第31話「会議室に魔物を呼んだ男」
王都から使者が来た。
馬が三頭、護衛の騎士が四人、それから羊皮紙をたっぷり抱えた書記官が一人。
砂埃を舞い上げながら「墓場の門」の前に止まった馬車を見て、俺はいつものように小屋の入り口に立っていた。
「ここが第七迷宮北口管理所か」
馬から降りてきた男は四十絡みで、肩に金糸の刺繍が入った外套を羽織っていた。名前は知らない。ただ「偉そうな人間」というのは、遠くから見ても分かる。
「そうです。門番のレン・アシダです」
「ネイハルト筆頭書記官補佐だ。王都迷宮管理局から来た」
筆頭書記官補佐。長い肩書きだ。
「どのようなご用件でしょう」
男——ネイハルトは、羊皮紙を一枚取り出して俺に渡した。
公文書だ。封蝋に王国の紋章が押されている。
開いて読んだ。
要約すると、「第七迷宮に関する特別調査委員会を設置する。当該管理所の門番は招集に応じること」。
日付は三日前。
「委員会の初回会合は明後日、王都の第三会議棟で行われる」
「分かりました」
「出席できるな?」
「はい」
ネイハルトは少し眉を上げた。もう少し抵抗するとでも思っていたのかもしれない。
「もう一点」
彼はもう一枚の羊皮紙を取り出した。
「第七迷宮と魔物勢力の間で何らかの情報交換が行われているという報告が届いている。詳細を会合で説明してもらう」
「分かりました」
「……それだけか」
「はい」
ネイハルトはしばらく俺の顔を見ていた。
「お前、怖くないのか。王都に呼ばれるんだぞ」
まあ、聞いてから判断しよう、と思った。怖いかどうかは、会合の中身次第だ。
「怖いです」
正直に言うと、男はまた眉を動かした。
「だが行きます」
馬車が去ってから、俺は小屋に戻ってゴブに経緯を話した。
「おいおい、レン。それはまずいんじゃないか」
ゴブは耳をぴこぴこと動かしながら、地べたに座って俺を見上げていた。
「まずい?」
「王都ってのは、ボクらの話を聞いてくれる場所じゃない。行ったらそのまま捕まるかもしれないだろ」
「俺が捕まるのか、お前らの情報が潰されるのか、どっちを心配してる」
「……両方に決まってる」
ゴブは拗ねたような顔をした。俺は小さく笑った。
「第23層の話を、もう一度整理しておきたい。会合で説明することになる」
「全部話すのか?」
「全部。隠す理由がない」
ゴブはしばらく黙っていた。
「……レン、ボクらのこと、そこでも話すのか」
「話す」
「利用されるだけじゃないか」
「されるかもしれない」
俺はゴブの目を見た。黄色い瞳が、不安そうに揺れている。
「でも話さなければ、第23層のことが王国に伝わらない。伝わらなければ、あそこで何かが起きたとき、被害は全部こっちに来る。お前らもだ」
「……」
「俺が会合で話すのは、お前らの代わりというわけじゃない。ただ、俺が知っていることを正確に伝える。それだけだ」
ゴブはしばらく自分の手の甲を見ていた。緑色の、小さな手だ。
「レン」
「なんだ」
「ボクも行っていいか」
今度は俺が黙る番だった。
「……王都に、か」
「ダメか」
俺は少し考えた。
「王都の会議室に、ゴブリンを連れていく」
「迷惑か」
「迷惑というか——」
【迷宮管理Lv.4:交渉モード、起動条件を検知。登録済知性体「ゴブ」の同行は交渉効率を37%向上させる可能性があります】
スキルが出た。珍しいことを言う。
「……来てもいい。ただし、道中は荷物の中に入ること」
「荷物!?」
「文句があるなら留守番しろ」
「……行く」
王都に着いたのは翌日の夕方だった。
ゴブは俺が背負った革袋の中で大人しくしていた。途中で「狭い」と文句を言ったので「じゃあ出るか」と返したら黙った。
宿は安いところを取った。ゴブを袋から出すと、彼は周囲をきょろきょろと見回した。
「ここが王都か……」
「そうだ」
「でかいな」
「でかい」
「人間が多い」
「多い」
「……ボク、外に出られないな」
「そうだな」
ゴブは窓の外を少しの間眺めてから、床に座った。
「明日の会合、レンはどんな話をするんだ?」
「まず第23層の現状報告。次に、俺がゴブたちから聞いた情報の整理。それから——」
「それから?」
「交渉の提案」
「何を交渉する」
「第七迷宮を、王国と魔物側の両方が使える緩衝地帯にすることを認めてもらう」
ゴブはぱちぱちとまばたきをした。
「そんなこと、できるのか」
「分からない」
「じゃあなんで言う」
「言わなければ、できる可能性がゼロになるから」
翌朝、第三会議棟に着いた。
石造りの重厚な建物だ。正面の扉は高さが三メートルはある。守衛に名前を告げると、訝しそうな顔をされたが中に通された。
会議室は広かった。
長テーブルに、十二人が座っていた。ネイハルトの他に、冒険者ギルドの幹部らしき人物が二人、迷宮攻略の経験を持つ元冒険者が数人、それから俺には見覚えのない貴族風の男が上座に座っていた。
「レン・アシダだな」
上座の男が言った。
「はい」
「迷宮管理局上席審議官のドレイクだ。座れ」
