいですか」


「なんだ」


「エドゥスさんが動いてくれるのは、損得があるからですよね」


「そうだ」


「それでいいんです」と俺は言った。「善意だけで動いている人より、得があって動いている人のほうが長続きする」


 エドゥスはしばらく俺を見た。それから、くっと笑った。


「お前、歳の割に変な考え方をするな」


「よく言われます」



 



 委員会の最終審議は翌日に設定されていた。


 俺が部屋に戻ると、ゴブが荷物袋から出てきて、じっと俺の顔を見た。


「顔色が少しだけましになった」


「飯を食ったから」


「それだけか」


「それだけじゃないけど、言語化が難しい」


 ゴブはしばらく黙ってから、


「アシダ。ひとつ聞いていいか」


「どうぞ」


「うまくいかなかったら、どうする」


 俺は荷物を下ろして、椅子に座った。


「もう一回考えて、また提案する」


「何度でも、か」


「諦める理由が見当たらない間は」


 ゴブは少し間を置いて、「そうか」と言った。それ以上は何も言わなかった。


 【迷宮管理Lv.3:第七迷宮・第18層異常継続中。脅威の伝播速度、加速を観測。推奨対応:外部との連携を至急確立せよ】


 スキルのログが更新されていた。


 推奨対応の文言が変わっている。前は「連携を検討せよ」だった。それが今は「至急」になっている。


 俺はログをじっと眺めた。


 三日で文書を書いた。味方を作った。委員会の場を整えた。


 あとは明日、話すだけだ。


「ゴブ」


「なんだ」


「明日の委員会、お前が出てきたほうがいいかもしれない」


 荷物袋の中が、しばらくの間、完全に静止した。


「……俺が?」


「委員たちにとって、俺の話は全部伝聞だ。でもお前が来れば、第七迷宮の現状を直接話せる。第23層の話も、ゴブ自身の言葉で伝えるほうが重みが違う」


 ゴブはゆっくりと袋から顔を出した。その目には、複雑な感情が混じっていた。


「王都の、人間の委員会に、ゴブリンが入っていくのか」


「前例はないと思う」


「怖い話だな」


「まあ、聞いてから判断しよう、と委員たちが思ってくれればいい」


 ゴブはしばらく俺を見ていた。


 それから、深く息を吸った。


「……わかった。やってみる」


「ありがとう」


「感謝されることをしたか、まだわからん」


「明日終わったらわかる」


 窓の外で、王都の夜が静かに更けていった。


 スキルのログは、また一行増えていた。


 【脅威の伝播、第15層到達を確認。残余時間:不明】


 俺は文書の最後のページを開いて、エドゥスとの話し合いで決まった商業ギルドの条項を書き加えた。


 三十三枚になった。


 明日、これを持って委員会の部屋に入る。


 ゴブと一緒に。


 前例がないなら、俺たちが最初になるだけだ。

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