俺は指定された席に座った。下座のほうだった。当然と言えば当然だ。
「では始めよう。第七迷宮北口管理所の門番・レン・アシダから、現状報告を聞く」
俺は立ち上がった。
「報告します」
準備してきた内容を順番に話した。第23層の異常が始まった時期。ゴブたちが逃げてきた理由。「アレ」と呼ばれる存在の概要。迷宮内の生態系が崩れていること。
話している間、会議室は静かだった。
話し終えると、ドレイクが口を開いた。
「情報源は魔物か」
「はい」
「信用できるのか」
「完全には分かりません。ただ、迷宮管理スキルの数値と一致しています」
俺はスキルのログを書き写したメモを取り出して、テーブルに置いた。
「第七迷宮の異常値は三ヶ月前から上昇しています。直近の計測値がこれです」
ネイハルトがメモを取り上げて確認した。眉間に皺が寄った。
「……これは本物か」
「迷宮管理スキルの出力です。改ざんはしていません」
会議室の空気が少し変わった。
元冒険者の一人が身を乗り出した。
「魔物の言葉を信用する門番がいるとは聞いてたが、本当に話せるのか、魔物と」
「はい」
「どうやって」
「スキルの交渉モードが発動します。詳しい仕組みは俺にも分かりません」
「……」
ドレイクが指を組んだ。
「レン・アシダ。お前は今、何を王国に求めている」
「求めているというより、提案があります」
「言え」
「第七迷宮北口を、正式な緩衝地帯として認定してください」
会議室がざわついた。
「魔物と人間の双方が使える中立地帯です。俺が管理する。情報の集積地点にもなります。第23層の動向を継続的に追うためには、魔物側との情報共有が不可欠です」
「馬鹿を言うな」
貴族風の男の一人が声を荒げた。
「魔物と人間が共存する場所を公式に認めろというのか。そんなことをすれば、王国の示しがつかない」
「示しは内部の問題です」
俺は落ち着いて答えた。
「第23層の脅威は外部の問題です。どちらを優先するかは、皆さんが判断することです。俺には決めかねます」
沈黙。
「ただ、一点だけ確認させてください」
「なんだ」
「今日の会合に、第七迷宮側の当事者を同席させてもいいですか」
今度はもっと大きなざわめきが起きた。
「当事者とは」
「魔物です」
「……正気か」
「はい」
ドレイクが片手を上げて、場を静めた。
「どこにいる」
「この建物の外で待っています」
全員が俺を見た。俺は立ったまま、何も足さなかった。
ドレイクはしばらく俺の顔を見ていた。
「……連れてこい」
俺が外に出ると、建物の陰にゴブが座っていた。
「話聞いてたか」
「壁が厚くて聞こえなかった」
「入っていい。ただし、喋りかけられたら正直に答えること。嘘はつくな」
「……本当に行くの?」
「お前が来たかったんだろ」
「それはそうだけど」
「まあ、聞いてから判断しよう。入ってから怖かったら、そう言えばいい」
ゴブは少しの間、俺を見ていた。
それから立ち上がって、服についた砂を払った。
「……行く」
会議室の扉を開けて入ったとき、十二人全員が息を呑む音がした。
ゴブは入り口で一瞬止まったが、俺の後ろについて歩いた。
「第七迷宮第四層、小隊長のゴブです。人間語は話せます」
ゴブは自分で名乗った。俺が教えていない。
会議室は静まり返った。
ドレイクが口を開くまで、たっぷり十秒かかった。
「……第23層の脅威について、直接聞かせてもらおうか」
「はい」
ゴブの声は、少し震えていた。
でも止まらなかった。
会合は三時間続いた。
結論は出なかった。ただ、次の会合の日程が決まった。今度は迷宮管理局の上位幹部も出席するらしい。
建物を出たとき、ゴブが俺の隣を歩きながら言った。
「レン」
「なんだ」
「ボク、ちゃんと話せたか」
「話せてた」
「嘘じゃないか」
「嘘はつかない」
しばらく黙って歩いた。
王都の夕暮れは赤かった。石畳に二つの影が伸びている。片方はほぼ人間の形で、もう片方は少し丸くて短い。
「次の会合、ボクも来ていいか」
「今度は荷物の中じゃなくていい」
「本当か」
「たぶん」
ゴブは「たぶんかよ」と呟いてから、小さく笑った。
俺も少し笑った。
宿への道を歩きながら、【迷宮管理Lv.4】のログが静かに更新されていた。
【交渉フェーズ移行:王国迷宮管理局との協議開始。次段階条件を検知中】
次の段階が何なのかは、スキルは教えてくれなかった。
まあ、聞いてから判断しよう。
その夜、王都の別の場所で——
ドレイクは自室の窓から外を眺めながら、部下に言った。
「あの門番の身辺を調べろ」
「はい。何か問題がありましたか」
「問題?」
ドレイクは少し考えた。
「いや、逆だ」
部下は首を傾げた。
「あれだけの情報を持っていて、何も要求しなかった。出世も、金も、名誉も」
「……では何のために?」
「それを知りたい」
ドレイクは窓の外に目を戻した。
「あんな人間が、なぜ門番をやっているのか。それが分からないと——こちらが読み違える」
灯りが揺れた。
夜が深くなっていった。




